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ウラッハ(Leopold Wlach)|メンデルスゾーン:演奏会用小品第2番ニ短調 Op.114
メンデルスゾーン:演奏会用小品第2番ニ短調 Op.114
(Clarinet)レオポルト・ウラッハ (P)イェルク・デムス (Basset-horn)フランツ・バルトシェック 1950年録音
Mendelssohn:Konzertstuck No.2 in D minor, Op.114 [1.Presto]
Mendelssohn:Konzertstuck No.2 in D minor, Op.114 [2.Andante]
Mendelssohn:Konzertstuck No.2 in D minor, Op.114 [3.Allegretto grazioso]
ベールマンのために作曲された作品

ハインリヒ・ヨーゼフ・ベールマンはロマン派のクラリネット音楽を牽引した演奏家であり、彼のために多くの作曲家がクラリネット作品を書いています。もちろん、この時代のヴィルトゥオーゾですから、彼自身も自らの名人芸を披露するために作曲も行ったのですが、それよりもウェーバーやメンデルスゾーンが彼のために優れたクラリネットのための作品を残してくれたことの方が私たちにとっては幸運でした。
このメンデルスゾーンが残した二つの「コンツェルトシュテュック」はクラリネット、バセットホルン、ピアノという編成で作曲されたのですが、後に管弦楽版も用意されたので、「コンツェルトシュテュック(小協奏曲)」の名にふさわしく協奏曲形式伝送されることもあります。
なお、管弦楽版ではクラリネットとバセットホルンが独奏楽器となり、ピアノに変わってフルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦五部という構成になっています。
また、バセットホルンというのは用意するのが難しいので、それに変わってクラリネット2本で演奏されることも多いようです。
この形はベールマンの息子も優秀なクラリネット奏者だったので、親子によるデュエットを念頭に置いたからです。
この作品はベールマンが演奏旅行の途中にベルリンを訪れたときにメンデルスゾーンが彼らを招待した事がきっかけで作曲されたようです。
招かれたベールマン親子がメンデルスゾーン家に到着すると、メンデルスゾーンは彼らにシェフの格好をさせ手、自分の好物であるスイート・ダンプリングとチーズ・シュトルーデルをで作ってくれないかと頼んだのです。
そして、その依頼の見返りとして、ベールマンもまたすかさずクラリネットとバセットホルンとピアノのための作品を依頼したのです。
そして、料理に取りかかるベールマンに対してメンデルスゾーンは「これから音符を熱い火にかけて全てを料理する前に甘くて、スパイシーソースも作るつもりだ。」みたいなことを言って隣の部屋に引っ込んだのです。
こんな茶目っ気たっぷりのやり取りの中で生まれた作品ですから、音楽もまた実に茶目っ気にあふれた、クラリネットの特徴を存分に引き出した作品になっています。
そして、この第1番は大成功をおさめたので、気をよくしたベールマンはもう1曲メンデルスゾーンに依頼することになるのです。その依頼に応えて作られたのが第2番の「コンツェルトシュテュック」です。
メンデルスゾーンはようやくに完成させた2曲目に作品に次のような文言をそえて送ったそうです。
「君からの厳しく取り立てられていたデュエットの曲を送ります。こんな無理に曲をつくらせるなんて悪党しかできないよ。」
そして、この第2番の作品には次のようなユニークな解説がメンデルスゾーンによって残されています。
- 第1部:あなた(ベールマン)の主題を基にしています。あなたがシュテルンの全財産をカード遊びで巻き上げ、烈火の如く怒らせたところを想像してみました
- 第2部:先日のディナーの思い出。クラリネットは料理を待ちわびる私。バセットホルンはのたうち回る胃袋です
- 第3部:演奏旅行で訪れるロシアの気温に合わせて、わざと"冷たく"書きました
