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モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K550

ベーム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1955年9月録音




「哀切なるモーツァルトの音楽」の中でも、もっとも哀切なものだといえます。

おそらく、日頃クラシック音楽なんかを聞かない人でも、冒頭のメロディはどこかで聞いたことがあるはずです。

 モーツァルトの交響曲は番号付きの物は41番までありますが、ベートーベン以降のようにガッチリとした形式があったわけではないので、広く解釈すれば数はもっと多くなります。逆に言えば、強固な形式観がなかっただけに、この時代の作曲家は実に多くの交響曲を残しています。

 ブラームスがベートーベンの影に怯えて(?)、第1番を作り出すのに20年以上かかったのは有名な話ですが、モーツァルトやハイドンは実に気楽にたくさんの作品を生みだしています。(ちなみにハイドンの場合は番号付きの作品だけでなんと104番まであります)
 そんなわけで、モーツァルトの交響曲は、いかに彼が天才だったとはいえ、ほんの子供時代の作品もふくまれていますから、すべてが傑作とは言いかねます。
 たとえば、交響曲1番(E−Flat Major K.16)なんかは、わずか8歳の時の作品です。
 とはいえ、父親のレオポルドは、「8歳というのに、40歳の男に要求される物をみな知っている」と言わせた天才を感じ取ることができます。そして、この作品で聞くことのできる哀切な響きは、すでにモーツァルトの音楽の「哀しさ」を刻み込んでいます。こんな「哀しさ」がすでに8歳の子供にも宿っていたのかと驚かされます。

 ちなみに若書きの作品として有名なものに、ロッシーニの「弦楽のためのソナタ」があります。ロッシーニ12歳の作品です。
 しかし、この4歳の差は大きく、両者を比べるとロッシーニの作品は完全に大人の作品です。幼さを全く感じさせません。
 そして、この作品に聞こえる哀切な響きには「甘いあこがれ」が感じ取れ、決してモーツァルトの模倣にはなっていないのはさすがです。(閑話休題)

 それから、モーツァルトの交響曲の中で短調の曲はたったの2曲だけで、ともにGマイナーというのもよく指摘されてきたことです。
一曲は今お聞きの40番、そしてもう一曲は映画「アマデウス」で有名になった25番です。通常、40番を「大ト短調」、25番を「小ト短調」と言います。
 ともに「哀切なるモーツァルトの音楽」の中でも、もっとも哀切なものだといえます。

全盛期のベームは素晴らしい


ベームという人は存命中はオーストリアの音楽監督と称されるほどの絶大な権威をもった存在でした。しかし、1956年にウィーン国立歌劇場の音楽監督の地位を退いてからは特定のオケや歌劇場のポストに就任すると言うことは一度もありませんでした。
ウィーンの国立歌劇場は戦争中の爆撃によって瓦礫の山となってしまいます。その歌劇場が昔の姿でよみがえったのは1955年のことでした。
そのこけら落としではベートーベンのフィデリオが上演され、その指揮をしたのがベームでした。
戦争中のナチスへの協力疑惑でひっそりと活動を再開せざるを得なかったベームにとっては、まさにその様な過去の負の遺産を精算して、新しい時代に向けての華々しいスタートの第一歩となる晴れ舞台でした。さらに、ベームは活動の範囲を広げて翌年にはアメリカ各地を客演して回り、そして、再びウィーンに帰ってきてフィデリオの舞台に立ちます。
ところがその時思いもよらないような事態が起こります。ベームにとっては世界各地に活躍の場を広げまさに凱旋の思いでかえってきたはずなのに、観客席からは一斉に批難の口笛が巻き起こったのです。それは、行儀が良くておとなしいことで有名なシュタッツオパーでの出来事ですから、まさに前代未聞のスキャンダルでした。
その批難は、ウィーンを留守にしてアメリカやヨーロッパ各地を飛び回るベームに対する批難の表明だったと言われていますが、今では、この伏魔殿とも言うべきシュタッツオパーで常に繰り返されてきた権力闘争に巻き込まれた結果だと誰もが信じています。
ベームはこのスキャンダルに心を痛めて4年もの契約を残して辞任することを表明します。驚いたウィーンの聴衆は彼の翻意を期待し、マスコミもその事をかきたてたのですが、歌劇場当局はすでにカラヤンと契約した事を発表します。そのあまりの手際の良さに、一部ではこのスキャンダルをカラヤン派の陰謀という人もいるようですが今となっては真相は藪の中です。しかし、この出来事がベームを深く傷つけたことは確かで、彼自身もこの出来事を生涯克服できなかったと述べています。つまり、何らかのポストに就くことを自ら拒否してしまったのです。

ベームの業績を振り返ってみると、この50年代の録音が最も優れているように思います。確かに、ウィーンフィルと何回か来日し、そのうちの何度かは信じがたいほどの名演を聞かせてくれたベームですが、自分の手兵とも言うべきオケをもたない彼にとって、本当に己の理想とするような演奏が出来たのかは疑問です。
それは、カラヤンとベルリンフィル、ムラヴィンスキーとレニングラードフィル、セルとクリーブランド、さらに言えばオーマンディとフィラデルフィアであっても(オーマンディファンの人、ごめんなさい^^;)そこには彼らの信ずるものがしっかりと刻印された業績が残されています。その事を思えば、ウィーンでは日常茶飯事のように繰り返される愚かな権力闘争は、もしかしたら私たちからかけがえのないものを奪ったかもしれないのです。
そんな愚にもつかないことが頭をよぎるほどに、この50年代の全盛期のベームは素晴らしいです。


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