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アンチェル(Karel Ancerl)|リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」 作品28
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」 作品28
カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1962年8月録音
Richard Strauss:Till Eulenspiegels lustige Streiche, Op.28
ロンド形式による昔の無頼の物語
シュトラウスにとっては4作目にあたる交響詩であり、まさに脂ののりきった円熟期の作品だと言えます。どこかで、吉田大明神が「西洋音楽史における管弦楽作品の最高傑作」と評していたのを読んだことがありますが、本当に長い西洋音楽の歴史の中で積み上げられてきた管弦楽法の全てが詰め込まれた作品だと言えます。
さて、この交響詩のタイトルとなっているティルなる人物ですが、これは日本で言えば吉四六さんみたいな存在といえるのでしょうか、ドイツ人なら誰もが知っている伝説的な人物だそうです。14世紀に実在した靴職人という説もあれば、同時代に存在したであろう似たような人物像を集めて作られたのがティルだという説もあるそうです。
しかし、どちらにしても、どんな権力者に対しても平気でイタズラをふっかけては大騒ぎを引き起こす人物として多くの民衆に愛された人物であることは間違いありません。そして、このシュトラウスの交響詩の中では、最後につかまえられて裁判にかけられ、絞首刑となって最期をむかえるのですが、伝説の方では病で静かな最期をむかえるという言い伝えもあるそうです。
シュトラウスは、この作品のことを「ロンド形式による昔の無頼の物語」と呼んでいたそうですから、最後は病で静かに息を引き取ったのでは様にならないと思ったのでしょうか、劇的な絞首刑で最後を締めくくっています。
なお、この交響詩は他の作品と違って詳しい標題の解説がついていません。それは、あえて説明をつけくわえる必要がないほどにドイツ人にとってはよく知られた話だったからでしょう。
が、日本人にとってはそれほど既知な訳ではありませんので、最後にかんたんにティルのストーリーを記しておきます。
最初はバイオリンによる静かな旋律ではじまります。いわゆる昔話の「むかしむか・・・」にあたる導入部で、それ続いて有名な「その名はティル・オイレンシュピーゲル」というホルンの主題が登場します。
これで、いよいよ物語りが始まります。
(1)フルートやオーボエが市場のざわめきをあらわすと、そこへティルが登場して品物を蹴散らして大暴れをし、魔法の長靴を履いて逃走してしまいます。
(2)僧侶に化けたティルのいいかげんな説教に人々は真剣に聞きいるのですが、やがてティルは退屈をして大きなあくびをして(ヴァイオリンのソロ)僧侶はやめてしまいます。
(3)僧侶はやめて騎士に変装したティルは村の乙女たちを口説くのですがあっさりふられてしまい、怒ったティルは全人類への復讐を誓います。(ユニゾンによるホルンのフォルティッシモ)
(4)怒りの収まらないティルは次のねらいを俗物学者に定め議論をふっかけます。しかし、やがて言い負かされそうになると、再びホルンでティルのテーマが登場して、元気を取り戻したティルが大騒ぎを巻き起こします。(このあたりは音楽と標題がそれほど明確に結びつかないのですが、とにかくティルの大騒ぎを表しているようです)
(5)突如小太鼓が鳴り響くと、ティルはあっけなく逮捕されます。最初は裁判をあざ笑っていたティルですが、判決は絞首刑、さすがに怖くなってきます。しかし刑は執行され、ティルの断末魔の悲鳴が消えると音楽は再び静かになります。
音楽は再び冒頭の「むかしむか・・・」にあたる導入部のメロディが帰ってきて、さらに天国的な雰囲気の中でティルのテーマが姿を表します。そして、最後はティルの大笑いの中に曲を閉じます。
アンチェル&チェコフィルが取り上げた数少ないシュトラウス作品
チェコフィルのリヒャルトシュトラウスというのはそれほど録音は多くないようです。さらに、アンチェルもまたそれほど録音はしていないように思われます。おそらく、ナチスとの関係を考えてみれば、アンチェルにしてもチェコフィルにしてもそれほど喜んで取り上げたい人物ではなかったことでしょう。
しかし、アンチェルとチェコフィルのただ一度の来日公演が1959年にあったのですが、そのプログラムにリヒャルト・シュトラウスの「ティルオイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」が入っているのです。
この来日公演は10月18日の日比谷公会堂からスタートしているのですが、10月21日の日比谷公会堂での演奏会でアンチェルが一度だけ「ティルオイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」を取り上げているのです。
この日比谷公会堂での演奏会は3日間行われているのですが、最初の2日間は有名作品をラインナップしています。
1959年10月18日:日比谷公会堂
- スメタナ:売られた花嫁」序曲
- ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界」
- プロコフィエフ:「ロミオとジュリエット(抜粋)」
- ムソルグスキー「展覧会の絵」
1959年10月20日:日比谷公会堂
- チャイコフスキー:「ロミオとジュリエット」
- チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 (P)ヤン・パネンカ
- チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
ところが、3日目のプログラムはなかなかに意欲的なものだったようです。
1959年10月21日:日比谷公会堂
- ブラームス:交響曲第1番
- パウエ:大管弦楽のためのスケルツォ
- スーク:バイオリンと管弦楽のための幻想曲 (Vn)ヨゼフ・スーク
- R.シュトラウス:交響詩「ティルオイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
おそらく、最初の二つのプログラムは招聘元の意向も尊重したものでしょうが、21日のプログラムはアンチェルの意向がより強く反映したであろう意欲的なものになっています。そう考えれば、彼にとってリヒャルト・シュトラウスというのはナチスとの関係で言えば因縁の相手と言うことになるのでしょうが、それでもこの「ティルオイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」に関してはその価値を正当に評価していたのでしょう。
実際、この来日公演の3年後のスタジオ録音は素晴らしい演奏であり録音です。
響きの純度を高め、一切の緩さを感じさせない演奏と録音ですから、再生システムが非力だといささか生硬な感じがするかもしれません。しかし、十全に鳴らし切ってやれば、ヴァイオリンの響きは決して硬くはなく、鋭さと艶やかさを合わせ持ったなかなかに魅力的な響きなのです。
また、この作品が持っているドラマ性も十分に表現されていて、聞いていてワクワクするような楽しさにも溢れています。
おそらく、アンチェルにとってはナチス政権下で帝国音楽院総裁を務めた人物の作品であっても、この作品だけは特別だったのかも知れません。
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