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Rameau

<フランス:1683〜1764>

経歴


ラモーは、教会のオルガニストをしていたジャン・ラモーを父として、1683年にブルゴーニュ地方のディジョンで生まれます。各地の教会でオルガニストを勤めながらキャリアを積み上げ、作曲活動を続けますが、その道のりは決して平坦なものではなかったようです。特に、1706年からパリでオルガニストをしながら発表した「クラブサン曲集 第1巻」はほとんど無視されたようで、結局は失意の中で生まれ故郷のディジョンで戻り、父の跡を継いで故郷の教会でオルガニストをつとめています。この出来事はラモーを深く傷つけたようで、1724年に発表した新しいクラブサン曲集を第2巻とはせずに、単に「クラブサン曲集」としていることからもうかがえます。
そんなラモーに転機が訪れたのは1731年に裕福な音楽愛好家ラ・ププリニエールの私設楽団の音楽監督に招かれたことです。これで、ラモーは生活の心配から解放されて、長年の念願だったオペラの作曲に取りかかれるようになります。晩年は啓蒙思想家として有名なルソーから目の敵のように扱われて、いわゆるブフォン論争などに巻き込まれたり、さらには啓蒙思想の広がりの中でラモーのオペラは保守的だとして上演の機会も減っていったりします。しかし、貴族にも列せられ裕福な生活をおくっていたラモーにとってはあまり気になるようなことでもなかったようで、周りのワイワイガヤガヤの中で数多くの理論書の執筆に勤しみ、その成果はその後の和声論の基礎となりました。

ユング君の一言


ラモーと聞いて具体的なイメージが浮かぶ人はあまりいないのではないでしょうか?ユング君も恥ずかしながら、ラモーと聞いて思い浮かぶのは、恥ずかしながら、「オーケストラの休日」と題されたレコードにおさめられていた「めんどり」ぐらいでした。ですから、なぜかラモーと聞くと頭の中に鶏の姿が浮かんできて困ってしまいます。
しかし、よく調べてみると、ラモーはバッハやヘンデル達と同世代の偉大な音楽家であったことが分かります。特に、そのクラブサン曲集は同時代の作曲家の中では珍しく和声を重視した音楽で、ベルリオーズは彼を高く評価したと伝えられています。

【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2020-06-01]

モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調 , K.491
(P)リリー・クラウス:スティーヴン・サイモン指揮 ウィーン音楽祭管弦楽団 1965年5月13日~15日録音

[2020-05-31]

ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 Op. 115
(Cl)レジナルド・ケル:ブッシュ四重奏団 1937年10月10日録音

[2020-05-30]

ウェーバー:舞踏への勧誘 op.65 (バレエとしては「薔薇の精」というタイトル)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:フィルハーモニア管弦楽団 1954年3月3日録音(ディアギレフへのオマージュ)

[2020-05-30]

ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:フィルハーモニア管弦楽団 1954年6月3日録音(ディアギレフへのオマージュ)

[2020-05-29]

ハイドン:交響曲第60番 ハ長調「うかつ者」 Hob.I:60
マックス・ゴバーマン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年~1962年録音

[2020-05-28]

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第5番 ト長調 Op.55
(P)スヴャトスラフ・リヒテル:ヴィトールド・ロヴィツキ指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 1958年9月録音

[2020-05-27]

ベートーベン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
(P)アルフレッド・ブレンデル 1960年録音

[2020-05-26]

ブラームス:ホルン三重奏変 ホ長調 Op.40
(Vn)アドルフ・ブッシュ:(P)ルドルフ・ゼルキン (Hr)オーブリー・ブレイン 1933年11月13日録音

[2020-05-25]

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調 , K.488
(P)リリー・クラウス:スティーヴン・サイモン指揮 ウィーン音楽祭管弦楽団 1965年5月9日~10日録音

[2020-05-24]

ベートーベン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調 Op.132
ブッシュ弦楽四重奏団 1937年10月7日録音