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チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」作品71a

バーンスタイン指揮 ニューヨークフィル 1960年5月2日録音

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [1.Miniature Overture]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [2.a. March]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [3. b. Dance of the Sugarplum Fairy]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [4.c. Russian Dance (Trepak)]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [5.d. Arabian Dance]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [6.e. Chinese Dance]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [7.f. Dance of the Reed Flutes]

Tchaikovsky:The Nutcracker - Suite Op.71a [8.Waltz of the Flowers]


クリスマスイブの一夜の物語

チャイコフスキーの三大バレー曲の中では最もまとまりがよく、また音楽的にも充実しているのがこの「くるみ割り人形」です。
物語はクリスマスイブにおける少女の一夜の夢です。全体の構成は以下の通りです。

第一幕
<第一場> シュタールバウム家の玄関前
<第ニ場> シュタールバウム家の居間
<第三場> シュタールバウム家の居間
<第四場> 雪の国

第二幕

<第一場> 水の国
<第二場> お菓子の国の都
<第三場> シュタールバウム家の広間
<第四場> シュタールバウム家の玄関前

ちなみに組曲は以下の通りの構成となっています。

小序曲
行進曲
こんぺいとうの踊り
トレパック:ロシアの踊り
アラビアの踊り
中国の踊り
あしぶえの踊り
花のワルツ

ただし、ホフマンによる原作「くるみ割り人形とネズミの王様」と比べると根本的な部分で相違があります。
原作では、人形の国からクララ(原作ではマリー)が帰ってくるところまでは同じですが、それを夢の話としては終わらせていません。
クララが話す人形の国について両親は全く信じようとしないのですが、やがて王子が彼女を迎えに来て人形の国へ旅立つというラストシーンになっています。

バレーの台本はマリウス・プティパによって書かれたものですが、彼はこの最後の場面をバッサリとカットして、人形の国シーンで物語を終わらせています。ただし、それではいかにもおさまりが悪いので、その後ワイノーネンの振付によって改訂され、クララが夢から醒めた場面で終わらせることによってこの物語をクリスマスイブの一夜の物語として設定することが一般的になりました。


夢を夢として終わらせない原作と、そこの部分をわざとぼかした原作では大きな相違がありますし、ましてや、夢はしょせん夢だとして終わらせる改訂版とでは根本的に違った作品になっていると言わざるを得ません。

当然の事ながら、プティバもワイノーネフもホフマンの原作を知っていたでしょうから、なにゆえにその様な改訂を行ったのかは興味のあるところです。(最近は原作回帰の動きもあるようです。)


本能としての「原典尊重」

バーンスタインとニューヨークフィルの録音は玉石混淆ですね。
ただ、こうしてまとめて聞いてきてみると、彼はその時代の巨匠と言われた音楽家たちとは全く違う新しい世界から登場したことは何となく分かってきました。

例えば、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、トスカニーニやライナー、セル、さらにはワルターやシューリヒト、モントゥーなど全てひっくるめて同じ仲間にグルーピングすれば、お前の耳は何処についているんだ?と言われるでしょう。
しかし、おそらく、この時代のバーンスタインから見れば、きっと彼らは「同じ穴の狢」に見えたはずです。

では、その「同じ穴」とは何かと言えば、それは「19世紀的ロマン主義」です。

もちろん、彼らはのこの「19世紀的なロマン主義」の弊害はよく知っていましたから、たとえばトスカニーニなんかそう言う弊害から距離を置くために「原典尊重」「作曲家の意図に忠実な演奏」を錦の御旗に掲げました。
フルトヴェングラーやクナは彼らと較べればかなり主情的な演奏をした指揮者たちですが、それでも、彼ら以前の指揮者の演奏と較べればはるかに客観性の高い音楽でした。

何しろ、本家本元の「19世紀的ロマン主義」とは、一例を挙げれば、ロッシーニが自作のアリアが演奏されたときに「装飾音をつけて飾り立てられるのは当然としても、私の書いた音符が一つも残っていないというのは酷すぎる」と嘆いたほどに「恣意的」な演奏だったのです。
しかし、この「19世紀的ロマン主義」は過去の「良い音楽」とどのように向き合えばいいのかという、本質的な部分において大きな影響力(教育力?)を持っていました。

思いきって言ってしまえば、彼らは「原典」を尊重はしましたが「神聖化」はしなかったと言うことです。
今の指揮者は、さらに言えばピアニストやヴァイオリニストのようなソリストも同様ですが、楽譜に書かれた音符は言うまでもなく、強弱やテンポまでをも含めて、それらを己の表現意図に従ってかえるなどと言うことは絶対にやりません。それは言ってみれば、本能といえるレベルにまで訓練されています。
そして、これと全く同じように、楽譜に書かれた音符や強弱やテンポが己の表現意図にとって不都合があれば、それを意図に従うように変えることは「19世紀的ロマン主義」の時代に育った音楽家にとっては「本能」と言えるまでに訓練されていたのです。


