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チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調, Op.36

セルゲイ・クーセヴィツキー指揮 ボストン交響楽団 1949年3月11日録音



Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]

Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [2.Andantino in modo di Canzone]

Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [3.Scherzo. Pizzicato ostinato.]

Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [4.]Finale. Allegro con fuoco]


絶望と希望の間で揺れ動く切なさ

今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。

まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。

両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)

チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。

この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。

チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。

それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。


音楽に民主主義はいらない。

クーセヴィツキーのことを「素人」と貶したのはトスカニーニでした。
確かに、彼の音楽家としての出発点はコントラバス奏者であり、ピアノもまともに弾けなかったと言う話も伝えられています。指揮者を志したのはニキッシュの演奏に接して感激したからであり、スコア・リーディングに関しても全くの独学で身につけました。

こういう条件だといかに内面に優れた音楽性を持っていても指揮者として大成するのは難しいのですが、その困難を乗りこえる幸運を彼は持っていました。それは大富豪の娘を妻として得たことです。それはお金の心配をしないで音楽活動に専念できるというレベルのお金持ちではなく、自前でオーケストラを組織して指揮活動が出来たり、さらには自前の楽譜出版社を作って著名な作曲家に新作を次々と委嘱できると言うほどの「大富豪」だったのです。
そのおかげで、ラヴェル編曲の「展覧会の絵」から始まってバルトークの管弦楽のための協奏曲、メシアンのトゥーランガリラ交響曲、コープランドの交響曲第3番、オネゲルの交響曲第1番、プロコフィエフの交響曲第4番、ルーセルの交響曲第3番、ハンソンの交響曲第2番等など列挙するのも疲れるほどに重要な作品を後世に残してくれました。

そんなクーセヴィツキーですから、アメリカの名門オケであるボストン響の常任指揮者に就任しても「オレ流」を通したのは当然です。
クーセヴィツキーと言えば豪快な演奏が持ち味と言われるのですが、作品によっては結構振り幅が広くて、激情的な盛り上げを狙った入念な表情付けを行うことも少なくなかったようです。そして、作品や演奏の場によって音楽のスタイルが変わるあたりをトスカニーニは「素人」と断じたのでしょうが、それはかなり正当な評価だったと言えます。

しかしながら、そう言う気まぐれにつき合わされるオーケストラのメンバーは大変だろうと思われます。例えば、40年代のチャイコフスキーの4番から6番までの演奏を聞いてみると、豪快さよりは入念な表情付けの方に驚かされます。スコアなどはほとんど無視をしてテンポを動かし強弱のメリハリなどもつけたりしているのですから、そりゃあオケは大変です。
ところが、クーセヴィツキーはリハーサルでは一切妥協することなく、オケに対してもかなり居丈高で理不尽な言葉を発するのが常だったので、その関係は常に「最悪」だったと伝えられています。これが普通の指揮者なならば今後のことを考えればもう少し信頼感を築こうと努力するのですが、大富豪のクーセヴィツキーにしてみれば自分が気に入らなければいつでもやめてやるという姿勢で臨むことが出来たのです。

ですから、いかに厳しいリハーサルであっても常に筋が通っているトスカニーニなんかよりははるかにたちが悪かったと言えます。
ところが、困ってしまうのが、そう言う無茶を要求しながら、さらには素人くさい指揮であっても出来上がった音楽は魅力的なのです。それは、結局はクーセヴィツキーという男の中にすぐれた音楽が宿っていたからでしょうし、その事に彼自身も揺るぎない自信を持っていたはずです。
そして、こういう理不尽な仕打ちの上に成り立つ音楽は今後復活することは二度とありません。もしも、今の時代にクーセヴィツキーと同じような態度でリハーサルに臨めば、おそらく最初の1日でお払い箱となるでしょう。
そして、いつも思ってしまうのです。

音楽に民主主義はいらない。

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