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モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216

(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:ハンス・ミュラー=クライ指揮 南ドイツ放送交響楽団 1953年録音



Mozart:Violin Concerto No.3 in G major, K.216 [1.Allegro]

Mozart:Violin Concerto No.3 in G major, K.216 [2.Adagio]

Mozart:Violin Concerto No.3 in G major, K.216 [3.Rondeau: Allegro]


断絶と飛躍

モーツァルトにとってヴァイオリンはピアノ以上に親しい楽器だったかもしれません。何といっても、父のレオポルドはすぐれたヴァイオリン奏者であり、「ヴァイオリン教程」という教則本を著したすぐれた教師でもありました。
ヴァイオリンという楽器はモーツァルトにとってはピアノと同じように肉体の延長とも言える存在であったはずです。
そう考えると、ヴァイオリンによるコンチェルトがわずか5曲しか残されていないことはあまりにも少ない数だと言わざるを得ません。さらにその5曲も、1775年に集中して創作されており、生涯のそれぞれの時期にわたって創作されて、様式的にもそれに見あった進歩を遂げていったピアノコンチェルトと比べると、その面においても対称的です。

創作時期を整理しておくと以下のようになります。


  1. 第1番 変ロ長調 K207・・・4月14日

  2. 第2番 ニ長調 K211・・・6月14日

  3. 第3番 ト長調 K216・・・9月12日

  4. 第4番 ニ長調 K218・・・10月(日の記述はなし)

  5. 第5番 イ長調 K219・・・12月20日



この5つの作品を通して聞いたことがある人なら誰もが感じることでしょうが、2番と3番の間には大きな断絶があります。
1番と2番はどこか習作の域を出ていないかのように感じられるのに、3番になると私たちがモーツァルトの作品に期待するすべての物が内包されていることに気づかされます。

並の作曲家ならば、このような成熟は長い年月をかけてなしとげられるのですが、モーツァルトの場合はわずか3ヶ月です!!
アインシュタインは「第2曲と第3曲の成立のあいだに横たわる3ヶ月の間に何が起こったのだろうか?」と疑問を投げかけて、「モーツァルトの創造に奇跡があるとしたら、このコンチェルトこそそれである」と述べています。そして、「さらに大きな奇跡は、つづく二つのコンチェルトが・・・同じ高みを保持していることである」と続けています。

これら5つの作品には「名人芸」というものはほとんど必要としません。
時には、ディヴェルティメントの中でヴァイオリンが独奏楽器の役割をはたすときの方が「難しい」くらいです。
ですから、この変化はその様な華やかな効果が盛り込まれたというような性質のものではありません。
そうではなくて、上機嫌ではつらつとしたモーツァルトがいかんなく顔を出す第1楽章や、天井からふりそそぐかのような第2楽章のアダージョや、さらには精神の戯れに満ちたロンド楽章などが、私たちがモーツァルトに対して期待するすべてのものを満たしてくれるレベルに達したという意味における飛躍なのです。
アインシュタインの言葉を借りれば、「コンチェルトの終わりがピアニシモで吐息のように消えていくとき、その目指すところが効果ではなくて精神の感激である」ような意味においての飛躍なのです。

さて、ここからは私の独断による私見です。
このような素晴らしいコンチェルトを書き、さらには自らもすぐれたヴァイオリン奏者であったにも関わらず、なぜにモーツァルトはこの後において新しい作品を残さなかったのでしょう。
おそらくその秘密は2番と3番の間に横たわるこの飛躍にあるように思われます。

最初の二曲は明らかに伝統的な枠にとどまった保守的な作品です。言葉をかえれば、ヴァイオリン弾きが自らの演奏用のために書いた作品のように聞こえます。(もっとも、これらの作品が自らの演奏用にかかれたものなのか、誰かからの依頼でかかれたものなのかは不明ですが・・・。)
しかし、3番以降の作品は、明らかに音楽的により高みを目指そうとする「作曲家」による作品のように聞こえます。

父レオポルドはモーツァルトに「作曲家」ではなくて「ヴァイオリン弾き」になることを求めていました。彼はそのことを手紙で何度も息子に諭しています。
「お前がどんなに上手にヴァイオリンが弾けるのか、自分では分かっていない」

しかし、モーツァルトはよく知られているように、貴族の召使いとして一生を終えることを良しとせず、独立した芸術家として生きていくことを目指した人でした。それが、やがては父との間における深刻な葛藤となり、ついにはザルツブルグの領主との間における葛藤へと発展してウィーンへ旅立っていくことになります。
その様な決裂の種子がモーツァルトの胸に芽生えたのが、この75年の夏だったのではないでしょうか?

ですから、モーツァルトにとってこの形式の作品に手を染めると言うことは、彼が決別したレオポルド的な生き方への回帰のように感じられて、それを意図的に避け続けたのではないでしょうか。
注文さえあれば意に染まない楽器編成でも躊躇なく作曲したモーツァルトです。
その彼が、肉体の延長とも言うべきこの楽器による作曲を全くしなかったというのは、何か強い意志でもなければ考えがたいことです。

しかし、このように書いたところで、「では、どうして1775年、19歳の夏にモーツァルトの胸にそのような種子が芽生えたのか?」と問われれば、それに答えるべき何のすべも持っていないのですから、結局は何も語っていないのと同じことだといわれても仕方がありません。
つまり、その様な断絶と飛躍があったという事実を確認するだけです。


