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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第22番 ヘ長調 Op.54

(P)アルフレッド・ブレンデル 1962年6月~7月録音



Beethoven: Piano Sonata No.22 In F, Op.54 [1. In Tempo d'un Menuetto]

Beethoven: Piano Sonata No.22 In F, Op.54 [2. Allegretto]


「ワルトシュタイン」と「アパショナータ」という2つの大きなソナタの間に挟まれた2楽章構成の小さなソナタです。

既に何度もふれているのですが、ベートーベンという男は膨張と拡大のあとに必ず縮小します。

普通に考えれば、「テンペスト」で「新しい道」に進むことを明言し、「ワルトシュタイン」でその道を踏み固めたならば、そのまま「アパショナータ」という到達点に向かって一直線で進めばいいのにと思ってしまいます。そして、それはそんなに難しいことではなかったように思うのですが、ここでもベートーベンは一度収縮してみせるのです。

そして、そう言う「収縮」した作品はこれ以前においても評判はよくなかったのですが、二つの偉大なソナタに挟まれているためか、この作品の評判は至って芳しくありません。
「フィデリオの合間をぬって作曲されたために、あまり良い物ができなかった」くらいならばまだいいのですが、「音の遊び」とか「出版屋に追われて書いたもの」という酷評も存在しました。

ちなみにローゼン先生はこの作品について次のように述べています。

様式は単調で、表現はぶっきらぼうに見える。・・・(しかし)これは簡単には解き明かされないものの、厳しい吟味に耐える隠された詩である。


「簡単には解き明かされない隠された詩」というのはなかなかにそそられる表現ではあるのですが、それが前段の「単調」で「ぶっきらぼう」とどのように結びつくのかは彼の文章を読んでもよく分かりません。
ただし、「単調」で「ぶっきらぼう」というのは何となく分かるような気がします。

第1楽章の(おそらくは)トリオに当たる部分は一拍ごとにsfがついていて、おまけに左右のフレーズが噛み合わないように書かれているので、そこで期待される優美さとは縁遠い無骨でぶっきらぼうな音楽になっています。
第2楽章のアレグロは止まることのない無窮動的な音楽なので「単調」な感じを与えることは言うまでもありません。

ですから、ここから「隠された詩」を教えてくれるような演奏というのはほとんど聞いたことはないような気がします。
ただし、この「単調」さと「ぶっきらぼう」がベートーベンの実験精神の表れであることには気づくことが出来ます。

ベートーベンはこのソナタにおいて、驚くほどに少ない素材でもって音楽を構築しようとしています。そのために、通常の形式に寄りかかることを放棄しています。
第1楽章はソナタ形式のようでもあり、ロンド形式のようでもあります。ベートーベンは「In tempo d'un Menuetto」と記しているのでシンプルな「A-B-A」かもしれませんが、上で述べたように「B」の部分は無骨ですし、帰ってくる「A」は装飾過多です。
ただし、その過多と思える装飾音が音楽を前に進めていく推進力になっているともみることが出来ます。

何とも言えず不思議なスタイルです。

また、第2楽章もソナタ形式のようでもあり3部形式でもあるようなスタイルをもっています。
ソナタ形式と見るならば提示部に対して展開部が異例に長すぎることになるのですが、ローゼン先生はその様なありきたりな捉え方はベートーベンの実験精神を過小評価するものだと指摘し、展開部が提示部の役割の一部をになっているのだと述べています。
よく分からんと言えば分からん話なのですが、それでも変わったスタイルであることは事実です。

しかし、その変わったスタイルは限界までに切り詰められた素材でもって独立した音楽を作りあげる実験の成果だったと言うことは何となく納得はいきます。
それ故に、「音の遊び」という評価はもしかしたらこの作品の本質の一面を言い当てているかもしれません。
そして、アパショナータという中期における到達点に達するためには、その様な実験が必要だったと言うことは見ておく必要があるのです。

