クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~




Home|イーゴリ・マルケヴィチ(Igor Markevitch)|リリ・ブーランジェ:詩篇第24篇「地と、そこに満ちるものは、主のもの」(Boulanger:Psaume 24, La terre appartient a l'Eternel)

リリ・ブーランジェ:詩篇第24篇「地と、そこに満ちるものは、主のもの」(Boulanger:Psaume 24, La terre appartient a l'Eternel)

イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 エリーザベト・ブラッスール合唱団 (Br)ピエール・モレ 1958年録音(Igor Markevitch:Orchestre Des Concerts Lamoureux Elisabeth Brasseur (Br)Pierre Mollet Recorded on 1958)

Boulanger:Psaume 24, La terre appartient a l'Eternel


圧倒的な肯定のエネルギー

1916年、彼女が病と戦いながら、第一次世界大戦の激化という緊迫した情勢の中で書き上げられました。
彼女が遺した3つの詩篇の中でも、最も華やかで力強く、勝利への確信に満ちた作品です。
「詩篇第129番」や「詩篇第130番」が「苦悩」や「深い淵」を描いているのに対し、この「詩篇第24番」は「栄光の王」の到来を告げる熱狂的な響きが特徴です。

この詩篇は、もともとエルサレムの神殿に契約の箱を運び入れる際の「入場歌」としての性質を持っています。
リリはこのテキストの後半(「門よ、こうべをあげよ」)において、金管楽器を多用した極めて輝かしい音楽を付けました。
彼女の死を予感させるような他の合唱曲とは対照的に、ここでは「永遠の門が開かれ、神(光)が迎え入れられる」というイメージが、若々しい爆発力をもって描かれています
わずか4分程度の短い曲ですが、その密度と衝撃力は凄まじいものがあります。

冒頭、金管楽器が鮮烈なリズムを刻み、合唱がユニゾンで「La terre appartient a l'Eternel!(地は主のもの!)」と叫ぶように歌い出します。このダイナミズムは、彼女が尊敬したベルリオーズの壮大な宗教曲をも想起させます。
旋律線には中世の教会旋法や、どこかオリエンタル(東方的)な色彩が混じり合っており、フランス近代音楽らしい洗練と、原始的な力強さが同居しています。
中間部ではテノール独唱が「誰が主の山に登りうるか」と静かに問いかけます。外向的な合唱部と、内省的な独唱部の対比が見事です。

戦時下という暗黒の時代にあって、死を目前にした彼女が、絶望(第129番や130番)だけでなく、このような圧倒的な肯定のエネルギーを音楽として結晶させたことに驚かされます。


リリ・ブーランジェの作品を世に知らしめる上で決定的な役割を果たした

マルケヴィッチは、若い頃は「作曲家」として活躍し期待もされていました。
13才の時にスイス来訪中のコルトーに自作(おそらくはピアノ組曲「結婚」)を演奏して認められ、パリ留学を勧められるのが音楽家としてのキャリアの始まりです。
そして、そのパリでナディア・ブーランジェに作曲を学ぶことになりました。
しかし、その頃から既に狷介な性格だったのか、ブーランジェの回想によると、最初の1時間が終わる頃には「生徒の半数は敬服の念を持って彼に仕え、残る半数は決して彼を許しはしなかった」そうです。

しかし、その才能は誰もが認めるところで、二十歳を迎える頃には「イーゴリ2世」とか「二人のイーゴリ」と呼ばれるようになりました。
もう一人の「イーゴリ」は「ストラヴィンスキー」のことでした。

そんなマルケヴィッチが作曲家から指揮者に転身したのは30才(1942年)の時に患った大病のためだと言われています。
果たしてそれだけが原因だったのかどうかは分かりませんが、それ以後、彼はきっぱりと作曲活動からは足を洗って指揮者稼業に専念します。

もちろん、それまでも指揮活動を行っていたのですが、そのほとんどは自作が取り上げられる演奏会においての事でした。
それでも20代前半にシェルヘンのもとでみっちりと指揮法を学び、戦後すぐの時期に「ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽院」で指揮法の授業を受け持っていますから、それなりの自信もあったのでしょう。

マルケヴィッチは作品のテンポ設定を考えるための大前提として、その作品に含まれるもっとも短い音価の音符が明瞭に聞き取れることが必須条件だと語っていました。
つまり、作品を演奏するときには、どのような小さな音符であっても蔑ろにしてはいけないと言うことを宣言したわけです。そして、マルケヴィッチの凄いところは、その様な宣言を一つの理想論として掲げたのではなくて、まさに実際にの演奏においても徹底的に要求し続けた事です。
ですから、彼のリハーサルは過酷を極め、結果として一つのポストに長く座り続けることが出来ない人だったのです。

