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ケンプ(Wilhelm Kempff)|ベートーベン:ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7
ベートーベン:ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7
(P)ケンプ 1951年10月13日録音
Beethoven:ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7 「第1楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7 「第2楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7 「第3楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7 「第4楽章」
愛する女 ”Die Verliebte”

若きベートーベンの意気込みがつたわってくるような作品です。作品2の3つのピアノソナタと比べると明らかに規模の大きな作品であり、内容的にも深みを増しています。とりわけ第2楽章のラルゴは、響きの面でも情緒の面でもより充実したものとなっています。
ベートーベンの初期のピアノソナタはあまり聞かれることの少ない作品ですが、聞いていて一番面白いのは緩徐楽章です。ユング君はどこかで”ベートーベンの緩徐楽章は美しい!”と書きました。順を追って、これら一連の初期ソナタを聞いていくと、その美しい緩徐楽章がより美しく、深みをましていく様子が手に取るように分かります。
この第4番のソナタの第2楽章、”ラルゴ コン・グラン・エスプレッシオーネ”を聞くと、作品2のソナタより一段とグレードがアップしているのがはっきりと感じ取れます。そしてシュナーベルの演奏で聞くと、こういう緩徐楽章からこぼれてくる歌心が何とも言えず魅力的です。
なお、「愛する女」というのは、このソナタの発表当時につけられたニックネームみたいなものです。全体に漂う優雅な雰囲気からその様な呼び方をされたのでしょう。
第1楽章
アレグロ・モルト・エ・コン・ブリオ 変ホ長調 8分の6拍子 ソナタ形式
第2楽章
ラルゴ コン・グラン・エスプレッシオーネ ハ長調 4分の3拍子 3部形式
第3楽章
アレグロ 変ホ長調 4分の3拍子
第4楽章
ポーコ・アレグレット・エ・グラッティオーソ 変ホ長調 4分の2拍子 ロンド
*第3楽章はメヌエットともスケルツォとも記されていません。曲想がどちらともつかないために、ベートーベン自身もあえて明記しなかったものと思われます。
自然体で歌心に満ちたベートーベン
ずいぶん多くの方から、ケンプによるベートーベンをリクエストいただきました。正直言って、すでにシュナーベル、バックハウス、ナット、さらに一部欠落はあるものの準全集といえるギーゼキングとアップしているので、どうしたものかと悩んでいました。しかし、あまりにも多くの方から要望をいただき、中には「私の持っている全集を提供するのでアップして欲しい」という声までいただいたので、流石によっこらしょと重い腰を上げてこの数週間集中的にケンプのベートーベンを聴いてみました。そして、なるほど、これは多くの方が要望するだけのことはある、じつに見事な演奏だと感心させられました。
ケンプについては、ケンペン&ベルリンフィルとのコンビで録音したコンチェルトをアップしたときに少しばかり感想を書きました。
そこで、「なんとファンタスティックで深い感情に裏打ちされた演奏でしょうか。これを聴いていると、いじけた心のひだがいつの間にか伸びやかに広がっていくような心地よさに満ちています。」と書いたのですが、その言葉はこのソナタ全集の録音の方がふさわしいのかもしれません。
これは、何という伸びやかで自然体のベートーベンでしょう。堅くなったり、重くなったり、ましてや力ずくで押し切るようなところが微塵もありません。とにかく耳にしたときの心地よさは他に例を見ません。
例えば、8番のパセティックの冒頭、普通ならもっとガツーンと響かせるのが普通です。29番のハンマークラヴィーアにしても同様です。ところが、ケンプはそう言う派手な振る舞いは一切しないで、ごく自然に音楽に入っていきます。そして、その後も何事もないように淡々と音楽は流れていきます。あのハンマークラヴィーアの第3楽章にしても、もっと思い入れタップリに演奏しようと思えばできるはずですが、ケンプはそう言う聞き手の期待に肩すかしを食らわせるかのように淡々と音楽を紡いでいきます。
普通、こんな事をやっていると、面白くもおかしくもない演奏になるのが普通ですが、ところがケンプの場合は、そう言う淡々とした音楽の流れの中から何とも言えない感興がわき上がってくるから不思議です。おそらく、その秘密は、微妙にテンポを揺らす事によって、派手さとは無縁ながら人肌の温かさに満ちた「歌」が紡がれていくことにあるようです。パッと聞いただけでは淡々と流れているだけのように見えて、その実は裏側で徹底的に考え抜かれた「歌心」が潜んでいます。
おそらく、この至芸の背後にあるのはピアニストとしてのケンプではなくて、作曲家のケンプでしょう。そして、そう言う美質はスタジオでの録音よりはライブでのコンサートでこそ発揮されたと言われているケンプですが、どうしてどうして、この録音は十分すぎるほどそう言うケンプの美質がとらえられています。
もちろん、全部で32曲にも上るベートーベンのソナタを全て高いレベルを期待するのは無理というものでしょう。私見では、例えば23番のアパショナータに代表されるような、中期の驀進するベートーベンに関してはいささか物足りなさを感じます。しかし、全体としてみれば非常に高いレベルでまとめられた全集だと言えます。
また、録音に関しては大部分が51年に行われていて、ほんの数曲だけが53年と56年に行われています。ご存知のように、録音にテープが利用されるのは52〜53年からで、同じモノラル録音でもこれ以前と以後ではクオリティに大きな差があります。このケンプの録音は残念ながらそれ以前のものなので、これが後1〜2年ずれていればという思いは残ります。
ただし、万全な状態で再生すると、音楽的においしい部分は上手くすくい取っているので、この時期のものとしてベストに近いと思います。
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