べートーベンという作曲家は驚くほどに慎重な男だったのです。


すみずみまで考え抜かれた主情的な演奏

ブレンデルの録音活動は「Philips」と強く結びついています。
何しろ、同じレーベルで2度もベートーベンのピアノ・ソナタの全曲録音を行っているのです。一度目は1970年~1977年にかけて、2度目は1992年~1996年にかけてです。

ピアニストにしてみれば生涯で一度でも全曲録音が出来るならばそれは大いなる勲章ともなるべきものなのですから、同じレーベルで、それも「Philips」のようなメジャー・レーベルで2度も全曲録音を行うというのは破格の扱いです。
しかしなら、ブレンデルと「Philips」の結びつきは最初の録音をはじめた1970年からスタートするのであって、それ以前はアメリカの新興レーベルである「Vox」が彼にとっての活躍の場でした。そして、驚くことに、ブレンデルはこの「Vox」においてもベートーベンのピアノ・ソナタを全曲
録音しているのです。
さらに、協奏曲やバガテル、変奏曲などもほぼ全て取り上げていて、彼は「Vox」において、ベートーベンのピアノ音楽をほぼ全てコンプリートしているのです。
つまりは、ブレンデルは「Vox」にとっても重要な位置を占めるピアニストになっていくのであり、そして、その事を踏み台として「Philips」というメジャー・レーベルとの契約にたどり着くのです。

それにしても、その生涯で3度もベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音したピアニストというのは他にいるのでしょうか。
そう言えば、少し前にフルードリヒ・グルダが1953年から1954年にかけて全曲録音した音源が復刻されて(おそらく、録音から50年が経過しても未発表だったのでパブリック・ドメインとなったのでしょう)、それを勘定に入れればDcca時代のモノラルステレオ混在の録音とAmadeoでのステレオ録音をあわせればグルダも生涯に3度という事になります。

しかしながら、最近復刻された1953年から1954年にかけての録音はウィーンのラジオ局によってスタジオ収録されたにも関わらず、結局は一度も陽の目を見ることはなかったのですから、これを勘定に入れて生涯に3度と言い張るのはいささか無理があるでしょう。
と言うことになれば、ブレンデルの生涯3度というのは異例のことだといえます。
それから、ついでながら言えば、著作権法の改訂によって隣接権の保護期間が50年から70年に延びたことで、グルダのAmadeoでのステレオ録音(1967年録音、1968年リリース)は、まさに目の前でスルリとパブリック・ドメインから身をかわしてしまいました。そして、事情は1970年から開始されたブレンデルの録音も同様であって、それらがパブリック・ドメインの仲間入りすることは大きく遠のいてしまいました。

そうなってみると、1962年から1964年にかけて録音された「Vox」での全集録音はパブリック・ドメインという観点から見ればとても貴重なものだといえます。そして、その録音を今回あらためて聞き直してみて、すみずみまで考え抜いた上で極めて叙情性と主情性の強い演奏であることに気づかされました。
「Vox」時代のブレンデルの演奏は、最初は一刀彫りのような荒々しさが残っていたものが、1962年にピアノ・ソナタを手がける頃には次第に丁寧に作品を彫琢していくように変化していくのが分かります。

誰が言った言葉かは忘れましたが、あるピアニストが、聞き手からは高い人気と評価を得ているがプロのピアニストからの評価が低い人物としてバックハウスとブレンデルの名前を挙げていました。
この「聞き手からは高い人気」という言に異論はないでしょう。バックハウスもブレンデルも大衆的な人気と評価があったが故に、彼ららはそれぞれ2度、3度と全曲録音を行えたのです。しかしながら、後者の「プロのピアニストからの評価が低い」という事については、バックハウスに関しては(とりわけ晩年のステレオ録音)ある程度理解できる部分があるのですが、ブレンデルに関しては何故にそう言う評価が出てくるのかはよく分かりません。

