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シュミット=イッセルシュテット(Hans Schmidt-Isserstedt)|チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1960年3月23日~24日録音
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [2.Andantino in modo di Canzone]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [3.Scherzo. Pizzicato ostinato.]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [4.]Finale. Allegro con fuoco
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ
今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
50年代のイッセルシュテットは己の本質に対して正直に指揮をしていた
私の手もとにはイッセルシュテットのチャイコフスキーは4種類あります。録音の古い順番から並べると以下の通りで、オーケストラは言うまでもなく全て北ドイツ放送交響楽団です。
- チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 Op.64:1952年録音(DECCA)
- チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 Op.74「悲愴」:1954年1月14日録音(TELEFUNKEN)
- チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36:1960年3月23日~24日録音(EMI)
- チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 Op.74「悲愴」:1960年3月23日~24日録音(EMI)
1960年に録音されたEMIの4番と6番がともに「モノラル録音」というのはいささか不思議です。
ステレオ化の波に乗り遅れたEMIと言えども、さすがに1960年ならばモノラルからステレオに切り替わっています。ただし、ユーザーの側は未だステレオ再生に対応出来ていない層も多数存在していたので、モノラルとステレオのレコードが平行して発売されていた時期でもありました。
おそらくは、復刻に使ったレコードがモノラル盤だったのかも知れません。
しかし、4種類の全てが全てモノラル録音と言うことなので、フォーマットの違いを考慮すること無しに演奏の比較が出来ます。そうしてみると、50年代前半に録音された5番と6番、60年に録音された4番と6番の間には明瞭な違いがあることに嫌でも気付かされます。
60年に録音されたEMI盤の方は明らかに角を丸め込んだような演奏になっていて、よく言えば無難で中庸をわきまえた演奏、有り体に言えば何とも特徴に乏しい演奏になってしまっています。
そして、イッセルシュテットによく奉られる「中庸」とか「温和な格調」という言葉は、こういう録音から生まれたものかと気付かせてくれるのです。
もっとも、こういう感想というのは「比較」という作業から生まれるのであって、50年代前半に録音された「DECCA」と「TELEFUNKEN」の録音を聞かなければ、「往年のカペルマイスターによるチャイコフスキーならばこんなものか」と思ってしまうかもしれません。
確かに、大人しい演奏ではあるのですが、それでも「悲愴」などは最終楽章に向かってジリジリと盛り上がっていき、最後にはそれなりに聞き手を感動させる盛り上がりを実現しています。
チャイコフスキーのような音楽であるならば、最終楽章に向けて盛りあげていき、最後のところでそれなりの説得力を持ってフィナーレを形作れば、前半部分のちょっとした物足りなさも帳消しになるような気がすることは否定できません。
おそらく、何度も繰り返し聞かれるという「録音」という行為の特徴を考えれば、それもまた一つの見識かも知れません。
しかし、50年代に前半に録音された2種類のチャイコフスキーではそのようなスタンスは取っていません。
特に「悲愴」に関しては「直接比較」が可能ですから、その違いは簡単に了解できるはずです。
50年代の録音は一言で言えば剛直さを感じるほどの直線性に富んでいて、60年代の録音から感じられたなだらかで女性的な姿はどこを探しても見つけることは出来ません。そして、おそらくは「TELEFUNKEN」のプロデューサーもそう言う勢いを大事にしたのでしょう、細かいことは無視をしてほぼ一発録りに近い形で録音したのではないかという気がするくらいの「熱さ」に貫かれています。
イッセルシュテットの実演に接した人の話によると、彼もまた録音と実演ではスタイルを大きく変える人だったようです。
この50年代前半の録音は、イッセルシュテットが未だ実演のスタイルで録音に臨んでいた時代の記録なのかもしれません。
そして、既に紹介済みの5番は録音年代はもっとも古いのですが、さすがは「DECCA」録音で、もしかしたら録音クオリティとしてはこれが最も優れているかも知れません。
その悠揚迫らぬ個性あふれる造形は、イッセルシュテットという指揮者の本質的な部分をさらけ出したような演奏になっています。
それは一見すると、後年の「中庸で温和」な姿と似通っているように見えるかも知れませんが、本質的には全く異なるものです。
そう言えば、ヴァイオリニストの千住真理子がその著書で「悲しそうに弾くチェリスト」と「悲しみのなかで弾くチェリスト」について語っていました。
その言葉を借りるならば、50年代のイッセルシュテットは己の本質に対して正直に指揮をしていたものが、60年代に入って録音という行為の特殊性に思い至ることによって、中庸で温和を大切にする指揮に変わってしまったといいのかも知れません。
そして、それがEMIの録音プロデューサーからの助言と指示によるものだったとすれば、随分といらぬお節介をしてくれたものです。
ただし、ヨーロッパから遠く離れた極東の島国では、レコードと言う媒体を通してでしかその演奏に接することは出来なかった音楽かが大多数です。
そのレコードがその音楽家の真価を十分に伝えきれないものであるならば、この島国での評価が高まらなかったのは致し方のないことでした。
さらに言えば、イッセルシュテットという指揮者は録音そのものにも恵まれなかったようなのですから、この国での認知度が高くならなかったのもやむを得なかったのかも知れません。
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