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シューベルト:アルペジョーネソナタ イ短調 D.821

(Vc.)シャフラン ツェヒリン(P) 1958年録音



Schubert:アルペジョーネソナタ イ短調 D.821 「第1楽章」

Schubert:アルペジョーネソナタ イ短調 D.821 「第2~3楽章」




シューベルト晩年の「死の影」が刻み込まれた作品

アルペジョーネソナタとは、現在では全く廃れてしまった「アルペジョーネ」という楽器のために作曲された作品であり、おそらくはこの楽器のために作曲された唯一と言っていいほどの作品です。
これは、この楽器が発表されたときはかなりの反響を呼んだようなのですが、結果としては、この楽器の創案者であるシュタウファーという人以外にこの楽器を制作した形跡がなく、さらには、プロの演奏家もほとんど現れなかったために急激に姿を消してしまったことが原因のようです。
そのようなきわめて「希少性」の高い作品をシューベルトが書いたのは、彼の友人の中に、このアルペジョーネの唯一と言っていいほどのプロの演奏家(ヴィンツェンツ・シュースター)がいたためで、その友人からの依頼で作曲したものと見られています。

しかし、この作品は、そのような「希少性」ゆえに価値があるのではなく、その冒頭部分を聞いただけでだれもが了解するように、この上もなく美しい叙情性に彩られたシューベルトならではの世界が展開されるからです。そして、シューベルトの最晩年、時期的には弦楽四重奏曲「死と乙女」などと同時期に作曲されたこの音楽には、色濃く「死の影」が刻み込まれていて、その「悲劇性」もまた多くの聞き手の心を捉える一因となっています。

アルペジョーネという楽器が姿を消した現在にあってはこの作品はチェロで演奏されのが一般的です。アルペジョーネを復刻して「正しい」(もちろん、半分以上嫌味ですよ・・・^^;)姿に戻そうというピリオド楽器の連中もいないようなので、その事に異を唱える人は皆無のようです。
しかし、チェロ弾きの人に聞くと、この作品をチェロで演奏するのはかなりの困難を伴うようです。これが、ヴィオラだとその難易度はかなり下がるらしくて、気楽にプログラムに載せることがせきるそうな・・・。これは、アルペジョーネという楽器が音域的にヴァイオリンの領域までまで含んでいることが原因のようです。

さらには、そ音楽があまりにも美しく魅力的なので、そチェロ以外にもヴィオラやギター、さらにはフルートなどに編曲されて演奏されることもあります。私は聞いたことがありませんが、コントラバスでこの作品に挑んだ猛者もいるそうなのですが、実に持って大変なものです。

ヤニグロとシャフランの聞き比べ


R.シュトラウスの「ドン・キホーテ」でヤニグロというチェリストと出会い、すっかり興味をひかれて、彼の録音をあれこれ探し回りました。そんな探索の中で引っかかってきたのがシューベルトの「アルペジョーネソナタ」でした。
古いモノラル録音なのですが、音質的には悪くはありません。また、こういうシンプルな組み合わせ(ピアノとチェロ)だと、録音がモノラルであることはほとんどハンデにはなりません。

そんなわけで、結構期待して聞き始めたのですが、思いの外端正で真っ当な演奏だったので、少しばかりがっかりしてしまいました。ただし、それは彼の「ドン・キホーテ」の演奏から個性的で味の濃い演奏を期待していたためで、そう言う身勝手な期待をリセットして聞き直してみれば、シューベルトの晩年の諦観みたいみなものがにじみ出てくるなかなか立派な演奏であることは事実です。
特に、その朗々たるチェロの響きはかなり魅力的です。

考えてみれば、この作品は、とにかく楽譜通りに演奏すること自体がかなりの困難を伴うらしいので、そこに「味の濃さ」みたいなものまでつけ加えるのはかなり大変なのでしょう。

しかし、探してみればあったのです。
それが、シャフランというチェリストによる「アルペジョーネソナタ」です。

シャフランは、ソ連を代表するチェリストで、西側での演奏や録音が少なかったために知名度は低いのですが、その「実力」のほどは、あのリヒテルが「ロストロポーヴィチに感動したって?でもシャフランを聴くまでは待ったほうがいい」と言ったというエピソードにもあらわれています。(ただし、その後リヒテルはシャフランのことを「高音を美しく響かせることしか頭にないチェリスト」とも述べています)

そんなシャフランの手になる「アルペジョーネソナタ」なのですが、これは全くもって真っ当でなく、端正さのかけらもない演奏です。まさに、やりたい放題の好き勝手に演奏しています。誰かが、この録音を評して、よくぞピアニストが文句を言わなかったものだと感心したと書いていたのを思い出しました。(どこで読んだかはどうしても思い出せません)

ほほう、まったくその通りだと思い、ピアニストを確認してみると、ディーター・ツェヒリンでした。ツェヒリンもまた、知名度は低いピアニストですが、今はなき東ドイツを代表する偉大なピアニストでした。(今も存命です。)
彼は、70年代にベートーベンやシューベルトのピアノソナタを全曲録音しているのですが、とりわけ素晴らしかったのはシューベルトの録音でした。
この人の特徴は、第一線の演奏家ならば誰しもが持っている「野心」というものと全く無縁なことで、その演奏からは作曲家の姿だけが浮かび上がり演奏家の存在を全く意識させないような演奏をすることでした。ですから、彼の手になるシューベルトを聴くと、ツェヒリンというピアニストの存在は消えて、ただシューベルトとだけ向きあっているような気にさせてくれたものです。

そして、そう言う資質は、既に若い時代から持ってたようで、このシャフランとの共演を聞くと、ここでも己の存在をむなしくして、ひたすらシャフランという我が儘なチェリストのサポートに徹しています。
ただ、ここでのシャフランは、凄いです。録音がヤニグロと比べると新しいにもかかわらず音質が今ひとつ冴えないのは残念ですが、演奏が進につれてシューベルトの晩年の怨念みたいなものが青白い炎を上げて燃え立つような風情です。おそらく、これ以上形が崩れると「醜悪」になる一歩手前で踏みとどまっているのがいいのでしょう。

そんなわけで、この二人に聞き比べはなかなかに面白かったです。

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