実は、私などは、長きにわたってブレンデルというのはそれほど良く聞くピアニストではありませんでした。確かに、どの作品を聞いても良く考え抜かれた演奏であって、技術的にも申し分なく些細な隙も見いだせないような人だという認識がありました。しかし、それは裏返せば、何をやってもソツはないものの平均的な演奏を突き破る驚きにかけたピアニストと言う印象があったのです。ですから、どうして彼に人気があるのかが不思議だったのですが、現実は3度も全曲録音するほどの聞き手からの後押しがあったのです。
ですから、私などは、さぞや専門家からの評は高いんだろうけれど、その良さが私には分からないんろう、ななどと考えていたものです。

しかし、そう言うブレンデルへの評価はこの「Vox」での全曲録音を聞いてみて私の中で大きく変化しました。
その演奏は最初にも少しふれたように、平均的でソツがないどころか、実に叙情性にあふれた聞き手の心の琴線に触れてくる演奏だったのです。おそらく、普通の人はベートーベンのピアノ・ソナタを同一のピアニストで全曲聴くなどと言うことは殆どやらないと思います。しかし、今回彼の演奏でじっくりと聞いてみれば、どうやら私が勝手に思いこんでいた姿とは随分と異なることに気づかされました。

何故ならば、70年代のステレオ録音から何枚かを聞き直してみたのですが、それもまた十分すぎるほどに叙情性の強いベートーベンになっていることに気づかされたのです。しかし、あまりにもすみずみにまで配慮が行き届き、その配慮されたものが極めて高い完成度で演奏されているが故に、その完成度の方に耳が奪われて平均的でソツのない演奏と聞き間違えてしまったのです。

この「Vox」での演奏を聞いていると。「悲愴」とか「月光」とか「アパショナータ」というようなタイトル付きの有名作品よりも、どちらかと言えば地味なナンバーだけの作品の方が魅力的に聞こえます。いや、それは言い方が逆かも知れません。有名な作品の良さはすでによく知っているので「今さら」という感じなのですが、あまり聞く機会の少ない地味なソナタに関しては「これってこんなにも美しい場面が散りばめられているんだ」という事に気づかせてくれるのです。

確かに、こういうアプローチだと、「ワルトシュタイン」とか「アパショナータ」のように、デュナーミクの拡大によって今までは考えられなかったような「巨大さ」を追求したような作品では物足りなさがあるかもしれません。後期の30番から32番の3作品に関しても、とりわけ30番と31番に関してはいささか硬直したような雰囲気があって、いささか物足りなさを感じたことは正直に申し述べておかなければ行けません。
しかし、全体的に見れば、若きブレンデルのあふれるようなロマンティシズムが高い完成度で表白されているこの全集の価値は小さくはないかと思います。ただ、いささか残念なのは、現時点では初期ソナタの音源が私の手もとにないので、全集としてコンプリート出来ないことです。すでにこの録音は廃盤となっているようなので、メットか中古レコード店をまわるしかないようです。

それから、余談ながら、ブレンデルという人は80年代から90年代にかけては、疑いもなく時代を代表するピニストだったのですが、その名前を聞かなくなってから随分と時が経ちます。ですから、すでに鬼籍には入られたのかと思っておられる方も多いかと思うのですが、実は今(2019年)も存命です。
音楽家というのは、とりわけ指揮者とピアニストは「死ぬまで現役」という人が多いのですが、ブレンデルは珍しくも77歳で現役を引退したのです。2008年12月18日のウィーン・フィルとの公演がラスト・コンサートだったそうです。

そして、その後は教育活動に力を入れることになり、今も元気にレクチャーを行っているようです。
ブレンデルのピアノの特徴を一言で言えば、徹底的に考え抜かれた解釈によって繊細極まる造形を行うことにあります。それ故に、その様な完璧性が保持できなくなった時に、潔く撤退するだけの鋭い自己批判力があったと言うことなのでしょう。
私はこの潔さからしても、「プロのピアニストからの評価が低い」という言にはどうしても賛同できないのです。

引退した後のブレンデルのレクチャーを聴いた人の話によると、90歳を目前にした時でもピアノの腕前はそれほど衰えていないように感じたそうです。
しかしながら、それもまた気楽な聞き手ゆえに言える言葉なのでしょう。

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