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シューベルト:4つの即興曲 D935


ギーゼキング:1955年録音


シューベルトの本質は歌

シューベルトの本質はあくまでも歌、メロディラインにこそ存在します。その本質である歌を細かく切り刻んで、その欠片をもとに再構築するというようなやり方は彼にとっては自殺行為にも等しかったのでしょう。

ですから、彼のソナタ作品ではその様な彼の本能が前面に出ているがために、どこかまとまりのない雰囲気がつきまといます。確かに彼はピアノソナタにおいても多くの優れた作品をのこしましたが、どこか窮屈な雰囲気は否めません。
しかし、この「即興曲」のような小品集では彼は常に自由であり、彼の「歌う個性」が遺憾なく発揮されているように思えます。そして、不思議なことなのですが、そう言うソナタ形式という枠組みを外された作品の方が、結果として不思議な統一感でまとめ上げられているように感じられます。
誰かが書いていたことなのですが(その誰かが思い出せない)、シューベルトにおいてはピアノソナタは常に即興的であり、即興曲では何故かソナタ的になるのです。
とりわけ、D.935の即興曲はその様な統一感の強い作品であり、シューマンは次のような賛辞を与えています。
「自ら即興曲と名付けたとは信じがたい。第1番は明らかにソナタの第1楽章であり、完璧だ。第2番も調性や曲想から言って同じソナタの第2楽章だ。・・・第3番は別の曲だが、第4番はもしかするとこのソナタのフィナーレかもしれない。」

しかし、こういう言い方はソナタこそがピアノ音楽の王様であり、小品はそれより劣る物という考え方の表明なのかもしれません。シューベルトは即興曲集と名付けながらもこの両方の作品をまとめて出版してもらってもいいし、ばら売りでもいいと言うよう書いています。その辺は、芸術家としての強い矜恃を持ち続けていたベートーベンとは全く異なるタイプの人間であったことの証明でもあります。
現実的な成功や利得には大きな価値を見いださず、己の心の命ずるままに音楽を紡ぎ出していったシューベルトのボヘミアン的な性格こそが、古典派に続くロマン派の時代を切り開いた嚆矢であると言えるのでしょう。

一度覚えると二度と忘れない・・・?


ギーゼキングとこの即興曲集というと必ず思い出すエピソードがあります。それは、彼が戦後来日したときのことで、確か吉田大明神が何かで書いていたような記憶があります。
ギーゼキングという人はまず最初にじっくりと楽譜と向き合い、完全にその音楽を自分の物にしてからピアノに向かうというスタイルをとっていたそうです。ですから、一度覚えてしまうと二度と忘れないと豪語していたそうです。さて、問題はその「一度覚えると二度と忘れない」特性で、もし最初に覚えたときに覚え間違いがあると、これまた二度とその間違いも訂正されなかったらしいと言う話です。
来日時のプログラムの中にこの即興曲集も入っていたのですが、確かD.899の第4番のどこかでいつも一拍足りなくなって音楽がギクシャクするというのです。どう考えてもミスをするような場所でもないので不思議に思っていると、ピアニストの井口基成氏が「あの人は一度覚えると二度とさらわない。おそらく、この即興曲も何十年も楽譜を見ていないのではないかな。だから一度覚え間違うと二度となおらない」とその秘密を教えてくれたというのです。
吉田氏は取るに足りない小さいエピソードと書いていましたが、何故かこの組み合わせになると思い出してしまいます。

吉田氏がこの不思議なミスタッチにであった来日公演では東京だけで10回近いコンサートが開かれ、その全てのコンサートが違ったプログラムで構成されていたそうです。モーツァルトやドビュッシーという表芸だけでなく、バッハからスカルラッティ、ラベルにいたるまで、彼の広大なレパートリーの展覧会の様相を呈したそうです。
これは、考えてみれば凄いことで、昨今のピアニストというのはお品書きにはたくさんの作品が載っていても、今すぐ演奏できるのはその中のごくわずかというのが実態です。他人様にお金をもらって聞いてもらえるためにはある程度の練習をしておかないといけませから、普通はお品書きの中から何曲かを選んで入念に仕上げて2〜3のコンサート用のプログラムを組んで世界を回るというのが一般的です。
ギーゼキングはこの来日コンサートでは、決められたプログラム以外に、聴衆の拍手に応えて多いときは10曲以上もアンコールしたそうです。ナチスへの荷担疑惑で肩身の狭かったヨーロッパとは異なって日本の聴衆は彼に温かかったためにすっかり気をよくした結果らしいのですが、ここまでくるともう怪物です。

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