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マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ミネアポリス交響楽団 1940年11月4日録音



Gustav Mahler:Symphony No.1 [1.Langsam. schleppend]

Gustav Mahler:Symphony No.1 [2.Kraftig, bewegt, doch nicht zu schnell]

Gustav Mahler:Symphony No.1 [3.Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen]

Gustav Mahler:Symphony No.1 [4.Sturmisch bewegt]


マーラーの青春の歌

偉大な作家というものはその処女作においてすべての要素が盛り込まれていると言います。作曲家にあてはめた場合、マーラーほどこの言葉がぴったり来る人はいないでしょう。
この第1番の交響曲には、いわゆるマーラー的な「要素」がすべて盛り込まれているといえます。ベートーベン以降の交響曲の系譜にこの作品を並べてみると、誰の作品とも似通っていません。

一時、ブルックナーとマーラーを並べて論じる傾向もありましたが、最近はそんな無謀なことをする人もいません。似通っているのは演奏時間の長さと編成の大きさぐらいで、後らはすべて違っているというか、正反対と思えるほどに違っています。
基本的に淡彩の世界であるブルックナーに対してマーラーはどこまで行っても極彩色です。
基本的なベクトルがシンプルさに向かっているブルックナーに対して、マーラーは複雑系そのものです。

そう言えば、この作品も完成までには複雑な経路を辿っています。もっとも、作品の完成に至る経路というのはブルックナーもひどく複雑なのですが、その複雑さの性質が二人の間では根本的に異なっています。

この作品のいわゆる「初稿」と思われるものは、1889年にブダペストでの初演で用いられたものでした。その「初稿」は「花の章」と名づけられたアンダンテ楽章を含む5楽章構成であり、全体が二部からなる「交響詩」とされていました。
しかしながら、マーラーは実際の演奏を通して不都合を感じるとこまめに改訂を行い、そのために最終的に筆を置いた時点で「決定稿」となる人でした。
その辺りが、ブルックナーとは根本的に作品と向き合うスタンスが異なるのです。

つまりは、うじうじと書き直すことで必ずしも「良くなる」とは限らないブルックナーでは「初稿」やそれぞれの「改訂稿」にも意味を与えなければいけません。しかし、マーラーの場合の「初稿」や「改訂稿」というものは、その後必要となった訂正が行われていない「未完成版」と言う意味しかもたないのです。

ですから、ブルックナーの新全集版では改訂されたすべての稿を独立して出版する必要に迫られるのですが、マーラーの場合はシンプルに最後の決定稿だけが出版されて事たれりとなっているのです。
しかしながら、この第1番だけはいささか複雑な経路を辿って決定稿に至っています。

マーラーはブダペストでの初演ではかなり不満を感じたようで、1894年のワイマールでの再演に際して大幅な手直しを行っています。そして、その時点で、マーラーはこの作品を「花の章」を含む5楽章構成の交響曲として「ティターン(巨人)」というタイトルを与えたのです。
その手直しは主に2,3,5楽章に集中していたようで、とりわけオーケストレーションにはかなり大幅な手直しがされたと伝えられています。
しかしながら、ブダペストでの初演で使われた初稿は現在では失われてしまっているので、その相違を細かく比較することは出来なくなっているようです。

ところが、何があったのかは不明ですが、1896年にベルリンで演奏したときには「花の章」を省く4楽章構成で演奏し、1899年にこの作品を出版するときにもその形が採用されました。また、「ティターン(巨人)」というタイトルや楽章ごとにつけられた「標題」なども削除されたようです。
また、終楽章にも小さな訂正が加えられました。

その後、1906年に別の出版社から出版されるときに第1楽章のリピートなどが追加され、さらに1967年の全集版では、その後マーラーが実演において指示した訂正や書き込み等を収録して、それが今日では「決定稿」と言うことになっています。
いささか煩雑なので、整理しておくと以下のように経緯となります。

