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ケンプ(Wilhelm Kempff)|ベートーベン:ピアノソナタ第3番 ハ長調 作品2-3
ベートーベン:ピアノソナタ第3番 ハ長調 作品2-3
(P)ケンプ 1951年12月19日録音
Beethoven:ピアノソナタ第3番 ハ長調 作品2-3 「第1楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第3番 ハ長調 作品2-3 「第2楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第3番 ハ長調 作品2-3 「第3楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第3番 ハ長調 作品2-3 「第4楽章」
ハイドンに献呈されたピアノソナタ
ボン時代にベートーベンはハイドンと知り合います。イギリスに招かれての行き帰りの時です。
若きベートーベンの才能を認めたハイドンはウィーンに出てきて自分のもとで学ぶようにすすめます。喜んだベートーベンは選定侯の支援もあって飛ぶようにウィーンに向かいます。
ハイドンがイギリスからの帰りにベートーベンと出会い、ウィーン行きをすすめたのが1792年の7月です。そのすすめに応じてベートーベンがウィーンに着いたのが同じ年の11月10日です。当時の社会状況や準備に要する時間を考えれば、ベートーベンがどれほどの期待と喜びをもってウィーンのハイドンのもとにおもむいたのかが分かります。
しかし、実際にウィーンについてハイドンのもとで学びはじめるとその期待は急速にしぼんでいきます。偉大な選手が必ずしも偉大なコーチにならないとのと同じで、偉大な作曲家ハイドンは決して教師に向いた人ではなかったようです。
おまけにベートーベンの期待があまりにも大きく、そして、ベートーベン自身もすでに時代を越え始めていました。
ハイドンの偉大さは認めつつも、その存在と教えを無批判に受け入れるというのはベートーベンには不向きなことでした。それよりは、自分が必要と思うものをクールに受け取れる存在の方がよかったようです。
そこで、ベートーベンはサリエリ(映画アマデウスのおかげで凡庸な作曲家というイメージが定着してしまいました)やアレブレヒツベルガーなどから作曲理論を学ぶようになり、結局は翌年の春にはハイドンのもとを去ることになります。
この作品番号2としてまとめられている3曲のピアノソナタは、そのような若き時代の意気軒昂たる姿がうかがえて興味深い作品です。そして、世上噂されるハイドンとの不和も、これらの3曲がハイドンに献呈されていることを考えると、決定的なものではなかったようです。
ちなみに、この3曲が完成したのは1795年と言われているが、作品の着想そのものはボン時代にさかのぼるそうです。それが、イギリスでの大成功をおさめてウィーンに帰ってきたハイドンに謝意を示すために一気に完成されたと言われています。
第1楽章
アレグロ・コン・プリオ ハ長調 4分4拍子 ソナタ形式
第2楽章
アダージョ ホ長調 4分の2拍子 ロンド形式
第3楽章
アレグロ ハ長調 4分の3拍子 スケルツォ
第4楽章
アレグロ・アッサイ ハ長調 8分の6拍子 ロンド形式
自然体で歌心に満ちたベートーベン
ずいぶん多くの方から、ケンプによるベートーベンをリクエストいただきました。正直言って、すでにシュナーベル、バックハウス、ナット、さらに一部欠落はあるものの準全集といえるギーゼキングとアップしているので、どうしたものかと悩んでいました。しかし、あまりにも多くの方から要望をいただき、中には「私の持っている全集を提供するのでアップして欲しい」という声までいただいたので、流石によっこらしょと重い腰を上げてこの数週間集中的にケンプのベートーベンを聴いてみました。そして、なるほど、これは多くの方が要望するだけのことはある、じつに見事な演奏だと感心させられました。
ケンプについては、ケンペン&ベルリンフィルとのコンビで録音したコンチェルトをアップしたときに少しばかり感想を書きました。
そこで、「なんとファンタスティックで深い感情に裏打ちされた演奏でしょうか。これを聴いていると、いじけた心のひだがいつの間にか伸びやかに広がっていくような心地よさに満ちています。」と書いたのですが、その言葉はこのソナタ全集の録音の方がふさわしいのかもしれません。
これは、何という伸びやかで自然体のベートーベンでしょう。堅くなったり、重くなったり、ましてや力ずくで押し切るようなところが微塵もありません。とにかく耳にしたときの心地よさは他に例を見ません。
例えば、8番のパセティックの冒頭、普通ならもっとガツーンと響かせるのが普通です。29番のハンマークラヴィーアにしても同様です。ところが、ケンプはそう言う派手な振る舞いは一切しないで、ごく自然に音楽に入っていきます。そして、その後も何事もないように淡々と音楽は流れていきます。あのハンマークラヴィーアの第3楽章にしても、もっと思い入れタップリに演奏しようと思えばできるはずですが、ケンプはそう言う聞き手の期待に肩すかしを食らわせるかのように淡々と音楽を紡いでいきます。
普通、こんな事をやっていると、面白くもおかしくもない演奏になるのが普通ですが、ところがケンプの場合は、そう言う淡々とした音楽の流れの中から何とも言えない感興がわき上がってくるから不思議です。おそらく、その秘密は、微妙にテンポを揺らす事によって、派手さとは無縁ながら人肌の温かさに満ちた「歌」が紡がれていくことにあるようです。パッと聞いただけでは淡々と流れているだけのように見えて、その実は裏側で徹底的に考え抜かれた「歌心」が潜んでいます。
おそらく、この至芸の背後にあるのはピアニストとしてのケンプではなくて、作曲家のケンプでしょう。そして、そう言う美質はスタジオでの録音よりはライブでのコンサートでこそ発揮されたと言われているケンプですが、どうしてどうして、この録音は十分すぎるほどそう言うケンプの美質がとらえられています。
もちろん、全部で32曲にも上るベートーベンのソナタを全て高いレベルを期待するのは無理というものでしょう。私見では、例えば23番のアパショナータに代表されるような、中期の驀進するベートーベンに関してはいささか物足りなさを感じます。しかし、全体としてみれば非常に高いレベルでまとめられた全集だと言えます。
また、録音に関しては大部分が51年に行われていて、ほんの数曲だけが53年と56年に行われています。ご存知のように、録音にテープが利用されるのは52〜53年からで、同じモノラル録音でもこれ以前と以後ではクオリティに大きな差があります。このケンプの録音は残念ながらそれ以前のものなので、これが後1〜2年ずれていればという思いは残ります。
ただし、万全な状態で再生すると、音楽的においしい部分は上手くすくい取っているので、この時期のものとしてベストに近いと思います。
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