クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~




Home|マタチッチ(Lovro von Matacic)|チャイコフスキー:幻想序曲「ハムレット」, Op.67a

チャイコフスキー:幻想序曲「ハムレット」, Op.67a

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1956年1月録音



Tchaikovsky:Hamlet-Fantasy Overture, Op.67a


尊敬するグリーグに対して献呈された自信作

この作品はチャイコフスキーが1877年に交響曲4番を作曲した後に訪れた中期のスランプを漸くに抜け出した頃に作曲された作品です。
交響曲第5番とほぼ同じ頃(1888年6月)に作曲にとりかかったのですが、完成はそれよりも一歩遅れたものとなってしまいました。おそらくは、創作のための主たる労力が交響曲の方に注がれたためだと思われるのですが、チャイコフスキー自身はこの幻想序曲の出来には大きな自信を持っていたようです。

1887年というのは、チャイコフスキーにとっては大きな転機となった年でした。それは、その年の末に、ライプティッヒでブラームスと出会ったことでした。
伝えられるところでは、お互いの作品に対してはそれほど高く評価はしなかったようなのですが(^^;、人間的に非常に親しくなったようなのです。そして、それが一つのきっかけとなって、チャイコフスキーはヨーロッパ各地で活躍している有名な作曲家たちとのつながりを深めていくのですが、そうして外に向かって心を開いていったことも、そのスランプを抜け出す決め手となったのかもしれません。

チャイコフスキーはサン=サーンスとはそれ以前からも親しかったようなのですが、それ以外にもドヴォルザークやグノー、マスネー、ドリーブなどとも知り合いとなっていくのです。
そんな中でも、チャイコフスキーに深い影響を与えたのがグリーグでした。
彼は日記の中でもグリーグの作品に対する尊敬の念を何度も記しています。そして、そのように尊敬するグリーグに対して献呈されたのがこの幻想序曲「ハムレット」だったのです。
それは、この作品に対して並々ならない自信を持っていたことのあらわれだと言えるのです。

シェークスピアの戯曲を題材とした作品としては、「ロミオとジュリエット(1869年)」「テンペスト(1873年)」に次ぐ、3番目の作品と言うことになります。
ただし、過去の2作品がシェークスピアの作品を標題音楽的にあつかったのに対して、この「ハムレット」ではその戯曲の底に流れる人間の感情や心理のようなものを描き出そうとしています。
確かに、そこにはそれぞれの登場人物を思わせるテーマは登場します。ハムレットやオフィーリアを思わせるテーマは登場するのですが、そのテーマを使ってドラマを音で再構成するというようなやり方はここでは採用していません。
ですから、初期の「ロミオとジュリエット」のように、音楽によって一編の戯曲を堪能出来るような仕組みにはなっていないのです。

ハムレットと言えば「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という台詞が有名です。
しかし、それに続けてハムレットが次のように独白することはそれほど有名ではありません。

どちらが男らしい生き方か、
じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を堪え忍ぶのと、
それとも剣をとって、押し寄せる苦難に立ち向い、
とどめを刺すまであとには引かぬのと、
一体どちらが。


おそらく、チャイコフスキーがここで描きたかったのは、意を決して戦うのか、それともただ運命にながされて生き延びるだけなのか、そう言う選択を突きつけられた男の生き様だったのかもしれません。そして、それはある意味では、長いスランプに苦しんだ時代の自己表白のような面もあったのかもしれません。


「懐古」ではなく「尚古」、尊ぶべき「古さ」とは何なのかを考えてみるべきかもしれない

マタチッチは50年代を中心にEMIなどでそれなりの録音は行っています。
しかしながら、それらの録音はほとんど顧みられることはなく、アナログからデジタルへの移行期においてもCD化されることはなかったようです。
そして、それらの録音が少しずつ陽の目を見るようになったのは、それらがパブリック・ドメインになったおかげでした。
常々言っていることですが、著作権を保護することは重要なのですが、その保護期間をいたずらに延長することは音楽文化にとって必ずしもプラスにならないときもあると言うことです。今回の「TPP11」発効に伴う保護期間の延長もその様な弊害をもたらすことにならないように願うばかりです。

さて、今回マタチッチの50年代の録音を聴いてみて、「なるほどね」と思うことが幾つかありました。
その第一は、日本では「偉大なブルックナー指揮者」と思われているのに、50年代のマタチッチが引き受けていた役割は「ロシア音楽」の指揮者だったと言うことです。
これはどう考えても扱いが低いです。
どのレーベルにしてもカタログの本線はベートーベンなどの独襖系の音楽であって、それ故に、そう言う作品にこそ人気と実力のある指揮者を投入します。EMIであれば、それはカラヤンであり、クレンペラーだったわけです。
それにたいして、チャイコフスキーやリムスキー=コルサオフ、グラズノフやバラキレフなどの作品をあてがわれるマタチッチという指揮者の比重はそれほど大きくはないのです。

そして、そう言うライン上でも次第にお呼びがかからなくなった背景には彼の曖昧な指揮があったのではないかというのが第二の「なるほどね」なのです。
50年代後半のフィルハーモニア管と言えば、この時代のオーケストラとしては疑いもなくトップクラスの機能を誇っていました。にもかかわらず、ここから聞こえる「ロシア音楽」は陰影豊かで濃厚な味わいを持ってはいるものの、全体的な雰囲気は何処かモッサリとした印象が拭いきれないのです。
逆に言えば、フィルハーモニア管ほどの高い機能を持ったオーケストラからこれほど田舎びた風情を引き出すというのは凄いのです。そして、そうなってしまう背景にはマタチッチの指揮の曖昧さがあるように思われるのです。
しかし時代はそう言う音楽を求めてはいませんでした。フィルハーモニア管にしてもEMIにしても、それは満足のいくものではなかったはずです。

