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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」 ヘ短調 Op.57

(P)フリードリヒ・グルダ 1953年11月20日録音



Beethoven: Piano Sonata No.23 In F Minor, Op.57 "Appassionata" [1. Allegro assai]

Beethoven: Piano Sonata No.23 In F Minor, Op.57 "Appassionata" [2. Andante con moto]

Beethoven: Piano Sonata No.23 In F Minor, Op.57 "Appassionata" [3. Allegro ma non troppo]


ベートーベンの中期ソナタの最高傑作と言って間違いはないでしょう。

それは、「テンペスト」によって「新しい道」へと踏み出すことを宣言したベートーベンが、「ワルトシュタイン」を経て、この「アパショナータ」によって一つの到達点に達したことを意味しています。そこには古典的均衡の中で行儀よくおさまっていた時代の音楽の姿はどこを探しても見あたらないように思えます。

外面的には荒れ狂うようなパッションにあふれていて、それこそが彼が求めた「新しい道」であったことは間違いありません。そして、その「新しい道」がピアノソナタというジャンルにおいて完成したことによって、交響曲の分野ではハ短調の交響曲、弦楽四重奏曲の分野ではラズモフスキーのセットが生み出されていくのです。
そこには、ピアノソナタによって「切り開き」、交響曲の分野でより「深化」させ、弦楽四重奏曲において「純化」させるという彼の定式が見事なまでにあてはまっているのです。

しかし、ここで注意が必要なのは、その様な荒れ狂う「パッション」は、そこに至るまでに彼が徹底的に身につけた18世紀的なソナタの技法によって裏打ちされていると言うことです。
つまりは、彼がここで実現した人間的感情の発露は寸分の隙もないほどに造形された構成によって実現されていると言うことです。

フルトヴェングラーの先生でもあった音楽学者のワルター・リーツラーは「聞き手として冷静さを失わない人だけが、この作品でも荒々しく狂喜するパッセージや激しく動揺する旋律を支配している統御力を感じとる」事が出来ると述べています。
この言葉はフルトヴェングラーの指揮を理解する上での重要なヒントになりそうな気もするのですが、それはひとまず脇においておくとして、それはローゼン先生の「ベートーベンの音楽は演奏者にも聞き手にも傾注を要求する」という言葉とも響きあいます。

リーツラーは聞き手に冷静を求めてるのですが、言うまでもなく演奏する側にはそれ以上の冷静さが必要なことは言うまでもありません。

伝えられる話では、ベートーベンは出版社が勝手につけた「熱情(アパショナータ)」というタイトルは気に入らなかったようです。
なぜならば、その様な荒れ狂う「パッション」はこの作品の一つの側面にしかすぎず、例えば冒頭の出だしの部分からして悲劇的な性格が表明されているからです。さらに、変奏曲形式で書かれた「アンダンテ・コン・モート」では、その様な激しい「パッション」とは真逆の平安の世界が表明されているからです。

それは、彼が追求した人間的感情とは荒れ狂うようなパッションだけで出来てるものではなくて、もっと複雑で多様な要素を内包しているという当たり前のことに思い至れば、それは当然の事だと言えます。

例えば、ヘ短調で書かれた冒頭楽章において、短調の音楽がもつ悲劇的な雰囲気を維持しながら、そこに平行長調(変イ長調)の大らかな音楽を実に上手く組み込まれているのです。
不気味な「運命の動機」による第1主題と、この美しく希望に満ちた第2主題は見事なまでの対比を示しています。

そして、短調の調性をもった音楽に2番目の調性として平行長調を組み込むことは伝統的にやられてきたことですが、その二つがこれほど見事に組み合わされた例は存在しませんでした。

そして、ローゼン先生によれば、短調の音楽においてこの二つの調性をどのように統合するかという問題が「存在」していたことを、ベートーベンはこの作品においてはじめて多くの人に気づかせたというのです。
言うまでもなく、短調の音楽に長調の音楽が導入されればそこで感情のコントラストが際だつのですが、そのコントラストが不統一なままで放置されていてもそれが「問題」として意識されることはなく、その不統一は「容認」されてきたと指摘しています。

