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ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 「皇帝」

(P)アラウ ガリエラ指揮 フィルハーモニア管 1958年6月19~22日録音



Beethoven:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 「皇帝」 「第1楽章」

Beethoven:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 「皇帝」 「第2楽章」

Beethoven:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 「皇帝」 「第3楽章」


演奏者の即興によるカデンツァは不必要

ピアノ協奏曲というジャンルはベートーベンにとってあまりやる気の出る仕事ではなかったようです。ピアノソナタが彼の作曲家人生のすべての時期にわたって創作されているのに、協奏曲は初期から中期に至る時期に限られています。
第5番の、通称「皇帝」と呼ばれるこのピアノコンチェルトがこの分野における最後の仕事となっています。

それはコンチェルトという形式が持っている制約のためでしょうか。
これはあちこちで書いていますので、ここでもまた繰り返すのは気が引けるのですが、やはり書いておきます。(^^;

いつの時代にあっても、コンチェルトというのはソリストの名人芸披露のための道具であるという事実からは抜け出せません。つまり、ソリストがひきたつように書かれていることが大前提であり、何よりも外面的な効果が重視されます。
ベートーベンもピアニストでもあったわけですから、ウィーンで売り出していくためには自分のためにいくつかのコンチェルトを創作する必要がありました。

しかし、上で述べたような制約は、何よりも音楽の内面性を重視するベートーベンにとっては決して気の進む仕事でなかったことは容易に想像できます。
そのため、華麗な名人芸や華やかな雰囲気を保ちながらも、真面目に音楽を聴こうとする人の耳にも耐えられるような作品を書こうと試みました。(おそらく最も厳しい聞き手はベートーベン自身であったはずです。)
その意味では、晩年のモーツァルトが挑んだコンチェルトの世界を最も正当な形で継承した人物だといえます。
実際、モーツァルトからベートーベンへと引き継がれた仕事によって、協奏曲というジャンルはその夜限りのなぐさみものの音楽から、まじめに聞くに値する音楽形式へと引き上げられたのです。

ベートーベンのそうのような努力は、この第5番の協奏曲において「演奏者の即興によるカデンツァは不必要」という域にまで達します。

自分の意図した音楽の流れを演奏者の気まぐれで壊されたくないと言う思いから、第1番のコンチェルトからカデンツァはベートーベン自身の手で書かれていました。しかし、それを使うかどうかは演奏者にゆだねられていました。自らがカデンツァを書いて、それを使う、使わないは演奏者にゆだねると言っても、ほとんどはベートーベン自身が演奏するのですから問題はなかったのでしょう。
しかし、聴力の衰えから、第5番を創作したときは自らが公開の場で演奏することは不可能になっていました。
自らが演奏することが不可能となると、やはり演奏者の恣意的判断にゆだねることには躊躇があったのでしょう。

しかし、その様な決断は、コンチェルトが名人芸の披露の場であったことを考えると画期的な事だったといえます。

そして、これを最後にベートーベンは新しい協奏曲を完成させることはありませんでした。聴力が衰え、ピアニストとして活躍することが不可能となっていたベートーベンにとってこの分野の仕事は自分にとってはもはや必要のない仕事になったと言うことです。
そして、そうなるとこのジャンルは気の進む仕事ではなかったようで、その後も何人かのピアノストから依頼はあったようですが完成はさせていません。

ベートーベンにとってソナタこそがピアノに最も相応しい言葉だったようです 。


アラウ&ガリエラの最良のパフォーマンス

アラウのベートーベンのコンチェルトと言えばハイティンク&コンセルトヘボウ管弦楽団やデイヴィス&シュターツカペレ・ドレスデンとの録音が思い浮かびます。しかし、少なくない人が、このガリエラ&フィルハーモニア管との録音をベスト・チョイスに押しています。
デイヴィスとの録音を調べてみるとこんなキャッチコピーがつけられているのを発見しました。
「ベートーヴェンの大家として知られたアラウ晩年の名演。見通しのよい澄み切った晩年の境地の結実を思わせる第4番、そして重厚なピアニズムの健在ぶりを示す『皇帝』という具合に、作品を隅々まで知り尽くした彼ならではの余裕が、聴き手に大きな感動と充足感を与えてくれます。」

なるほどね・・・^^;。
この時アラウは既に80歳を超えていたのですから仕方のないことなのでしょうが、既に全盛期のテクニックも勢いも失っていて、かなり「緩褌」の演奏になっていました。そんな演奏を「重厚なピアニズム」とか「余裕」などと表現するのはこの世界の常套手段ですから気をつけないといけません。

しかし、60年代に録音されたハイティンクとの演奏にはそのような緩いところは見受けられません。
こちらのキャッチコピーは「アラウ全盛時の録音。テンポは遅いのだが,遅さを感じさせない。力強いが重々しくなく,明晰で明るい音色ながら軽々しくない。受け狙いもなく必要以上の感情移入もない。論理的だが冷たさはない。また若きハイティンクのはぎれよい指揮とも合っている。」となっています。
いい物は、そのいいところを素直に表現すればいいので、曖昧な表現を使わなくてもいいのですね。

しかし、困ったことは、アラウの代表盤として生き残ったのは、あとから録音された「緩褌」演奏の方だったと言うことです。そして、アラウと言えば遅めのテンポで何だか彫りの浅い平べったい音楽を作る人だという印象を持たれてしまった原因にもなっているのでしょう。
ただし、その責任の半分は、ネームバリューに寄りかかって安易な録音を促したレコード会社にあるとして、残りの半分はそんな申し出を受け入れたアラウ本人にもあります。そんな類の録音を聞かされるたびに、「誰か止めるやつはいなかったのか!」などと思ってしまいます。

ですから、この50年代に録音されたガリエラ&フィルハーモニア管との録音などは、LP時代に既に姿を消してしまって、その後はCD化されることもなく、中古レコード屋をかけずり回っても滅多に出会うことはないという「レア盤」の仲間に入ってしまいました。
そんなレア盤がこのようにふたたび日の目を見ることになったのは、今さら言うまでもなく、隣接権が消滅して「パブリックドメイン」となったからです。
そして、そのおかげで、アラウの全盛期の凄さをだれもが簡単に確認することができるようになりました。

80歳を超えてから録音したデイヴィス盤と比べると、これはまるで別人です。音楽そのものに素晴らしく勢いがあり、アラウのピアノも冴え冴えとした響きで「気品」の高さを感じさせてくれます。そして、この演奏は確かにアラウのピアノが素晴らしいのですが、それと同じくらいにガリエラの指揮も秀逸です。
実に颯爽としていてオケを十分にならしきりながら、決してソリストの邪魔にはなっていません。
ソリストの邪魔にはなっていないが、とりあえずオケがバックで鳴っていますというタイプ(これが一番多い!!)、またはソリストのことなんかあまり気にせずにオケを鳴らしきっているというタイプ(いわゆる指揮者が巨匠だったときに多い!!)は結構いますが、こういうガリエラのような指揮者は本当に貴重な存在です。
このガリエラという指揮者は、この時代に多くの有名ソリストの伴奏指揮者として多くの録音を残していますが、今ではほとんど忘れ去られた存在となっています。
そう言う意味で、アラウにとってもガリエラにとっても、彼らの最良のパフォーマンスがふたたび日の目を見ることになったことは喜ばしいことです。

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