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ベートーベン:弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調OP.95「セリオーソ」

ジュリアード弦楽四重奏団:1960年4月6日~7日録音

Beethoven:String Quartet No.11 in F minor, Op.95 "Serioso" [1.Allegro con brio]

Beethoven:String Quartet No.11 in F minor, Op.95 "Serioso" [2.Allegretto ma non troppo]

Beethoven:String Quartet No.11 in F minor, Op.95 "Serioso" [3.Allegro assai vivace ma serioso - Piu Allegro]

Beethoven:String Quartet No.11 in F minor, Op.95 "Serioso" [4.Larghetto espressivo - Allegretto agitato - Allegro]


過渡期の2作品

この分野における「傑作の森」を代表するラズモフスキーの3曲が書かれるとベートーベンは再び沈黙します。おそらくこの時期のベートーベンというのは「出力」に次ぐ「出力」だったのでしょう。己の中にたぎる「何もの」かを次々と「音楽」という形ではき出し続けた時期だったといえます。
ですから、この「分野」においてはとりあえずラズモフスキーの3曲で全て吐き出し尽くしたという思いがあったのでしょう。

しばらくの沈黙の後に作り出された2曲は、ラズモフスキーと比べればはるかにこぢんまりとしていて、音楽の流れも肩をいからせたところは後退して自然体になっています。
しかし、後期の作品に共通する深い瞑想性を獲得するまでには至っていませんから、これを中期と後期の過渡期の作品と見るのが一般的となっています。

弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 OP.74「ハープ」

第1楽章の至る所であらわれるピチカートがハープの音色を連想させることからこのニックネームがつけられています。
この作品の一番の聞き所は、ラズモフスキーで行き着くところまで行き着いたテンションの高さが、一転して自然体に戻る余裕を聞き取るところにあります。ですから、ラズモフスキー第3番のぶち切れるような終結部を聞いた後にこの作品を続けて聞くと得も言われぬ「味わい」があったりします。(^^;

弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調OP.95「セリオーソ」

第10番「ハープ」で縮小した規模は、この「セリオーソ」でさらに縮んでいきます。もうこの作品からは中期の「驀進するベートーベン」は最終楽章の終結部にわずかばかりかぎ取ることができるぐらいで、その他の部分はベートーベン自身が名付けた「セリオーソ」という名前通りにどこか「気むずかしい」表情でおおわれています。


和声への耽溺

これは何とも不思議な録音です。
ジュリアード弦楽四重奏団のベートーベンといえば60年代に1回、80年代に1回の計2回も全集として録音を完成させています。ですから、1960年にポツンと一つだけ第14番の弦楽四重奏曲が録音されているのは何とも不思議なのです。

<追記>
これは私の全くの勘違いで、これ以外に今回紹介する11番「セリオーソ」と最後の16番を録音していました。ただ、いい訳を許してもらえるならば、それくらいにこれらは忘れ去られた録音になっていたのです。ただし、当然の事ながら演奏のテイストは全く変わりません。ジュリアードはどこまで行ったもジュリアードなのです。
<追記終わり>

しかし、調べてみれば話は簡単なことでした。
この時期、何があったのかは知りませんが、ホンの一時期ですがCBSからRCAにレーベルを移籍しているのです。このたった1曲だけのベートーベンは、その移籍の時に録音されているのです。(ちなみに、RCAからは4枚のLPがリリースされたようです)

ただし、たった4枚であっても、この時期にRCAレーベルで録音されたことは喜ばしいことです。何故ならば、録音の質というか方向性というか、そう言うものが随分と違うのです。
CBSの全集録音ではホールトーンも含んだ形で非常にバランスよく収録しているの対して、RCAではそう言う残響の部分は出来る限り排除したデッドな音の録り方をしているのです。
これは、演奏する側にとってはごまかしのきかないきつさがあるのですが、逆から見れば腕の見せ所でもあります。さらに言えば、その生々しさは特筆ものなのです。

ベートーベンの後期の弦楽四重奏曲と言えば「深い精神性」が語られます。
しかし、「精神、精神」と唱えて深い精神性を持った作品が書けるわけではありません。ここでベートーベンが耽溺しているのは己の深い精神性ではなくて、誰も聞いたことのない和声に心を集中しているのです。
ここでののベートーベンは明らかに聞き手のことは考えていません。
あの巨大な第9とミサ・ソレムニスを書き上げた作曲家は、その後の作品では聞き手のことを全く考慮しなくなったのです。彼の目は、全人類を祝福した後は、一転して己の中にだけ向けられることになるのです。
そして、それは音楽とは人を喜ばせるためのものであった18世紀的な原則を投げ捨てることにつながります。

もしも、後世の聞き手がそこに深い精神性を感じるとすれば、それはまさに新しい和声の響きに耽溺してひたすら己の中に埋没していったからです。

ならば、その様なベートーベン作品に内包される「深い精神性」を演奏で語ろうとすれば、これまた当然の事ながら「精神、精神」と唱えて実現されるはずもありません。求められる最低限のハードルはベートーベンが耽溺した新しい和声の響きを繊細に、そして精緻に再現することです。
そう考えれば、このジュリアードによる演奏と録音は最適です。ホールトーン込みの響きでごまかせば、そこからはベートーベンが耽溺した響きの実態は消えてしまいかねません。

このジュリアードの響きはガラス細工のように精緻であり繊細です。そして、こんな響きをどこかで聞いたことがあるなと思いを巡らせて思い当たったのが、晩年のチェリビダッケでした。
当然、もっとゴリゴリした感じで演奏した方が「深い精神性」を感じる人の方が多いと思います。しかし、ベートーベン自身が耽溺したであろう和声の響きにここまで徹底的につきあった演奏から新しく見えてくるものがある事も事実です。そしてその新しさは、ベートーベンの「精神性」のよって来たるべき根源を見すえれば、意外とど真ん中に近いのかもしれません。

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