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ワーグナー:「タンホイザー」序曲(Wagner:Tannhauser Overture)

アルトゥール・ロジンスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Artur Rodzinski:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)

Wagner:Tannhauser Overture


男の身勝手

オペラのストーリーというのは男の身勝手というものが前面に出ているものが多いのですが、その最たるものがワーグナーでしょう。そのワーグナーの中でも、とりわけ「酷い」なあ・・・!!と感心させられるのがタンホイザーです。
誰かが似たようなことを書いていたような気がするのですが、このお話を現代風に翻案してみればこんな風になります。

『都会に出て行って風俗のお店通いに狂ってしまった男とそんなアホ男を田舎でひたすら待ちわびる純情な娘、そしてそんな娘に密かに心を寄せる堅気の田舎青年・・・というのが基本的な人間関係です。

この男、一度は改心したかのように見えて田舎に戻ってきます。ところが、村の祭りで例の堅気の青年が「徳」だの「愛」だのとほざくのを聞いて心底うんざりしてしまって、「やっぱり町の風俗の姉ちゃんが一番だ!」なんどと叫んでしまいます。

驚いたのは村の衆であり、とりわけその純情娘の親や親戚から総スカンを食って再び村にはおれなくなってしまいます。
しかし、それでも世間知らずの純情娘はそのアホ男のことが忘れられず、必死で彼のことをとりなします。

仕方がないので、一族の連中は、「そんならハローワークに言ってまともな仕事について堅気の生活をするなら許してやる。(ローマ法王の許しを得るなら許してやる)」といいます。
男は仕方なくハローワークに通うのですが(ローマ巡礼)、基本的に考えが甘いので上手く職を得ることなど出来るはずもなく「世間の連中はどうせ俺のことなんか何も分かってくれないんだ!やっぱり俺には風俗の姉ちゃんが一番だ!!」と叫んで男は再び都会に出て行こうとします。

ところが、嫌と言うほど裏切り続けられたにもかかわらず、その純情娘はそれでもアホ男のことを忘れられず、最後は自分の命を投げ出して彼を救ってくれるのです。
さすがのアホ男もその娘の献身的な愛のおかげでようやくにして目覚め、おまけに、世間の人もその娘の心を思ってアホ男を許します。』

・・・という、男の身勝手を絵に描いたようなお話です。

あらためて指摘するまでもないことですが、このアホ男とは疑いもなくワーグナー自身のことです。
彼は己のアホさ加減と身勝手さを嫌と言うほど知っていました。
でも、そんなあほうな自分でもいつか命をかけてでも愛して救ってくれる純情な女性が現れることを本気で信じていたのもワーグナーという男でした。


ロジンスキーにしてはいささか緩めのワーグナーです

1955年の4月ロジンスキーは集中的にワーグナーの管弦楽曲を録音しています。

  1. ワーグナー:ワルキューレ」ワルキューレの騎行

  2. ワーグナー:「神々の黄昏」ジークフリートの葬送

  3. ワーグナー:「神々の黄昏」夜明けとジークフリートの旅立ち

  4. ワーグナー:「ワルキューレ」魔の炎の音楽

  5. ワーグナー:トリスタンとイゾルデ~前奏曲と愛の死

  6. ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲

  7. ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕への前奏曲~従弟たちの踊りと親方達の入場

  8. ワーグナー:「タンホイザー」序曲

  9. ワーグナー:「ローエングリーン」


面白いのはこの録音時のリハーサルの様子をおさめた録音が残っている事です。このリハーサル音源に関しては隣接権が消滅しているかどうか確認できないのでここで紹介できないのが残念なのですが、それは私たちがロジンスキーという指揮者に抱いているイメージとは随分と異なったものです。
ロジンスキーと言えばNBC交響楽団の練習指揮者に就任して、トスカニーニが着任するまでに徹底的に鍛え上げた事で有名です。そのトレーニングの厳しさは言語に絶するものだったようです。そして、その厳しさがさらに発揮されたのがバルビローリが去った後のニューヨークフィルの音楽監督時代で、鬼のようなトレーニングを課するだけでなく、それについてこれない、または意見の食い違うメンバーは容赦なくクビを切り、それはコンサート・マスターにまで及びました。
そして、その強引にすぎるやり方に対してメンバーと衝突するのは日常茶飯事で、ロジンスキーは身の危険を感じて拳銃を忍ばせてリハーサルに臨んだという話がまことしやかに囁かれるほどです。

しかし、そのような厳しさは疑いもなくNBC交響楽団やニューヨークフィルの能力を大幅に向上させ、確固とした造形と細かい部分に至るまで考え抜かれた音楽を生み出しました。
とはいえ、その峻厳なまでのオケに対する態度は最終的にアメリカでの居場所を失うことになり、シカゴ響を追われてからは活動の場をヨーロッパに移し、主にウェストミンスターで録音活動を積極的に行いました。そして、そこでの録音はアメリカ時代のロジンスキーと大きな違いはなく、はてさて起用されたイギリスのオケはこの凶悪な指揮者とどの様に対峙したのかと不思議に思っていました。

ところが、このリハーサル風景を聞いてみると、オケと指揮者の関係は極めて良好なのです。良好どころか、時にはロジンスキーが軽口を叩きオケのメンバーから一斉に笑い声が沸き起こったりして、とてもではないですが拳銃をしのばせてリハーサルに臨んだ人物とは全く別人です。
ただし、この時のリハーサルはかなり緩めで、それは録音の出来にも反映しているようで、ロジンスキーにしてはいささか緩めのワーグナーに仕上がっています。
もちろん、オケのメンバーはロジンスキーの細かい指示によく応えていることはリハーサル風景からも分かるのですが、なんだかロジンスキー自身があまりうるさいことはいわず、また自分にも厳しい枷を課さず、どこか音楽を楽しんでいるような雰囲気が漂うのです。

彼がアメリカを去ったのはオケとの衝突もあったのですが健康問題も大きかったようなので、この頃には随分と弱っていたのかもしれませんし、もう無理はしないで残された時間は音楽を楽しもうと達観していたのかもしれません。
とは言え、同時期に録音した他の作品ではかなり精緻な演奏を貫いていますから、もしかしたらこの時はいささかワーグナーに酔っていたのかもしれません。

ロジンスキーが亡くなったのは1958年にシカゴで「トリスタンとイゾルデ」を指揮した後に倒れたのでした。彼にとって、ワーグナーは特別な音楽だったのかもしれません。

この演奏を評価してください。

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