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マーラー:交響曲第9番 ニ長調

ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン交響楽団 1952年録音



Mahler:Symphony No.9 [1.Andante comodo]

Mahler:Symphony No.9 [2.Im Tempo eines gemachlichen Landlers. Etwas tappisch und sehr derb]

Mahler:Symphony No.9 [3.Rondo-Burleske: Allegro assai. Sehr trotzig]

Mahler:Symphony No.9 [4.Adagio. Sehr langsam und noch zuruckhaltend]


純粋な音楽形式が支配している

「9番の呪い」という言葉があるのかどうかは知りませんが、この数字に異常なまでのこだわりを持ったのがマーラーだったと言われています。

それは、彼が偉大な先人たちが交響曲を9番まで作曲して亡くなっていることに非常なおそれを抱いていたというものです。具体的には、ベートーベン、ブルックナー、ドヴォルザーク、そして数え方によって番号は変わりますが、シューベルトも最後の交響曲は第9番と長く称されてきたと、テレビ番組で得々と語っている某ヴァイオリニストがいました。
しかしながら、少しはクラシック音楽を聞いてきた人間ならば、マーラーの時代にシューベルトの「グレイト」やドヴォルザークの「新世界より」が9番と呼ばれていなかった事は常識ですから、それらを「9番の呪い」に引用していたその某ヴァイオリニストはよほどのお間抜けです。

しかしながら、彼は8番を完成させたあと、次の作品には番号をつけずに「大地の歌」として9番目の交響曲を作曲したことは事実です。そして、本当ならば「9番」に該当する「大地の歌」を完成させたあと、9番の作曲にとりかかります。
彼は心のなかでは、今作曲しているのは9番という番号はついているが、実は本当の9番は前作は「大地の歌」であり、これは「9番」と番号はついていても、本当は「10番」なんだと自分に言い聞かせながら作曲活動を続けました。

そして、無事に9番を完成させたあと、この「9番の呪い」から完全に逃れるために引き続き「10番」の作曲活動に取りかかります。
しかし、あれほどまでに9番という番号にこだわり続けたにもかかわらず、持病の心臓病が急に悪化してこの世を去ってしまいます。そんなわけで、結局は、マーラーもまた「9番の呪い」を彩る重要メンバーとして、その名を刻むことになったのはこの上もなく皮肉な話です。

しかし、長く伝えられてきたこの「物語り」に私はかねてから疑問を持っていました。
理由は簡単です。

死の観念にとりつかれ、悶々としている人間がかくも活発な創造活動を展開できるでしょうか?私たちのような凡人にはとても想像もできないタフな精神力です。
しかしながら、この第9番の交響曲は、そのような逸話もあってか、ながく「死の影」を落とした作品だと考えられ、そのような解釈に基づく演奏が一般的でした。

しかし、「死の影におびえるマーラー」というのが常識の嘘であり、彼の死も、活発に創造活動に取り組んでいる最中での全く予期しない突然のものだったとすれば、この曲の解釈もずいぶんと変わってきます。
確かに、前半3つの楽章は此岸の世界でおこる様座な軋轢や葛藤、そして時には訪れる喜びなどが描かれているとすれば、最終楽章は疑いもなく彼岸の世界を歌い上げています。しかし、その彼岸の世界には「死の影におびえる恐怖」は全く感じられないどころか、ある種の甘美ささえ感じ取れるほどです。
その意味で、果たして、最後の数十小節をかくもピアニシモで演奏をしていいものだろうか・・・などと、名演の誉れ高いバーンスタイン最後の来日となったイスラエル・フィルとの演奏を聞きながら疑問に思い、長く続く拍手とブラボーの声のなかをそそくさと席を立ったのも懐かしい思い出です。


「時代」をはるかに超えた演奏

1952年にこういう演奏と録音が存在していたことに驚かされます。
まず何よりも、この時代にマーラの9番をセッション録音しようとしたレーベルがあったことに驚きです。1960年代初頭でも、ブルックナーの6番を録音したいと提案したクレンペラーに対して、そんな物は売れないと言って一度は却下したのがEMIのレッグでした。つまりは、50年代から60年代初頭というのはそう言う時代だったのです。

SP盤と比べればはるかに長時間録音が可能となったLPレコードといえども、マーラーやブルックナーの長大な交響曲はなかなか手の出しにくい領域だったのです。
ところが、そう言う手の出しにくい領域に対して果敢に挑戦をしたのが新興レーベルだったVoxでした。
調べてみると、Voxはこの前年にクレンペラーの指揮で「大地の歌」も録音していますから、長時間録音が可能なLPレコードの可能性にかけたのだと言えそうです。そして、クレンペラーがレッグによってEMIに引き抜かれた後をホーレンシュタインが引き継いだ形となったようです。

そして、いささか余談になりますが、マーラーやブルックナーが再生媒体とフィットするようになったのはCDの時代になってからでしょう。おそらく、アナログレコードの時代は最後まで一つの挑戦であったように思えますから、このVoxのと年代初頭におけるチャレンジは大いに評価されて然るべきでしょう。

ただし、いかに挑戦的な録音であっても演奏がいまいちだと話にならないのですが、その点においても間違いなく50年代という「時代」をはるかに超えた演奏に仕上がっていることに驚かされたのです。
おそらく今聞いても古さを感じさせない、言葉をかえれば叙情性に寄りかかることなく、この長大な交響曲を見事に造形しています。
おそらく、ウィーン交響楽団といえどもマーラーの9番なんて作品はほとんど演奏したことはないでしょうから、それはそれは大変だったと思われます。そして、上で述べたように、いい加減な叙情性に寄りかかることなく細部までキッチリと仕上げようとするホーレンシュタインの棒に食らいついていくのはもしかしたら「死にものぐるい(^^;」だったかもしれません。

しかし、そのがんばりと、それをがんばりの領域にとどめずに見事に一つの世界として仕上げたホーレンシュタインの手腕は、デッド気味の演奏のおかげでよりはっきりと聞き手に伝わってきます。

これは私見ですが、この交響曲は前半の3楽章と最終楽章では世界観が変わると思われます。
簡潔に言えば、前半は此岸の世界、最終楽章は彼岸の世界です。そして、より見事に表現されているのは最終楽章の彼岸の世界です。そこでは、前半で繰り広げられたドロドロの此岸の世界の汚れのようなものが浄化されいきます。聴き方によっては重苦しい世界のようにも聞こえるかもしれませんが、それも含めて一つの救いであり浄化です。

その点で言えば、とりわけ第2楽章と第3楽章では現世での諧謔、妬み、嫉み、裏切りや欺瞞が渦巻いていますから、これ以上にあくどく演奏してもかまわないと思うのですが、そのためにはオーケストラの持てる能力の全てを絞り出さなければその様な此岸の阿鼻叫喚の現世を描き出す事は不可能です。おそらく、50年代のオケにとってはこれが精一杯でしょう。

そう言えば、どこかの在阪のオケでこの作品を聞いたことがあるのですが、その時もこの中間の二つの楽章をもっと灰汁を強く演奏してほしいと思ったものです。しかし、第4楽章を彼岸の天国的な世界はこの上もなく見事でした。
つまりは彼岸の浄化された世界を描くよりは現世のドロドロを描き出す方がオケにとっては地変なパワーを必要とするのでしょう。

そして、指揮棒一本でどんなオーケストラでもそれなりに形にしてしまうホーレンシュタインの職人技はマーラーのような作品と相対峙するときにはっきりと感じとることが出来ます。

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