やがて、時代はマタチッチを置き去りにしていき、何処のオーケストラからもお呼びがかからなくなっていきます。
真偽のほどはさだかではありませんが、全く指揮をする場が与えられないために、「ただでもいいから振らせてくれ」と頭を下げて頼みまわっていたという話も伝えられています。そして、これもまた真偽のほどは定かではありませんが、N響の事務局はそんなマタチッチの「ただでもいいから振らせてくれ」という願い(?)にこたえて、伝説となった84年の来日時には犯罪的とも言えるほどの低いギャラで招いたという噂も流布しています。

しかし、中島みゆきではないですが時代はめぐります。

私たちは、絢爛豪華な響きをこの上もない精緻さで描き出した演奏と録音をすでに数多く持つようになりました。そして、そう言う精緻な演奏を聞き続けている時に、ふとこのような田舎びた音楽に出会うと、そこに不思議なほどの好ましさを覚えてしまうのです。
おそらく、こういう田舎びた音楽ばかりを聞いていたときに、ショルティやマゼールのような棒で精緻きわまる音楽を聞かされたときには「好ましさ」どころではない大きな「驚きと喜び」を感じたはずです。

時代の大きな流れのなかで、その流れとは異質なものと出会うことは、それを受容するにしろ拒否するにしろ、人の心を大きく動かします。
ただし、その異質なものはその両者においてはベクトルが真逆です。
ショルティやマゼールのベクトルが「前向き」であるのに対して、マタチッチのベクトルは明らかに「後ろ向き」です。そして、「後ろ向きのベクトル」は「後ろ向き」であるがゆえに何か新しい潮流を生み出すことはありません。
ですから、それは年寄りの「懐古趣味」で終わるだけなのかも知れません。

しかし、この世の中には「懐古」という言葉以外に「尚古」という言葉もあります。「懐古」と「尚古」は似ていながら全く違う概念です。
今という時代にあって、こういう演奏を懐かしむだけでなく、尊ぶべきものが何なのかを考えてみることは意味なきことではないのかも知れません。

[追記]
ふと気づいたのですが、これは疑いもなく「ステレオ録音」なのですが、クレジットを見れば1956年となっています。これがDeccaやRCAならば何の不思議もないのですが、EMIの場合は下手をすると1958年の録音でもモノラルというものもありますから、これにはいささか驚かされました。
ただし、当時のEMIのモノラル偏重を考えれば、これはもしかしたら「実験台」にされたのかもしれません。いささか悲しい想像ではあるのですが、それを否定しきれないところが悲しいです。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



3854 Rating: 4.3/10 (78 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント




【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2024-12-01]

グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82(Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op.82)
(Vn)ナタン・ミルシテイン:ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1957年6月17日録音(Nathan Milstein:(Con)William Steinberg Pittsburgh Symphony Orchestra Recorded on June 17, 1957)

[2024-11-28]

ハイドン:弦楽四重奏曲 ハ長調「鳥」, Op.33, No.3,Hob.3:39(Haydn:String Quartet No.32 in C major "Bird", Op.33, No.3, Hob.3:39)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1931年12月1日録音(Pro Arte String Quartet Recorded on December 1, 1931)

[2024-11-24]

ブラームス:交響曲第4番 ホ短調, Op.98(Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1952年9月29日&10月1日録音(Arturo Toscanini:The Philharmonia Orchestra Recorded on September 29&October 1, 1952)

[2024-11-21]

ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調, Op.11(Chopin:Piano Concerto No.1, Op.11)
(P)エドワード・キレニ:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ミネアポリス交響楽団 1941年12月6日録音((P)Edword Kilenyi:(Con)Dimitris Mitropoulos Minneapolis Symphony Orchestra Recorded on December 6, 1941)

[2024-11-19]

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77(Brahms:Violin Concerto in D major. Op.77)
(Vn)ジネット・ヌヴー:イサイ・ドヴローウェン指揮 フィルハーモニア管弦楽 1946年録音(Ginette Neveu:(Con)Issay Dobrowen Philharmonia Orchestra Recorded on 1946)

[2024-11-17]

フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調(Franck:Sonata for Violin and Piano in A major)
(Vn)ミッシャ・エルマン:(P)ジョセフ・シーガー 1955年録音(Mischa Elman:Joseph Seger Recorded on 1955)

[2024-11-15]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」 変ロ長調 K.458(Mozart:String Quartet No.17 in B-flat major, K.458 "Hunt")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)

[2024-11-13]

ショパン:「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調, Op.18&3つの華麗なるワルツ(第2番~第4番.Op.34(Chopin:Waltzes No.1 In E-Flat, Op.18&Waltzes, Op.34)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1953年発行(Guiomar Novaes:Published in 1953)

[2024-11-11]

ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調, Op.53(Dvorak:Violin Concerto in A minor, Op.53)
(Vn)アイザック・スターン:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1951年3月4日録音(Isaac Stern:(Con)Dimitris Mitropoulos The New York Philharmonic Orchestra Recorded on March 4, 1951)

[2024-11-09]

ワーグナー:「神々の黄昏」夜明けとジークフリートの旅立ち&ジークフリートの葬送(Wagner:Dawn And Siegfried's Rhine Journey&Siegfried's Funeral Music From "Die Gotterdammerung")
アルトゥール・ロジンスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Artur Rodzinski:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)