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ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」

フェレンツ・フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1959年10月録音



Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第1楽章」

Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第2楽章」

Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第3楽章」

Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第4楽章」


望郷の歌

ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

ドヴォルザークがニューヨークに招かれる経緯についてはどこかで書いたつもりになっていたのですが、どうやら一度もふれていなかったようです。ただし、あまりにも有名な話なので今さら繰り返す必要はないでしょう。
しかし、次のように書いた部分に関しては、もう少し補足しておいた方が親切かもしれません。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」


この「新世界より」はアメリカ時代のドヴォルザークの最初の大作です。それ故に、そこにはカルチャー・ショックとも言うべき彼のアメリカ体験が様々な形で盛り込まれているが故に「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう」という言葉につながっているのです。

それでは、その「アメリカ体験」とはどのようなものだったでしょうか。
まず最初に指摘されるのは、人種差別のない音楽院であったが故に自然と接することが出来た黒人やアメリカ・インディオたちの音楽との出会いです。

とりわけ、若い黒人作曲家であったハリー・サンカー・バーリとの出会いは彼に黒人音楽の本質を伝えるものでした。
ですから、そう言う新しい音楽に出会うことで、そう言う「新しい要素」を盛り込んだ音楽を書いてみようと思い立つのは自然なことだったのです。

しかし、そう言う「新しい要素」をそのまま引用という形で音楽の中に取り込むという「安易」な選択はしなかったことは当然のことでした。それは、彼の後に続くバルトークやコダーイが民謡の採取に力を注ぎながら、その採取した「民謡」を生の形では使わなかったののと同じ事です。

ドヴォルザークもまた新しく接した黒人やアメリカ・インディオの音楽から学び取ったのは、彼ら独特の「音楽語法」でした。
その「音楽語法」の一番分かりやすい例が、「家路」と題されることもある第2楽章の5音(ペンタトニック)音階です。

もっとも、この音階は日本人にとってはきわめて自然な音階なので「新しさ」よりは「懐かしさ」を感じてしまい、それ故にこの作品が日本人に受け入れられる要因にもなっているのですが、ヨーロッパの人であるドヴォルザークにとってはまさに新鮮な「アメリカ的語法」だったのです。
とは言え、調べてみると、スコットランドやボヘミアの民謡にはこの音階を使用しているものもあるので、全く「非ヨーロッパ的」なものではなかったようです。

しかし、それ以上にドヴォルザークを驚かしたのは大都市ニューヨークの巨大なエネルギーと近代文明の激しさでした。そして、それは驚きが戸惑いとなり、ボヘミアへの強い郷愁へとつながっていくのでした。
どれほど新しい「音楽的語法」であってもそれは何処まで行っても「手段」にしか過ぎません。
おそらく、この作品が多くの人に受け容れられる背景には、そう言うアメリカ体験の中でわき上がってきた驚きや戸惑い、そして故郷ボヘミアへの郷愁のようなものが、そう言う新しい音楽語法によって語られているからです。

「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」という言葉に通りに、ボヘミア国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるのです。
ですから、この作品は全てがアメリカ的なもので固められているのではなくて、まるで遠い新世界から故郷ボヘミアを懐かしむような場面あるのです。

その典型的な例が、第3楽章のスケルツォのトリオの部分でしょう。それは明らかにボヘミアの冒頭音楽(レントラー)を思い出させます。
そして、そこまで明確なものではなくても、いわゆるボヘミア的な情念が作品全体に散りばめられているのを感じとることは容易です。

初演は1893年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。
多くのアメリカ人は、ヨーロッパの高名な作曲家であるドヴォルザークがどのような作品を発表してくれるのか多大なる興味を持って待ちかまえていました。そして、演奏された音楽は彼の期待を大きく上回るものだったのです。

それは、アメリカが期待していたアメリカの国民主義的な音楽であるだけでなく、彼らにとっては新鮮で耳新しく感じられたボヘミア的な要素がさらに大きな喜びを与えたのです。
そして、この成功は彼を音楽院の院長として招いたサーバー夫人の面目をも施すものとなり、2年契約だったアメリカ生活をさらに延長させる事につながっていくのでした。


孤独なフルトヴェングラー

病を得てからの録音はどれももこれも凄まじいものばかりですが、このドヴォルザークの「新世界より」も、かなりの凄まじさです。
この時代のベルリンフィルは、既にカラヤンの支配下に入っていて、既にドイツの田舎オケとしての風貌は失いつつありました。しかし、このフリッチャイのもとでは、そう言う古き良き時代の面影が甦っているかのようです。
はっきり言ってアンサンブルは磨かれているわけではありません。それどころか、そう言うことは「些細なことだ!」と言わんばかりのバーバリズムに満ちあふれた響きを聞かせてくれています。そして、フリッチャイもまた、そう言うことの重要性は二次的三次的なものであって、重要なことは別のところにあるんだと言わんばかりの指揮ぶりです。

この時代のフリッチャイをドイツ人は「フルトヴェングラーの再来」と呼んだそうですが、まさに然もありなんです。
そう言えば、丸山真男は第2次大戦下でのフルトヴェングラーとベルリンフィルによる演奏を人類が到達した最高の芸術の一つと主張しながら、しかし、そう言う極限状態でそのような音楽を聴けた人々が果たして「幸せ」だったのかと疑問を投げかけています。
「命がけで頑張っています」と言う言葉は意外とよく使われるのですが、しかし、そう言う言葉を発する人にとって「命がけ」とはあくまでも比喩表現であって、決して言葉の額面通りに「命」はかけていないのが普通です。
しかし、第2次大戦下におけるベルリンでの音楽活動というのは、まさに「明日はないかもしれない」という意味において、その演奏活動は「命をかけた」ものでした。それは聞くものにとっても事情は全く同じであり、「これが最後かもしれない」という思いを持って聞き手もまた「命をかけて」聞いたのです。
そして、そう言う共通の基盤の上においてこそ、あの希有の音楽が実現したのです。
丸山は、そのような極限状態で音楽がされることが果たして「幸せ」だったのかと疑問を投げかけたのです。

さて、事情はフリッチャイにおいても同じであり、そして同じではあり得なかったのです。
フリッチャイにとって、59年以降の音楽活動は、まさに己の「命」をかけたものであり、さらに言えば「命」を削り取るような作業であったことは疑いの余地はないでしょう。
しかし、それを受け取る聞き手はフルトヴェングラーのような「良い聞き手」ではありませんでした。フリッチャイが「命」を削るように生み出す音楽を、聞き手は決して「命」をかけて聞こうとはしなかったのであり、それは仕方のないことでした。
戦争は社会全体を巻き込む出来事ですが、病というものはそれがいかに悲劇的な出来事であってもその経験はあくまでも個人的な範囲に留まらざるを得ないからです。
聞き手はその事に「同情」することはあっても、大戦末期のベルリンにおけるような極限状態の共有は起こるはずもないのです。

この異形と思えるような「新世界より」を聞くときに、その遅いテンポの中でふと立ち止まるような箇所に出会います。ある方はそれを「ふと溜息をつくような」と表現されていて、上手いことを言うなと思ったのですが、今回あらためて聞き直してみて、それは「溜息」と言うよりは、まるで「悲痛なうめき声」のように聞こえました。
その意味で、晩年のフリッチャイは「孤独なフルトヴェングラー」だったのかもしれません。

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