しかし、その統一はそれほど簡単なことではなく、その「難問」を「多様なリズムを制御する安定した拍が、和声と調性のコントラストを統合している」と述べています。
このあたりになるとなかなか理解出来なくなってくるのですが(^^;、それでもベートーベンが挑み続けた人間的感情の発露というものが、きわめて精緻な音楽的造形によって成し遂げられていることは感じ取れます。

そして、この事は演奏家に対してとんでもない困難を突きつけます。
ある人はその事を「氷のような冷静沈着さを持って荒れ狂わねばならない」と述べたのですが、そのパラドックスはピアニストに大変な困難を課すのです。

なぜならば、禁欲的なまでにその音楽的な構成を再現してみせないと作品はガタガタになるのですが、それをきちんと仕上げるだけでは肝心のパッションがスポイルされてしまうからです。
しかしながら、その困難さゆえに多くのピアニストがチャレンジし続けた作品だと言えます。

ただし、冷静に狂うのは難しい!!


  1. 第1楽章:アレグロ・アッサイ ヘ短調 (ソナタ形式)

  2. 第2楽章:アンダンテ・コン・モート 変ニ長調 4(変奏曲形式)
    一つの主題と3つの変奏から成り立っています。変奏されるたびに速度は倍加していき(4分音符→8分音符→16分音符→32分音符)、音域も1オクターブ上がります。
    この変奏曲は限りなく美しく、激しい闘争はこの美の中に埋没していきます。

  3. 第3楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ ヘ短調 (ソナタ形式)
    とどまることのない無窮道の音楽であり、あらゆる障害を蹴散らして驀進していくベートーベンの姿がここにはあります。
    また、ベートーベンは自筆譜に大文字で「後半は2度演奏する」と書き込んでいます。これは、このソナタ形式の音楽にロンド的性格を与えることで、コーダに登場する新しい主題の効果を最大限に引き出すためだと考えられています。

    そして、最後の部分における輝きの素晴らしさは今までのピアノ音楽の限界を打ち破るものでした。




見晴らしのいい爽快で新鮮でしかも深いベートヴェン

ブレンデルのソナタ全集を紹介したときにグルダの全集に関しても少しばかりふれました。
一般的にグルダによるベートーベンのピアノ・ソナタ全集は1967年に集中的に録音されたAmadeoでのステレオ録音と、1954年から1958年にかけてモノラル・ステレオ混在で録音されたのDecca録音の二つが知られていました。しかし、最近になってその存在が知られるようになったのがここで紹介しているた1953年から1954年にかけてウィーンのラジオ局によってスタジオ収録された全曲録音です。

この録音は、きちんとセッションを組んで以下のような順番で全曲が録音されたようです。

  1. 1953年10月8&9日録音:1番~3番

  2. 1953年10月15&16日録音:4番~7番&19番~20番

  3. 1953年10月22日録音:8番~10番

  4. 1953年10月26日録音:11番

  5. 1953年10月29日録音:12番~13番&15番

  6. 1953年11月1日録音:14番

  7. 1953年11月6日録音:16番~18番&21番

  8. 1953年11月13日録音:22番&24番~25番

  9. 1953年11月20日録音:23番&27番

  10. 1953年11月26日録音:30番~31番

  11. 1953年11月27日録音:26番&32番

  12. 1954年1月11日録音:28番~29番


グルダは年代順にベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音するという構想を立てていて、それを実際に行ったのは1953年のことでした。その年に、グルダはなんとオーストリアの6都市でベートーベンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を行うことになるのですが、おそらくはその集大成として1953年10月8日から1954年1月11日にかけて、セッション録音を行ったのでしょう。

しかしながら、その全曲録音が終了した1954年からグルダはDeccaで同じような全曲録音を開始するのです。
この1953年から1954年にかけて録音を行ったウィーンのラジオ局は、当時は依然としてソ連の管理下にあったこともあってか、結局は一度も陽の目を見ることもなく「幻の録音」となってしまったようなのです。

それでは、その「幻の録音」が何故に今頃になって陽の目を見たのかと言えば、録音から50年が経過しても未発表だったのでパブリック・ドメインとなったためでしょう。そう考えてみると、著作権というのは創作者の権利を守るとともに、一定の期間を過ぎたものはパブリック・ドメインとして多くの人に共有されるようにすることには大きな意味があるといえるのです。