  1. 1889年:ブダペストでの初演で使われた初稿:「花の章」を含む5楽章からなる2部構成の交響詩

  2. 1894年:ワイマールの再演で使われた第2稿:「初稿」に大幅な改訂を施した、「花の章」を含む5楽章構成の交響曲

  3. 1889年:ヴァインバーガー社から刊行された初版で第3稿にあたる。1896年のベルリンでの演奏家では「花の章」を省いた4楽章構成の交響曲として演奏されたスタイルをもとにしている。改訂時期は不明とされている。また、「ティターン(巨人)」というタイトルや楽章ごとにつけられた「標題」も削除された

  4. 1906年:ユニバーサル社から刊行された決定稿:第1楽章のリピートなどが追加されている。

  5. 1967年:全集版として刊行された決定稿の再修正版:マーラーが実演で採用した最終的な書き込みを反映させた。


そうなると、一番の問題は何故に途中で「花の章」を省いたのかという事が疑問として浮かび上がってきます。

もっとも、こういう事はあれこれ論を立てることは出来ても、最終的にはマーラー自身が何も語っていない以上は想像の域を出るものではありません。
ただ、明らかなことは、マーラーはその章を削除して「決定稿」としたという事実だけです。

そうであれば、この「花の章」を含んだ第2稿を持って、それこそがマーラーの真意だった、みたいな言い方をするのは根本的に間違っていると言うことです。
そして、先にも述べたように、その辺りこそがマーラーとブルックナーとの根本的な違いなのです。


マーラーの1番の世界初録音

調べてみると、この録音がマーラーの1番の世界最初の録音だったようです。初演はマーラー自身の指揮で1889年に行われていますから、初録音まで随分と時間がかかったものです。おそらく、最大のネックは収録時間が5分前後というSP盤の「器」の大きさにあったことでしょう。
とは言え、20年代以降になるとオペラの全曲録音もされるようになりますから、認知度の低さもレコード会社を躊躇わせたことは容易に推察できます。

そして、そういう事情が背景にあったからでしょうか、ミトロプーロスはこのあまり広く認知されていない「巨大な交響曲」を出来る限り聞きやすくするように最大限の努力をはらっていることがひしひしと伝わってきます。
まず感じるのは、緩急や強弱のメリハリをはっきりつけていることです。
美しいメロディラインに出会うとぐっとテンポを落として、「ここにこんに素敵な音楽がありますよ」と提示します。また、巨大なオーケストラがその威力を発揮する場面にくると一転してテンポを上げて叩きこむようにその迫力を誇示します。ただ驚くのは、そう言う強弱のコントラストをSP盤の中に見事に収録しきっている録音クオリティの高さです。

この録音は、当時のコロンビアの録音エンジニアたちの能力の高さを証明しています。実にもって見事なものです。

ただし、昨今の精緻なマーラーを聞きなれた耳からすればあまりにもあざといと思われるかもしれません。聞きようによっては、なんだかライト・ミュージックを聴いているような気分になるときもあります。
おそらく、マーラーが指定した複雑な曲線路の大部分は平坦にならされているようです。例えば、確言は出来ませんが第3楽章冒頭のコントラバスのソロはひとりだけで弾いているように聞こえます。言うまでもなく、マーラーはこの部分には「Solo」ではなくて「Soli」と記していますから複数の奏者で演奏することを求めています。しかし、この部分は今でも「Soli」で演奏するのはそれほど容易いことではないようです。

ただし、ミトロプーロスが凄いのは、そう言う手加減を加えながらも、聞き終えればそれは疑いもなくマーラーの音楽であると感じさせてしまうことです。それは、作品の隅から隅まで完璧に脳内に入っているミトロプーロスならではの芸です。
そして、こういう形でマーラーの1番が初めて世に出たというのは、聞き手にとってもこの上もなく幸せだったことなのでしょう。

ミトロプーロスというと「ギリシャの哲人」と言われることが多いのですが、彼の録音をまとめて聞いてみると、その本質はクオリティの極めて高いエンターテイメント性にあったのではないかという気がします。このマーラーの1番はそう言うミトロプーロスの本質が見事に成功した例だと言っていいのではないでしょうか。

この演奏を評価してください。

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