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ギオマール・ノヴァエス(Guiomar Novaes)|モーツァルト:ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 K.283(Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h)
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 K.283(Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1955年発行(Guiomar Novaes:Published in 1955)
Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h [1.Allegro]
Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h [2.Andante]
Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h [3.Presto]
モーツァルトは完全に自分自身になりきっていない。

モーツァルトは完全に自分自身になりきっていない。
- ソナタ第1番 ハ長調 K279 1775 ミュンヘン
- ソナタ第2番 ヘ長調 K280 1775 ミュンヘン
- ソナタ第3番 変ロ長調 K281 1775 ミュンヘン
- ソナタ第4番 変ホ長調 K282 1775 ミュンヘン
- ソナタ第5番 ト長調 K 283 1775 ミュンヘン
- ソナタ第6番 ニ長調 K 284 1775 ミュンヘン
これはケッヘル番号からも分かるように、6曲をワンセットとして作曲されたもので、この6曲ワンセットというのは当時の風習でした。これらのピアノソナタは「偽りの女庭師」を上演するために過ごした1775年のミュンヘンで作曲されています。
ここで不思議に思うのは、早熟の天才であったモーツァルトが彼にとっては言語のような存在であったピアノのためのソナタを19才になるまでに作曲しなかったのは何故かということです。しかし、少し考えればその疑問は氷解します。
きちんと発言しなければいけないことならば人は何かに書き付けますが、日常のつぶやきをいちいち書き記す人はいません。ピアノの演奏はモーツァルトにとっては日常のつぶやきのようなものであったがゆえに書き記す必要を感じなかったということです。ですから、モーツァルトは19才になるまでピアノソナタを書かなかったのではなくて、書き残さなかったととらえるべきなのでしょう。
この6曲でワンセットになったピアノソナタは、オペラの上演のために冬を過ごしたミュンヘンでデュルニッツ男爵からの注文に応えて作曲したものです。
他人に渡すのですから、さすがに脳味噌の中にしまい込んでおくわけにもいかず、ようやくにして「書き残される」ことで第1番のピアノソナタが日の目を見たということです。
アインシュタインも指摘しているようにこれらのソナタは明らかにハイドン風の特徴を持っています。
「モーツァルトは完全に自分自身になりきっていない。彼は再び自分自身を発見しなければならない。」と言うように彼はこれらの作品をあまり高く評価していません。しかし、これらの作品は3ヶ月という短い期間に集中して作曲されたことが分かっており、おそらくは今までの即興演奏などでため込んできたあれこれのアイデアをここに凝縮してまとめたものだと思えば、これらは疑いもなく10代のモーツァルトの自画像だといえます。
実際に聞いてみれば分かるようにハイドン風といっても、それぞれの作品の顔立ちはいずれも個性的です。
とりわけ第6番のソナタは規模が大きく、まるで交響曲をピアノ用に編曲したような風情だといわれてきました。また、第3楽章の大規模な変奏曲形式はモーツァルトのソナタとしては他に例がなく、厳格な父レオポルドもこの作品をとても高く評価していました。とりわけ33小節にも及ぶアダージョ・カンタービレの第11変奏は本当に美しい音楽です。
カラリとした空気感
ギオマール・ノヴァエスの存在を知ったのは1951年1月7日のニューヨークフィルの定期講演会のライブ録音によってでした。演奏したのはショパンのピアノ協奏曲第2番で指揮者はジョージ・セルでした。
セルという指揮者は協奏曲のソリストの選定に関しては極めて五月蝿い人で、とりわけピアニストに関しては自らも一流のピアニストだっただけにその先帝に関しては非常に厳しい指揮者でした。そして、調べてみれば、セルとのニューヨークフィル定期での協演はそれ以外に5回もあったようなのです。
- 1951年12月13日:モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調 , K.271 「ジュノーム」
- 1951年12月14日:モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調 , K.271 「ジュノーム」
- 1951年12月16日:ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
- 1952年12月20日:ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
- 1952年12月21日:ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
1951年1月7日のライブ録音に関してはすでに紹介してあります。それはセルを相手にしていると言うことを考えれば実に驚くべき演奏で、ノヴァエスはセルの支配下にはいることなく十分すぎるほどに自己主張を行っています。そして、その「凄さ」故に第1楽章が終わったあとに会場から思わず拍手がこぼれているのです。
しかし、その事をセルは決して苦々しくは思わなかったようで、率直に彼女の実力を認めたようです。そんな言葉がどこかに残っているというわけではないのですが、上で紹介したようにその後の5回の協演という事実が証明しています。
そして、ここで紹介しているモーツァルトはセルとのライブ録音ではないのですが、この力強さに溢れたピアニストがモーツァルトとどの様に向き合うのかいささか興味がひかれる録音ではあります。
言うまでもないことですが、モーツァルトのピアノ音楽を力強くガンガン鳴らせば、それは実に困ったことになります。
そう言えば、あのルービンシュタインは自分が演奏するピアノの音はすみずみまで聞こえなければいけないといってモーツァルトをガンガンならしまくった録音が存在します。レコード会社は編集で手直しが可能な分は可能な限り手直しをして発売したものの、どうにもこうにも編集のしようがない録音は最終的にお蔵入りになってしまったという逸話が残っています。
もちろん、セルとのショパンのように力強く、そして丹念に旋律線を浮かび上がらせるスタイルをそのままモーツァルトに採用は出来ないことはいうまでもありません。
おそらくノヴァエスにとってモーツァルトはそれほど相性の良い音楽ではないと思うだけに、そう言う「興味」はいささか悪趣味であるとは思うのですが、セルとのショパンがあまりにも凄かった故にお手並み拝見という思いがどうしても出てきてしまうのです。
しかし、聞いてみれば、若い頃に「神に愛でられたピアニスト」と言われただけのことはあって、リリー・クラウスを思わせるような力強さを保持しながらその歌わせ方は彼女ならではのニュアンスに満ちた微笑みに溢れています。そして、それはピアノ単独のソナタ作品よりも、オケと共同作業で作りあげる居箏曲の方がその美質がより強く出るようです。
「ジュノーム」にしてもニ短調のコンチェルトにしても、ロマン派好みの強い思い入れではなくて、どこかカラリとした空気感が聞き手に不要な緊張を求めないのは好感を持てます。
ただし、ソナタ作品に関してはもう少しモーツァルトらしい愛想があってもいいのにと思う場面もあります。しかし、彼女が残したソナタの演奏が悪いというわけではありません。
どれを取り上げても繊細でいながら確かな確信を持った響きで歯切れの良い音楽に仕上げています。
そう言えばあのショーンバーグが「彼女のように魅力的に繊細にしかも確かな指さばきで演奏するピアニストはいない。」と絶賛していましたね。
そう言えばこの時代のギーゼキングのモーツァルトのソナタも結構無愛想な感じがしたものです。
そう言う時代の精神みたいなものが背景にあったのかもしれません。
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