ウィーンという街に伝わってきたローカリティな「訛り」の価値を確認した録音
シューマンもメンデルスゾーンも、ピアノとクラリネットはデムスとウラッハがつとめています。そこに、シューマンのヴィオラにはエーリッヒ・ヴァイス、メンデルスゾーンのバセット・ホルンにはフランツ・バルトシェックという顔ぶれです。
ウラッハとデムスについては今さら説明の必要はないでしょう。デムスはパウル・バドゥラ=スコダとフリードリヒ・グルダとともに「ウィーン三羽烏」と呼ばれた若手のピアニストでした。
エーリッヒ・ヴァイスはコンツェルト四重奏団のヴィオラ奏者(と言うことは、当然の事ながらウィーンフィルのメンバー)、フランツ・バルトシェックはウィーンフィルのバスホルン奏者でした。ただし、バセットホルン奏者と言うことなのですが、必要があればクラリネットに持ち替えることもあったのですが、本職はバセットホルンだったようです。
つまりは、全員がウィーンという街の空気を吸って音楽家となっていった連中なのです。
そして、とりわけウィーンフィルには、本職のオーケストラの仕事以外に仲間内で室内楽を楽しむ伝統が根付いていました。さらに遡れば貴族や富裕層のサロンを中心として室内楽を楽しむ伝統が存在していた街でした。
室内楽とは、元々は野外で演奏される音楽に対して、室内で演奏される音楽という意味合いを持っていたのですが、その「室内」とは言うまでもなく宮廷や貴族の館を意味していました。つまりは特権階級のための音楽だったのです。
やがて、市民階級の台頭に伴ってその中心は富裕な市民の家庭へと移っていくのですが、それでもそのような特権階級によって享受される音楽であり続けたのです。
言うまでもないことですが、そう言う室内で演奏される音楽には声楽は伴いませんし、劇場で演奏されるような大仕掛けもありません。
ですから、その音楽を理解し楽しむには一定の音楽的素養が必要でした。
それは、リストやパガニーニのような名人芸に拍手喝采をおくる演奏会とは全く別の世界として発展していったのです。
それ故に、その様な特権的な聞き手の知的好奇心を満たすために「分かる人だけ分かればいい」という音楽が生み出され、演奏においてもその様な聞き手を前提としたスタイルが定着していったのです。
とは言え、時代の流れとともにその聞き手の層は拡大していき、やがてレコード産業の発展はその層を一気に拡大しました。そうなれば、「分かる人だけ分かればいい」はずだった音楽を、出来る限り多くの人に「分かる」ように、言葉をかえれば拡大していく聞き手に対して「楽しく」聞いてもらえるように工夫していく必要が生じていったのです。
確かに、室内楽作品というものは、演奏家がそう言う工夫をしないで自分たちの楽しみのために演奏すれば口当たりのいい音楽にはならないようです。
その事は、ハイフェッツたちが60年代以降に集中的に録音した室内楽演奏を聴いてみればよく分かります。
例えば、
ブラームスの弦楽六重奏曲の演奏などはその典型でしょう。
ですから、「分かる人だけ分かればいい音楽」を聞き手に楽しんでもらえるように伝える役割は演奏家が担うことになります。
そして、その時にウィーンという街に伝わってきたローカリティな「訛り」」の中で、その役割を担えるものが何なのかを徹底的に追求して試してみたのが50年代前半を中心としたウェストミンスター録音ではなかったのかと考えるのです。
そして、そこで学び取った成果をおそらくはウィーンフィルにも持ち帰ることで、より強化された「ウィーン風」のブランドを確立していったのではないかと考えます。
おそらく、室内楽という分野はザッハリヒカイトに徹するだけでは、立派な演奏にはなっても多くの聞き手を喜ばせる演奏にはならないような気がします。
今もって、室内楽作品に関してはこの50年代のウェストミンスター録音は根強い人気を維持しています。
こういう古い録音を聞いていると、「室内楽作品は売れない」とこぼす前に、それがなぜなのかを、レーベルも演奏家も考え直してみる必要があるのではないではないかと思ってしまいます。
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