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シューマン:交響曲第1番 変ロ長調  「春」 作品38

コンヴィチュニー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1960年~1961年録音



Schumann:交響曲第1番 変ロ長調  「春」 作品38 「第1楽章」

Schumann:交響曲第1番 変ロ長調  「春」 作品38 「第2楽章」

Schumann:交響曲第1番 変ロ長調  「春」 作品38 「第3楽章」

Schumann:交響曲第1番 変ロ長調  「春」 作品38 「第4楽章」


湧き出でるがごとき霊感によって、一気呵成に仕上げられたファーストシンフォニー

1838年から39年にかけてシューマンはウィーンを訪れます。シューマンにとってウィーンとは「ベートーベンとシューベルトの楽都」でしたから、シューベルトの兄であるフェルディナントのもとを訪れるとともに、この二人の墓を詣でることは彼にとって大きな願いの一つでした。
そして、ベートーベンの墓を詣でたときに、彼はそこで一本のペンを発見したと伝えられています。そして、彼はそのペンを使ってシューベルトのハ長調シンフォニーついての紹介文を執筆し、さらにはこの第1番の交響曲を書いたと伝えられています。
もちろん、真偽のほどは定かではありませんが、おそらくは「作り話」でしょう。
しかし、作り話にしても、よくできた話です。そして、シューマンが自分を、ベートーベンからシューベルトへと受けつがれた古典派音楽の正当な継承者として自負していたことをよく表している話です。

シューマンは、同一ジャンルの作品を短期間に集中して取り組む傾向がありました。
クララとの結婚前までは、彼の作品はピアノに限られていました。ところが、結婚後は堰を切ったように膨大な歌曲が生み出されます。そして、このウィーン訪問のあとは管弦楽作品へと創作の幅を広げていきます。
この時期の管弦楽作品の中で最も意味のある創作物である第1番の交響曲は、わずか4日でスケッチが完成されたと伝えられいます。まさに、何かをきっかけとして、あふれる出るように音楽が湧きだしたシューマンらしいエピソードです。
彼の日記によると、1841年の1月23日から仕事にかかって、26日にはスケッチが完成したと書かれています。そして、翌27日からはオーケストレーションを始めて、それも2月20日に完成したと記録されています。
まさに、湧き出でるがごとき霊感によって、一気呵成に仕上げられたのがこのファーストシンフォニーでした。

しかし、この交響曲をじっくりと聞いてみると、明らかにベートーベンから真っ直ぐに引き継いだ作品と言うよりは、この後に続くロマン派の交響詩の嚆矢という方がふさわしい作品となっています。
おそらく、そんなことは私ごときが云々するまでもなく、シューマン自身も気づいていたことでしょう。それ故に、この後に続く管弦楽作品では苦吟することになります。
第2番の交響曲は完成はしたものの納得のいく出来とはならずにお蔵入りとなり、晩年になって改訂を加えて第4番の交響としてようやく復活します。ハ短調のシンフォニーはスケッチだけで破棄されています。その他、例を挙げるのも煩雑にすぎるのでやめますが、結局はこの第1番の交響曲以外は完成を見なかったのです。

私ごときが恐れ多い言葉で恐縮ですが(^^;、この事実は複雑な管弦楽作品をしっかりとした構成のもとで完成させるには、未だ己の技法が未熟なことを知らしめることになったようです。そして、その様な未熟さを克服すべく創作の中心を室内楽へと転換させていくことになります。

シューマンの交響曲はとかく問題が多いと言われます。
彼の資質は明らかに古典派のものではありませんでした。交響曲だけに限ってみれば、ベートーベンの系譜を真っ直ぐに引き継いだのは彼の弟子であるブラームスでした。
それ故に、そう言うラインで彼の交響曲を眺めてみれば問題が多いのは事実です。
しかし、彼こそは生粋のロマンティストであり、ベートーベンとは異なる道を歩き出した音楽としてみれば実に魅力的です。
楽器を重ねすぎて明晰さに欠けると批判される彼のオーケストレーションも、そのくぐもった響きなくしてシューマンならではの憂愁の世界を表現することは不可能だとも言えます。あのメランコリックは本当にココロに染みいります。たとえば、第2楽章のやさしくも深い情緒に満ちた音楽は、古典派の音楽が表現しなかったものです。
もちろん、演奏するオケも指揮者も大変でしょう。みんなが気持ちよく演奏できるブラームスの交響曲とは大違いです。
しかし、その大変さの向こうに、シューマンならではの世界が展開するのですから、原典尊重でみんなで汗をかく時代になって彼の交響曲が再評価されるようになったのは実に納得のいく話です。

