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メンゲルベルグ(Willem Mengelberg)|ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調, Op.55 「英雄」
ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調, Op.55 「英雄」
ウィレム・メンゲルベルク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1940年4月14日録音
Beethoven:Symphony No.3 in E flat major, Op.55"Eroica" [1.Allegro Con Brio]
Beethoven:Symphony No.3 in E flat major, Op.55"Eroica" [2.Marcha Funebre; Adagio Assai]
Beethoven:Symphony No.3 in E flat major, Op.55"Eroica" [3.Scherzo. Allegro Vivace; Trio]
Beethoven:Symphony No.3 in E flat major, Op.55"Eroica" [4.Allegro Molto; Poco Andante; Presto]
音楽史における最大の奇跡
今日のコンサートプログラムにおいて「交響曲」というジャンルはそのもっとも重要なポジションを占めています。しかし、この音楽形式が誕生のはじめからそのような地位を占めていたわけではありません。
浅学にして、その歴史を詳細につづる力はありませんが、ハイドンがその様式を確立し、モーツァルトがそれを受け継ぎ、ベートーベンが完成させたといって大きな間違いはないでしょう。
特に重要なのが、この「エロイカ」と呼ばれるベートーベンの第3交響曲です。
ハイリゲンシュタットの遺書とセットになって語られることが多い作品です。人生における危機的状況をくぐり抜けた一人の男が、そこで味わった人生の重みをすべて投げ込んだ音楽となっています。
ハイドンからモーツァルト、そしてベートーベンの1,2番の交響曲を概観してみると、そこには着実な連続性をみることができます。たとえば、ベートーベンの第1交響曲を聞けば、それは疑いもなくモーツァルトのジュピターの後継者であることを誰もが納得できます。
そして第2交響曲は1番をさらに発展させた立派な交響曲であることに異論はないでしょう。
ところが、このエロイカが第2交響曲を継承させ発展させたものかと問われれば躊躇せざるを得ません。それほどまでに、この二つの間には大きな溝が横たわっています。
エロイカにおいては、形式や様式というものは二次的な意味しか与えられていません。優先されているのは、そこで表現されるべき「人間的真実」であり、その目的のためにはいかなる表現方法も辞さないという確固たる姿勢が貫かれています。
たとえば、第2楽章の中間部で鳴り響くトランペットの音は、当時の聴衆には何かの間違いとしか思えなかったようです。第1、第2というすばらしい「傑作」を書き上げたベートーベンが、どうして急にこんな「へんてこりんな音楽」を書いたのかと訝ったという話も伝わっています。
それほどまでに、この作品は時代の常識を突き抜けていました。
しかし、この飛躍によってこそ、交響曲がクラシック音楽における最も重要な音楽形式の一つとなりました。いや、それどことろか、クラシック音楽という芸術そのものを新しい時代へと飛躍させました。
事物というものは着実な積み重ねと前進だけで壁を突破するのではなく、時にこのような劇的な飛躍によって新しい局面が切り開かれるものだという事を改めて確認させてくれます。
その事を思えば、エロイカこそが交響曲というジャンルにおける最高の作品であり、それどころか、クラシック音楽という芸術分野における最高の作品であることをユング君は確信しています。それも、「One of the Best」ではなく、「The Best」であると確信しているユング君です。
ナチス侵攻前のベートーベン・チクルス
メンゲルベルグという人は二つの顔を持っていました。(・・・その様に私には見えます)
一つはポルタメントを多用して濃厚な表情をつけ、テンポも大きく揺らして(崩して?)演奏するメンゲルベルグです。一般的にメンゲルベルグといってイメージされるのはこのタイプの演奏です。
しかし、彼の録音をあれこれと聞いていくと、もう一つの顔に行き当たります。それは、早めのテンポをしっかりと維持しながら、強めにアタックをつけて迫力満点に演奏をするメンゲルベルグです。
そして、崩しの達人のように言われるメンゲルベルグなのですが、実際に聞いてみると後者のような演奏の方が多いことに気づかされます。とりわけ、ここでお聞きいただいているベートーベンチクルスの録音は、後者のメンゲルベルグの特徴がよくあらわれた演奏だと言えます。
もちろん、4番や7番の第2楽章のように濃厚な表情をつけているところもありますが、全体としてみれば至極まっとうな演奏のように聞こえます。(この二つの楽章は、さすがメンゲルベルグ!!と思わせるほどに魅力的です。特に4番の第2楽章は素晴らしい!!)