  1. トスカニーニ:1867年

  2. ピエール・モントゥー :1875年

  3. ブルーノ・ワルター:1876年

  4. カール・シューリヒト:1880年

  5. ヴィルヘルム・フルトヴェングラー :1886年

  6. ハンス・クナッパーツブッシュ:1888年

  7. フリッツ・ライナー:1888年



これ以上数え上げるのは煩わしいのでやめますが、彼らは「19世紀的ロマン主義」のまっただ中で音楽家としての基礎を学んだのです。
これ以降では、例えばジョージ・セルは彼らよりは一世代若い1897年に生まれています。原典尊重の鬼のように言われるこの指揮者の本質が、世紀末ウィーンにあることを私は自信を持って保障することができます。と言うことは、この世紀をまたぐ時期に生まれた音楽家であっても、その根っこに「19世紀」を抱え込んでいたわけです。

そのように考えてみると、この時代のメジャーなオーケストラを率いていた指揮者というのは、誰も彼もがその根っこを「19世紀」に持っていたと言えます。

もちろん、最も19世紀的なピアニストであり、リストに並ぶ偉大な教育者だったレシェティツキの門下からシュナーベルという異端児が出たように、これらの19世紀に根っこを持つ指揮者やの中から次の時代を切り開くトスカニーニやライナーやセルが出たことは認めます。しかし、ポリーニやブレンデルなどから見ればシュナーベルが偉大ではあっても古さを感じたであろうように、おそらくはバーンスタインもまた彼らに古さを感じたはずです。

バーンスタインが生まれた1918年は第1次世界大戦の終わった年です。
それは、栄光のヨーロッパ、つまりは19世紀的なヨーロッパが終焉を迎えた年なのです。その年に、バーンスタインが生まれたというのは、実に象徴的な出来事だったのかもしれません。
そして、これもよく知られたことですが、バーンスタインはヨーロッパに留学することがなく、その全てをアメリカの地で学んで成功した最初の指揮者だったのです。

彼の中を根っこの部分まで探ってみても、「19世紀的ロマン主義」は欠片も見つからないはずです。
その意味で、彼は己の知性を信じて、本当の意味で楽譜だけをたよりに音楽を作っていった第1世代に属する指揮者だったのです。ですから、この時代の彼の演奏は非常にクリアです。本当に灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧さがあります。
しかし、おかしな話ですが、そう言う精緻な音楽作りをしていく中で、思わず知らず感情がほとばしり出てきて爆発してしまうことがあります。世間的にはそう言う姿こそがバーンスタインの本質のようにとらえられている向きもあるのですが、この時代の録音をまとめて聞いてみると、バーンスタイン自身はそう言うことに対して抑制的な方向で自らを御していった事がよく分かります。

ただ、困るのは、そうやって抑制的になればなるほど、聞いている側がちっとも面白くないのです。もっと有り体に言えば、思わず知らず爆発したときの方が聞き手にとってはスリリングであって、逆に抑制的な面が前に出すぎると丁寧な感じしか残らないのです。
穿った見方をすれば、この時代の彼の録音が「玉石混淆」であるのはそのあたりに起因するのではないかと思われます。

そう言えば、カザルスはこんなことを言っていたそうです。
「テンポ通りに弾かない術、これは経験から身につけるしかない。楽譜に書かれてあるものを弾かない術も同様だ」
この言葉がどれほど広く知れ渡っているのかは分かりませんが、バーンスタイン以後の「原典神聖化」の音楽家たちはどのようにこの言葉を聞くのでしょうか。

そして、己を律してできる限り抑制的に振る舞おうとするバーンスタインに出会うたびに、「原典尊重」が本能として刷り込まれた世才の音楽家がそこから離れていくことの難しさを知らされます。
それはきっと、19世紀的な音楽家が原典尊重していく以上に難しかったことでしょう。

そして、こういう書き方をすると自分でもおかしいと思うのですが、こういう若い時代の録音をまとめて聞くことで、この後彼がヨーロッパに活動の拠点を移してから著しく主情的な演奏へと傾斜していったことの意味と重みが漸くにして分かるようになった気がします。

<追記>
「くるみ割り人形」の組曲は、丁寧さを指向するこの時代のバーンスタインのつまらなさが出てしまった演奏のようです。スコアはきちんと音に変換されていますが、この作品の持つメルヘン的な世界が何処にも見あたりません。
皆さんはどのようにお聞きになられたでしょうか?

この演奏を評価してください。

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2015-05-09:Dr335





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