ただの「芸人」で終わりたくないという思いが強かったのでしょうか

プシホダが録音したバッハ作品の項でも述べたのですが、50年前後からどう考えてもプシホダとは相性がいいとは思えないバッハだけでなく、モーツァルトの作品にも取り組み恥じます。
私の手もとにあるモーツァルトの録音は以下の6点です。

  1. モーツァルト:ディヴェルティメント K.334よりメヌエット
    (Vn)ヴァーシャ・プシホダ:ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー 1924年録音

  2. モーツァルト(セルネ編):ヴァイオリン協奏曲第4番より「アンダンテ・カンタービレ」
    (Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)シャルル・セルネ 1925年録音

  3. モーツァルト:ピアノソナタ第11番 イ長調 K 331より「トルコ行進曲」
    (Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)シャルル・セルネ 1925年録音

  4. モーツァルト:ヴァイオリンソナタ第40番 変ロ長調 K. 454
    (Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)オットー・アルフォンス・グレーフ 1949年録音

  5. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
    (Vn)ヴァーシャ・プシホダ:ハンス・ミュラー=クライ指揮 南ドイツ放送交響楽団 1953年録音

  6. モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218
    (Vn)ヴァーシャ・プシホダ:エンニオ・ジェレッリ指揮、RAIトリノ交響楽団 1957年録音


この中で1920年代に録音したモーツァルトに関しては何の問題もありません。それらはモーツァルトの小品を素材としたショー・ピースだと考えればいい演奏であって、「芸人プシホダ」の持ち味を遺憾なく発揮した演奏です。ですから、それをもって彼のモーツァルト作品へのアプローチを云々するような類の録音ではありません。

問題は戦後に録音した一つのヴァイオリン・ソナタと2つのコンチェルトです。
おそらく、彼がモーツァルトに取り組んだ背景にはバッハの時と同じようにただの「芸人」で終わりたくないという思いがもたらしたものだったのでしょう。

しかしながら、その演奏は1949年に録音されたヴァイオリン・ソナタからして驚かされます。それはもうプシホダらしい「妖艶」な響きで彩られたモーツァルトであり、それはもうロマン派の作曲家による音楽のように聞こえてしまいます。
そう言えば、1954年にハイフェッツもモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを2曲録音しているのですが、それはもうカミソリで削ぎ落としたような硬質な響きで造形された音楽であり、モーツァルトらしい微笑みというか、愛想のようなものは微塵も存在しない演奏でした。この二人のモーツァルトを較べてみれば、それはこの地球上で南極と北極ほどに隔たっていると言うよりは、まるで異なる星に住んでいるかのように聞こえてしまいます。

とりわけ、ハイフェッツは「100万ドルトリオ」などと言う商業的キャッチフレーズから解放されたあとは、志を同じくした仲間と数多くの室内楽作品を録音していくのですが、それらはもう、全てが「寄らば切るぞ!」と言わんばかりの厳しさに貫かれた演奏ばかりでした。そして、時代は明らかにプシホダではなくてハイフェッツたちが目指した方向を支持していました。
このプシホダの手になるモーツァルトが当時の聞き手にどのように評価されたのかは分かりませんが、間違いがないのはそれによって「芸人プシホダ」から「芸術家プシホダ」へのチェンジを嗅ぎ取った人は誰もいなかったはずです。つまりは、真っ当なモーツァルト演奏から言えば明らかに「邪道」ではあるのですが、気楽な聞き手からしてみれば面白いことは間違いないのです。
ただし、その演奏が彼の高い「芸術性」を担保するものにはならなかったことは間違いありません。

そして、それとほの同じ事は1953年に録音した「ヴァイオリン協奏曲第3番」にもいえます。プシホダは50年代にはいると急激に衰えたと言われるのですが、いやはやどうして、この妖艶にして過剰なまでの芸人魂を保持するだけのテクニックは決して失っていないことは分かります。もちろん、いささか荒っぽいところは目立つのですが、聞き手にとっては面白いことは間違いありません。
しかし、先にも述べたように時代はすでにその様なモーツァルトを評価しないようになっていたのです。

そして、最後の57年に録音した「ヴァイオリン協奏曲第4番」は、同じ年に録音したバッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」と同じ事がいえます。
それは彼がなんとか時代に添おうとしたのか、それとも急激に衰えていったのかは分かりませんが、この録音もまた「生気を失って形骸だけをとどめている老残のプシホダの姿」しか残っていないと言われても仕方のない演奏になっています。願いが叶うならば、原曲がどうのこうのなどと言う「せせこましい」事にはとらわれずに、最後の最後まで自由に芸人魂を爆発して欲しかったと思うばかりです。

[2022年10月1日追記]
今回、プシホダを取り上げるにあたって彼のの50年代の録音をまとめて聞き直してみて、どうやら私は大きな勘違いをしていたかもしれないと気づかされました。それは、彼が「ただの芸人で終わりたくない」と思ったのではなく、クラシック音楽というものがある種の規矩の中に囲い込まれていく現実に対して、それが例えバッハやモーツァルトであっても己の信じる感性に従って自由に演奏して何が悪いという意地のあらわれだったかもしれないと思うようになたからです。
惜しむらくは、57年の録音では明らかに技術の衰えがあり、プシホダならではの妖しい魅力は後退していますが、それでも自由に演奏して何が悪いという側から見てみれば十分に面白い演奏です。
さらに言えば、そこに技術の衰えを感じてしまうのは、それだけプシホダというヴァイオリニストへの期待値の高さの裏返しだったのかもしれません。

ですから、この稿のタイトルは「ただの芸人で終わりたくない」ではなくて、「クラシック音楽の世界にあってもただの芸人で何が悪い」とすべきなのかもしれません。

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