ところが、何処でどう間違ったのか、ラムルー管が1957年にマルケヴィチを首席指揮者にむかえたのです。ラムルー管といえば、隙あらば手を抜こうとするフランスのオケの中でも飛び切りの性悪オケでした。
彼らは何故か「猛獣使い」とも言うべきマルケヴィッチを自分たちのボスとしてむかえたのです。
そして、ラムルー管のメンバーにとって「地獄」とも言うべき日々が幕を開けることになります。

しかし、聞き手の側から見れば、「これがあのラムルー管なのか??!!!」と驚きを禁じ得ないほどの素晴らしい録音を残していくことになるのですから、ありがたい話です。
とりわけ、「マルケヴィッチ版」と呼ばれる楽譜を使って録音を開始したベートーベンの交響曲は実に素晴らしいもので、それは本来は「全集」として完結するはずでした。しかし、遂に、マルケヴィッチの厳しさに耐えきれなくなったオケのメンバー達は1961年にマルケヴィッチを追い出してしまいました。
未完に終わってしまったのは返す返すも残念なことでした。

もちろん、それ以外にも多くの録音を残してくれたのですが、リリ・ブーランジェの「誌編集」は注目に値します。

  1. 詩篇第130篇「深き淵より」

  2. 詩篇第24篇「地と、そこに満ちるものは、主のもの」

  3. 詩篇第129篇「彼らは、わたしの若い時から、たびたびわたしを苦しめた」

  4. 古い仏教の祈り

  5. ピエ・イエズ


このアルバムはおそらくは世界初録音だと思われるのですが、リリ・ブーランジェの作品を世に知らしめる上で決定的な役割を果たしました。
リリ・ブーランジェはマルケヴィッチの師でもあったナディア・ブーランジェの妹でした。ナディアは20世紀を代表する偉大なる教育者でしたが、彼女が真に情熱を注ぎ続けたのは妹リリの作品を世に広めること」でした。
ですから、この録音にはナディアが監修者として深くかかわっています。
言葉を換えれば、マルケヴィッチはナディアの代弁者として、リリ・ブーランジェの真の姿を世に示したのです。

それまでリリの作品は、若くして亡くなった薄幸の女性による「繊細な小品」というイメージで語られがちでした。
しかし、マルケヴィッチはこの録音で、彼女の音楽が持つ凄まじいまでのダイナミズムと宗教的エナジーを爆発させました。マルケヴィッチは「リリ・ブーランジェの音楽に、時代に負けない強靭な生命力を吹き込んだ最大の功労者」となったのです。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



5870 Rating: 5.8/10 (15 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください。
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント




【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-10-17]

ベートーベン:ヴィンターの歌劇「妨げられた奉納式」より四重唱「子供よ、静かにお休み」の主題による7つの変奏曲 WoO 75(Beethoven:7 Variations on the Quartet Kind, willst du ruhig schlafen from Winter's Das unterbrochene Opferfest, WoO 75)
(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 & 1960)

[2026-10-15]

メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第1番 ト短調, Op.25(Mendelssohn:Piano Concerto No.1 in G minor, Op.25)
(P)モーラ・リンパニー:ラファエル・クーベリック指揮、フィルハーモニア管弦楽団 1952年録音(Moura Lympany:(Con)Rafael Kubelik The Philharmonia Orchestra Recorded on 1952)

[2026-10-13]

ドヴォルザーク:スラブ舞曲 第2集 作品72(Dvorak:Slavonic Dances Op.72)
クルト・ザンデルリング指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 1952年&1954年録音(Kurt Sanderling:Leningrad Philharmonic Orchestra Recorded on, 1952 & 1954)

[2026-10-11]

ヴィオッティ:ヴァイオリン二重奏曲 ト長調(Viotti:Duet for Violin Solo in G minor)
(Vn)ジョコンダ・デ・ヴィート:(Vn)イェフディ・メニューイン 1955年12月4日&6日録音(Gioconda de Vito:(Vn)Yehudi Menuhin Recorded on Decembr 4&6, 1955)

[2026-10-09]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 「喜び」 Op. 8, No. 6, RV 180(Vivald:Violin Concerto in C Major, Op. 8, No. 6, RV 180, "Il piacere")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)

[2026-10-07]

J.S.バッハ:カンタータ第51番「全地よ、神を向かえて歓呼せよ」,BWV 51(J.S.Bach:Cantata: "Jauchzet Gott in Allen Landen", BWV 51)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ペーター・ゲルホルン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1950年10月6日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(cpn)Peter Gellhorn Philharmonia Orchestra Recorded on October 6, 1950)

[2026-10-05]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069(J.S.Bach:Orchestral Suite No.4 in D major, BWV 1069)
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-10-02]

ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)

[2026-09-30]

ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)

[2026-09-28]

マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)