なお、どうでもいい話ですが、シューマンはベッドガーという人の詩から霊感を得てこの交響曲を作曲したと述べています。ですから、各楽章のはじめに「春のはじめ」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」と記しています。
この交響曲には「春「と言うタイトルがつけられていますが、それは後世の人が勝手につけたものではなくて、シューマンのお墨付きだと言えます。



最もスタンダードなシューマンの姿

古い録音の紹介ばかりが続いたので、このあたりで60年代のステレオ録音を少しばかり追加します。(^^v
とはいえ、この時代の録音としてはいささか水準よりは落ちるのですが、それでも、肝心要の演奏しているオケの響きが素晴らしいので、それが録音の不備を充分に補ってくれていると思います。

コンヴィチュニーとゲヴァントハウス管の組み合わせというと、判で押したように「燻し銀」だの「くすんだ音色」だの、酷いのになると「古色蒼然」などという表現がついて回ります。これは、かつて「エライ評論家先生」がそのように形容したので、それがいつの間にか一人歩きし、さらには自分の耳と感性を信じられない人々がその評価をなぞることで増幅されていったようです。

しかしながら、自分の耳と感性を信じられる人ならば、このオケの響きが「燻し銀」でもなければ「くすんだ音色」でもなく。ましてや「古色蒼然たる響き」などではないことはすぐに了解できるはずです。

このオケの響きの素晴らしさは、まず何よりも管楽器のふくよかで暖かな響きです。特に木管楽器の響きがいいのですが、ホルンなどの金管群も実に暖かい手触りのいい音を聞かせてくれます。
そして、それを支える弦楽器群は意外なほどに明るめでエッジの立った音を聞かせています。結果として、内部の見通しがよくて、意外なほどに透明度の高い響きになっています。また、弦楽器の響きがエッジが立っているので、メロディーラインの隈取りがかっちりしていて、これのどこを聞けば「古色蒼然」などと言う言葉が出てくるのか理解に苦しみます。

コンヴィチュニーは戦後間もない1949年からなくなる1962年まで、このライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を率いています。その10数年は、いかに名門のオケとはいえ戦後の混乱の中で極めて困難な時代であったはずです。いくつかの資料などを見てみると、楽器の調達からメンバーの確保まで、頭の痛くなるようなことが次から次へと降りかかってきたようです。しかし、そのような困難な中にあって、かくも魅力的な響きをもったオケに立て直した事実を見ると、コンヴィチュニーというのがいかに優れたオーケストラトレーナーであったかが察せられます。

1960年から1961年にかけて録音された、このシューマンの交響曲全集は、そのようにして作り上げてきたコンヴィチュニーとゲヴァントハウス管の到達点を聞くことができる録音です。言うまでもなく、この録音はシューマンの交響曲を語るときには必ずふれる必要のある録音であり、その素晴らしさは多くの人によって語られきましたので、今さら私が付けくわえることは何もありません。
月並みな言い方ですが、最もスタンダードなシューマンの姿がここにあります。

シューマンの交響曲4曲のうち、第3番「ライン」をのぞく3曲が、このライプツィヒにおいて初演されています。オケは言うまでもなくゲヴァントハウスのオケです。



劇場的継承という物は地下水脈のように綿々とつながっている物です。おそらく、ゲヴァントハウスのオケにしても、指揮者のコンヴィチュニーにしても、シューマンの交響曲こそは「我らの音楽」だという思いは強いし、自負もあったでしょう。

そして、ゲヴァントハウスのオケはコンヴィチュニーが亡くなった後も、ノイマン、マズア、プロムシュテットという指揮者を得て、その音色の伝統を頑なに守り続けた数少ないオケでした。しかしながら、その素晴らしい音色も2005年にシャイーが指揮者に就任することで木っ端微塵に砕け散ってしまいました。
シャイーという男は、コンセルトヘボウ、ゲヴァントハウスという二つのオケの伝統を破壊したという意味で極刑に値する人物だと思うのですが、そういう男が「マエストロ」と持ち上げられ事にヨーロッパのクラシック音楽界の異常さを感ぜずにはおれません。

<追記>
1番と3番は61年の8月9月に、2番と4番は62年の8月と9月に国内でリリースされていることが確認できました。もしかすると、東ドイツでは2番と4番も61年にリリースされている可能性があるのですがどうしても「裏」が取れませんでした。
よって、2番と4番をアップするのは来年まで待ちたいと思います。

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