また、部分的にはピチカートをつけているのではないかと言うほどに強くアクセントをつけて、作品が持つ推進力をよりいっそう際だたせようとしています。そのために、非常に健康的なベートーベンと聞かせてもらったという感想が残ります。ただし、そういうベートーベンならば代替品はいくらでもありますから、4番や7番の第2楽章意外はレア物としての価値は低いと言わざるを得ません。
しかし、やはりメンゲルベルグですから、強めのアタックとたたみかけるような迫力だけで作品全体を押し切ってはいません。
それは、あちこちですでに書いているのですが、細部優先という彼の本性です。ですから、彼が「素敵だ!」と思う細部に行き当たると、それをどうしても聞き手に対して提示したくなってしまう「欲望」を抑え切れず、突然にテンポを落としたり、彼ならではの表情をつけたりしてしまうのです。
問題はそれをどのように評価するかです。
メンゲルベルグをこよなく愛する人たちは、そこにこそ彼の魅力があるといいます。
確かに、それが一発勝負のライブならば十分に魅力的で説得力もあっただろう思われます。その意味では、メンゲルベルグという人は基本的には劇場の人だったといえるのでしょう。
しかし、録音されたものとして何度も聞き返してみると、突然のテンポの変化や濃厚な表情付けは恣意的なものに聞こえ、煩わしささえ覚えてしまうことも否定できません。全体としてみれば、快調なテンポで順調に事は運んでいるのに、なぜに突然その様な異物が挟み込まれるのかが理解できないのです。
では、お前はどうなんだ?と聞かれれば、残念ながら後者の立場であることを告白せざるを得ません。
しかし、一部の根強いメンゲルベルグのファンからは「是非とも9番だけでなく、残りの作品もアップしてほしい」という要望がありますし、1番、2番、7番あたりはけっこういいのではないかと思う面もありますので、意を決して(^^;残りの全曲をアップすることにしました。
しかし、クラシック音楽初心者で、初めてそれらの作品を聞くと言うときにはあまり適した演奏ではないということは理解しておいて下さい。
なお、このベートーベンチクスルがどのような経緯で計画されたのかは、あれこれ調べてみたのですがよく分かりませんでした。演奏会のプログラムは以下の通りなのですが、これらは全て録音されることを前提としていたようで、1・2・7・9番のように、うまくいった物は(?)、この時代のもとしてはかなり良質な音質で楽しむことが出来ます。
しかし、第3番に関しては、録音時に何らかの事故があった模様で、ノイズが盛大に入り込んでいます。また、4番も冒頭部分の音質が芳しくありません。(3分程度でしょうか)また、5番・6番・8番に関しても、ドア一枚隔てて聞いているようなこもった音質なのも残念です。
ちなみに、最後の第9の演奏会がナチス侵攻前の最後の演奏会となっていますから、かなりの緊迫感の中で行われた演奏会であり録音だったことはうかがわれます。
1940年4月14日
交響曲第1番 ハ長調
交響曲第3番 変ホ長調<英雄>
1940年4月18日
交響曲第5番 ハ短調<運命>
交響曲第8番 ヘ長調
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
1940年4月21日
交響曲第2番 ニ長調
交響曲第6番 ヘ長調<田園>
1940年4月25日
交響曲第4番 変ロ長調
交響曲第7番 イ長調
1940年5月2日
交響曲第9番 ニ短調<合唱付>
ナチスはこの最後の演奏会の8日後の5月10日に空挺部隊をオランダ各地に降下させて侵略を開始します。13日にはオランダの王室と政府はロンドンに逃れ、15日にオランダはドイツに降伏します。
そして、政治音痴のメンゲルベルグはゲッペルスの要請を受けて、ドイツ支配下における指揮活動をベルリンフィルへの客演で再スタートします。
オランダにとっては宝とも言うべきメンゲルベルグが、ナチスドイツの首都であるベルリンで演奏会を行うと言うことが、どのようなメッセージを世界を発信するかを彼は最後まで理解できなかったようです。フルトヴェングラーは、ナチスが侵略した国では絶対に指揮活動を行いませんでしたが、その辺の政治的無頓着さが戦後の二人の運命を分かつことになったのかもしれません。
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