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グルダ(Fredrich Gulda)|ベートーベン:ピアノ・ソナタ第19番 ト短調 Op.49-1
ベートーベン:ピアノ・ソナタ第19番 ト短調 Op.49-1
(P)フリードリヒ・グルダ 1953年10月15,16日録音
Beethoven: Piano Sonata No.19 In G Minor, Op.49 No.1 [1. Andante]
Beethoven: Piano Sonata No.19 In G Minor, Op.49 No.1 [2. Rondo (Allegro)]
ソナチネ・・・ですね
出版は1805年ですが、作品そのものはごく初期に作られた物だと言われています。おそらくは作品2の最初のソナタと同じような時期に作品ではないかと思われます。
ベートーベンはこの作品を出版するつもりなどは全くなかったものと思われるのですが、おそらくは彼の弟が勝手に印刷所に送ったのではないかと考えられています。そして、この作品はベートーベンの友人達の間で、おそらくは子供用の練習曲として出回っていたと思われるのです。
実際今ではこの作品は「ソナチネ」と言った方が通りが言いようで、ピアノを学ぶ人にとっては必修と言って作品となっています。
そんなわけで、この作品にあまりいい思い出を持っていない人も少なくないと思います。(^^;
ただし、純粋に一つの音楽作品として聞いたときには、とりわけ第19番のト短調ソナタの方には十分すぎるほどの芸術的な魅力があります。アンダンテの冒頭の沈み込んだような表情は十分魅力的ですし、その音楽はどこかベートーベンよりはモーツァルトのソナタを思い出せます。
続く軽やかなロンド楽章は、十分にコケティッシュな魅力をもっているのですが、その中間部の構造はかなり複雑であるとローゼン先生は述べています。
おそらく、ピアノを学ぶ人は指がまわるだけでなく、そう言う構造も含めて理解する能力が必要だと言うことなのでしょう。
それと比べると第20番のト長調ソナタはいささか魅力に欠けると言わざるを得ません。
実際、強弱記号はほとんど書き込まれていないので、ベートーベンがこの作品に多くの時間をかけなかったことは明らかです。
作品の構造もウィーンの伝統的なスタイルをそのまま適用しているだけなのですが、それでも凡百の作曲家であればその手際の良さは十分称賛に値するものとも言えます。
なお、第2楽章のメヌエットの主題は、ベートーベンを有名にした七重奏曲の第3楽章の主題と同じものです。
ピアノ・ソナタ第19番 ト短調 Op.49-1
- 第1楽章:アンダンテ ト短調 (ソナタ形式)
- 第2楽章:アレグロ ト長調 (ロンド)
見晴らしのいい爽快で新鮮でしかも深いベートヴェン
ブレンデルのソナタ全集を紹介したときにグルダの全集に関しても少しばかりふれました。
一般的にグルダによるベートーベンのピアノ・ソナタ全集は1967年に集中的に録音されたAmadeoでのステレオ録音と、1954年から1958年にかけてモノラル・ステレオ混在で録音されたのDecca録音の二つが知られていました。しかし、最近になってその存在が知られるようになったのがここで紹介しているた1953年から1954年にかけてウィーンのラジオ局によってスタジオ収録された全曲録音です。
この録音は、きちんとセッションを組んで以下のような順番で全曲が録音されたようです。
- 1953年10月8&9日録音:1番~3番
- 1953年10月15&16日録音:4番~7番&19番~20番
- 1953年10月22日録音:8番~10番
- 1953年10月26日録音:11番
- 1953年10月29日録音:12番~13番&15番
- 1953年11月1日録音:14番
- 1953年11月6日録音:16番~18番&21番
- 1953年11月13日録音:22番&24番~25番
- 1953年11月20日録音:23番&27番
- 1953年11月26日録音:30番~31番
- 1953年11月27日録音:26番&32番
- 1954年1月11日録音:28番~29番
グルダは年代順にベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音するという構想を立てていて、それを実際に行ったのは1953年のことでした。その年に、グルダはなんとオーストリアの6都市でベートーベンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を行うことになるのですが、おそらくはその集大成として1953年10月8日から1954年1月11日にかけて、セッション録音を行ったのでしょう。
しかしながら、その全曲録音が終了した1954年からグルダはDeccaで同じような全曲録音を開始するのです。
