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セル(George Szell)|モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調 K.296
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調 K.296
(P)ジョージ・セル (Vn)ラファエル・ドルイアン 1967年8月
Mozart:Violin Sonata in C major, K.296 [1.Allegro vivace]
Mozart:Violin Sonata in C major, K.296 [2.Andante sostenuto]
Mozart:Violin Sonata in C major, K.296 [3.Rondo. Allegro]
選帝侯妃ソナタ
モーツァルトが本当の意味でヴァイオリンソナタの作曲に着手するのは就職先を求めて母と一緒にマンハイムからパリへと旅行したときです。このとき、モーツァルトはマンハイムにおいてシュスターという人物が作曲した6曲のヴァイオリンソナタに出会います。モーツァルトはこのときの感想を姉のナンネルに書き送ってます。
「・・・わたしはこれらを、この地ですでに何度も弾きました。悪くありません。・・・」
「悪くありません。」・・・この一言がモーツァルトから発せられるとは何という賛辞!!
残念なことに、モーツァルトを感心させたシュスターの作品がどのようなものかは現在に伝わっていません。しかし、それらの作品が、従来のピアノが「主」でヴァイオリンが「従」であるという慣例を打ち破り、その両者が「主従」の関係を交替しながら音楽を作り上げていくという「交替の原理」にもとづくものであったことは間違いありません。
モーツァルトは旅費を工面するために引き受けたド・ジャンからのフルート作品の作曲にうんざりしながら、その合間を縫ってヴァイオリンソナタを作曲します。このうちの5曲(K301・K302・K303・K305・K296)はマンハイムで完成し、残りの2曲(K304、K306)はパリへ移動してから完成されたと言われています。そして、K301~K306の6曲はプファルツの選帝候妃に作品番号1として、そしてK296はマンハイムで世話になった宿の主人の愛らしい娘、テレーゼ・ピエロンに捧げられています。
私たちが、モーツァルトのヴァイオリンソナタとしてよく耳にするのはこれ以降の作品です。
モーツァルトは選帝候妃に捧げた作品番号1の6曲について、明確に「ピアノとヴァイオリンのための二重奏曲」と述べています。そして、あまりにも有名なホ短調ソナタを聴くときに、何かをきっかけとして一気に飛躍していくモーツァルトの姿を見いだすのです。
そこでは、ピアノとヴァイオリンはただ単に交替するだけでなく、この二つの楽器が密接に絡み合いながら人間の奥底に眠る深い感情を語り始めるのです。アインシュタインが指摘しているように、「やがてベートーベンが開くにいたる、あの不気味な戸口をたたいている」のです。
さらに、作品番号1の最後を飾るK306と愛らしいピエロンのためのK296は、当時のヴァイオリンソナタの通例を破って3楽章構成になっています。このK296は第2楽章がクリスティアン・バッハのアリア「甘いそよ風」による変奏曲になっていて、実に親しみやすい作品です。また、K306の方は、K304のホ短調ソナタとは打って変わって、華やかな演奏効果にあふれたコンチェルト・ソナタに仕上がっています。
ヴァイオリンソナタ第24番 ハ長調 K.296
「アウエルンハンマー・ソナタ」の第2曲として出版されているが。成立したのは上で述べたようにマンハイム訪問時です。
- 第1楽章:Allegro vivace
- 第2楽章:Andante sostenuto
- 第3楽章:Allegro
セルのピアノは一つ一つの音の粒立ちが明確であり、その明確な音が流れるように紡がれていく
これもまた考えようによっては不思議な録音です。
何が不思議かというと、どういう風の吹き回しでこういう録音が計画されたのかがなかなか見えてこないのです。
言うまでもなく、ピアノを担当しているセルはクリーブランド管弦楽団という希有なオーケストラを育て上げた偉大な指揮者です。
ヴァイオリニストのドルイアンはそのセルのもとでコンサートマスターを長く(1960年~1969年)つとめた人物でした。
レーベル側からすれば、こういう地味な作品は、それなりにネームバリューのあるソリストを組み合わせないと売れないでしょうから、どう考えても嬉しい「企画」ではありません。
当然の事ながら、ドルイアンが提案して実現するようなものでもありませんから、これはセルの提案という可能性が高くなります。
そう言えば、セルは55年にシゲティとのコンビで素晴らしい録音を残しています。
あの録音は、なぜか2曲だけがセルとのコンビで録音され、残りの13曲はホルショフスキーが担当しています。そして、そのホルショフスキーとの録音はなぜかお蔵入りをしてしまい、このドルイアンとの録音が行われたときも未だお蔵に入ったままの状態でした。
おそらく、セルはモーツァルトの音楽を心から愛していて、そして深く尊敬もしていたはずです。
もしかしたら、この小さな宝石のようなソナタを、自分のピアノで、自分が理想とするような演奏で残したくなったのかもしれません。そして、そう考えると、ヴァイオリニストには灰汁の強いソリストよりは自分の意向が100%反映できるドルイアンを選択したのも納得がいきます。
あのシゲティとの録音では、シゲティはヴァイオリンをナイフのようにして、ソナタの中心に潜んでいる水晶のようなコアを削りだそうとするような演奏でした。しかし、セルにしてみれば、モーツァルトの音楽はもう少し美しく響くべきだと感じていたはずです。
そして、出過ぎることもなく、完璧にヴァイオリンを美しく響かせる技術となればドルインは明らかにシゲティよりも上です、というか、そう言う点に限ればほとんどのヴァイオリニストはシゲティよりも上なのですが・・・。
ここでのピアノとヴァイオリンの関係はそのまま指揮者とコンサートマスターの関係です。
セルのピアノは一つ一つの音の粒立ちが明確であり、その明確な音が流れるように紡がれていく様は、セルが目指した音楽のありようと全くの相似形です。
それにしても、セルのピアノは実に見事なものです。
指揮者でピアノ上手といえばサヴァリッシュが思い浮かぶのですが、それよりも上手いかもしれません。
聞くところによると、彼の同門にはルドルフ・ゼルキンがいて、そのピアノの力量に関してはゼルキンも一目置いていたとのことです。
そして、それに付き従うヴァイオリンはソリストとして目立とうという山っ気が皆無であるがゆえに、結果として透明度の高い精緻なモーツァルトが立ちあらわれています。
そして、それは同時にドルイアンにとっても、自分の技量と音楽性を刻み込んだ記念すべき一枚となったことも事実です。
そう考えれば、これはもしかしたら、長年わたって自分を支えてきてくれたコンサートマスターへのセルからのボーナスだったのかもしれません。
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よせられたコメント
2024-11-02:老モグラ
- セルとドルイアンは絶妙なコンビでしたが、後にケンカ別れ。新たにダニエル・マジェスケがコンサートマスターになり、1970年のセル唯一の来日公演もマジェスケがいました。
同じような事がオーボエパートにもありました。名手マーク・リフシーがセルとの間が気まずくなって辞め、サンフランシスコに去り、ワシントンDCのナショナル交響楽団からジョン・マックが移籍してきました。ちょうどマックの家にセルからオファーの電話がかかって来た時に偶然リフシーが来ており、即座にマックに「オメデトウ」と叫んで抱擁したそうです。
1967年のリフシー(クリップス指揮サンフランシスコ交響楽団)のモーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」序曲のソロ、1970年のマック(セル指揮クリーヴランド)の「エロイカ」のソロは共に絶妙でした。
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