さて、私事ながら、ベートーベンのピアノ・ソナタ全曲の「刷り込み」はグルダのAMADEOでのステレオ録音でした。つまりは、全曲をまとめて聴いたのがその録音だったのです。
理由は簡単です。その当時、AMADEOレーベルから発売されていたこの全集が一番安かったからです。(それでも1万円ぐらいしたでしょうか。昔はホントにCDは高かった)

ただ、買ってみて少しがっかりしたことも正直に申し上げておかなければなりません。なぜなら、その当時の私の再生装置では、なぜかピアノの響きが「丸く」なってしまって、それがどうしても我慢できなかったからです。
その後、CDプレーヤーは捨ててファイル再生に(PCオーディオ)へと移行していく中で、意外としゃっきりと鳴っていることに気づかされて、そのおかげでグルダの演奏の凄さが少しは分かるようになっていったものでした。音楽家への評価と再生装置の問題は意外と深刻な問題をはらんでいるのです。

当時のHMVのキャッチコピーを見ると「録音から既に長い年月が経過していますが、その間にリリースされた全集のどれと較べても、全体のムラのない完成度や、バランスの見事さ、響きの美しさといった点で、いまだに優れた内容を誇り得る全集だと言えるでしょう。」と書いています。
CDプレーヤーでお皿を回しているときは、この「バランスの見事さ、響きの美しさ」と言う評価には全く同意できなかったです。ただし、今のシステムならば十分に納得のいくものとなっています。

そして、それとほぼ同じ事がこの若き日の録音にもいえるのです。
1953年から1954年と言えば、バックハウスやケンプが現役バリバリで活躍していた時代でした。彼らのようなドイツの巨匠によるベートーベンは、シュナーベルやフィッシャーなどから引き継がれてきたドイツ的なベートーベン像でした・・・おそらく・・・。
そして、それ故に彼らのソナタ全集は多くの聞き手から好意的に受け入れられ、その結果としてメジャーレーベルから華々しく発売されることになったのです。

そう言う巨匠達の演奏と較べれば、このグルダのベートーベンは全く異なった時代を象徴するような演奏でした。
もしもバックハウスの演奏が「絶対的」なものならば、このグルダの演奏は明らかに異質な世界観のもとに成り立っています。
全体としてみれば早めのテンポで仕上げられていて、シャープと言っていいほどに鋭敏なリズム感覚で全体が造形されています。そして、ここぞと言うところでのたたみ込むような迫力は効果満点です。この、「ここぞ!」というとところでのたたき込み方は67年のAMADEOでのステレオ録音よりもこの50年代のモノラル録音の方が顕著です。
つまりは、それだけ覇気にあふれていると言うことなのでしょう。

ですから、バックハウスのようなベートーベンを絶対視する人から見れば、この演奏を「軽い」と感じる人もいることは否定しません。
たとえば、グルダの演奏を「音楽の深さや重さを教えているものではなく、極めて口当たりの良い軽い音で、しかも気軽に聞けるように作り直している」と評価している人もいたほどでした。それは、67年の録音に対してのものでしたから、それとほぼ同じスタンスで演奏した50年代の初頭の録音ならば(それは結局は陽の目を見なかったのですが)、大部分の人がそのような「否定的」な感想を持ったのだろうと思います。

しかし、ベートーベンはいつまでもバックハウスやケンプを模倣していないと悟れば、このグルダの録音は全く新しいベートーベン像を呈示していることに気づかされます。
つまり、シュナーベルから引き継がれてきたドイツ的(何とも曖昧な言葉ですが・・・^^;)なベートーベン像だけが絶対的な「真実」ではないと悟れば、このグルダが提供するベートーベン像の新しさは逆に大きな魅力として感じ取れるはずです。何故ならば、重く暑苦しい演奏は数あれど、ここまで見晴らしのいい爽快で新鮮でしかも深いベートヴェンはこれが初めてかもしれないのです。

そう言う意味で、録音から50年が経過して、著作権の軛から解放されてこの演奏が陽の目をみることが出来たことは喜ばなければなりません。

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