この1953年から1954年にかけて録音を行ったウィーンのラジオ局は、当時は依然としてソ連の管理下にあったこともあってか、結局は一度も陽の目を見ることもなく「幻の録音」となってしまったようなのです。
それでは、その「幻の録音」が何故に今頃になって陽の目を見たのかと言えば、録音から50年が経過しても未発表だったのでパブリック・ドメインとなったためでしょう。そう考えてみると、著作権というのは創作者の権利を守るとともに、一定の期間を過ぎたものはパブリック・ドメインとして多くの人に共有されるようにすることには大きな意味があるといえるのです。
さて、私事ながら、ベートーベンのピアノ・ソナタ全曲の「刷り込み」はグルダのAMADEOでのステレオ録音でした。つまりは、全曲をまとめて聴いたのがその録音だったのです。
理由は簡単です。その当時、AMADEOレーベルから発売されていたこの全集が一番安かったからです。(それでも1万円ぐらいしたでしょうか。昔はホントにCDは高かった)
ただ、買ってみて少しがっかりしたことも正直に申し上げておかなければなりません。なぜなら、その当時の私の再生装置では、なぜかピアノの響きが「丸く」なってしまって、それがどうしても我慢できなかったからです。
その後、CDプレーヤーは捨ててファイル再生に(PCオーディオ)へと移行していく中で、意外としゃっきりと鳴っていることに気づかされて、そのおかげでグルダの演奏の凄さが少しは分かるようになっていったものでした。音楽家への評価と再生装置の問題は意外と深刻な問題をはらんでいるのです。
当時のHMVのキャッチコピーを見ると「録音から既に長い年月が経過していますが、その間にリリースされた全集のどれと較べても、全体のムラのない完成度や、バランスの見事さ、響きの美しさといった点で、いまだに優れた内容を誇り得る全集だと言えるでしょう。」と書いています。
CDプレーヤーでお皿を回しているときは、この「バランスの見事さ、響きの美しさ」と言う評価には全く同意できなかったです。ただし、今のシステムならば十分に納得のいくものとなっています。
そして、それとほぼ同じ事がこの若き日の録音にもいえるのです。
1953年から1954年と言えば、バックハウスやケンプが現役バリバリで活躍していた時代でした。彼らのようなドイツの巨匠によるベートーベンは、シュナーベルやフィッシャーなどから引き継がれてきたドイツ的なベートーベン像でした・・・おそらく・・・。
そして、それ故に彼らのソナタ全集は多くの聞き手から好意的に受け入れられ、その結果としてメジャーレーベルから華々しく発売されることになったのです。
そう言う巨匠達の演奏と較べれば、このグルダのベートーベンは全く異なった時代を象徴するような演奏でした。
もしもバックハウスの演奏が「絶対的」なものならば、このグルダの演奏は明らかに異質な世界観のもとに成り立っています。
全体としてみれば早めのテンポで仕上げられていて、シャープと言っていいほどに鋭敏なリズム感覚で全体が造形されています。そして、ここぞと言うところでのたたみ込むような迫力は効果満点です。この、「ここぞ!」というとところでのたたき込み方は67年のAMADEOでのステレオ録音よりもこの50年代のモノラル録音の方が顕著です。
つまりは、それだけ覇気にあふれていると言うことなのでしょう。
ですから、バックハウスのようなベートーベンを絶対視する人から見れば、この演奏を「軽い」と感じる人もいることは否定しません。
たとえば、グルダの演奏を「音楽の深さや重さを教えているものではなく、極めて口当たりの良い軽い音で、しかも気軽に聞けるように作り直している」と評価している人もいたほどでした。それは、67年の録音に対してのものでしたから、それとほぼ同じスタンスで演奏した50年代の初頭の録音ならば(それは結局は陽の目を見なかったのですが)、大部分の人がそのような「否定的」な感想を持ったのだろうと思います。
しかし、ベートーベンはいつまでもバックハウスやケンプを模倣していないと悟れば、このグルダの録音は全く新しいベートーベン像を呈示していることに気づかされます。
つまり、シュナーベルから引き継がれてきたドイツ的(何とも曖昧な言葉ですが・・・^^;)なベートーベン像だけが絶対的な「真実」ではないと悟れば、このグルダが提供するベートーベン像の新しさは逆に大きな魅力として感じ取れるはずです。何故ならば、重く暑苦しい演奏は数あれど、ここまで見晴らしのいい爽快で新鮮でしかも深いベートヴェンはこれが初めてかもしれないのです。
そう言う意味で、録音から50年が経過して、著作権の軛から解放されてこの演奏が陽の目をみることが出来たことは喜ばなければなりません。
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