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ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団 1958年4月3日録音



Debussy:Prelude a l'apres-midi d'un faune


苦手なドビュッシーの中でこれだけは大好きでした。

ドビュッシーは苦手だ・・・、と言うことはあちこちで書いてきました。ピアニストが誰だったかは忘れましたが、オール・ドビュッシーのプログラムで、コンサートが始まると同時に爆睡してしまったことがあるほどです。あの茫漠としたつかまえどころのない音楽が私の体質には合わないと言うことなのでしょう。
しかし、そんな中で、なぜかこの「牧神の午後への前奏曲」だけは若い頃から大好きでした。
何とも言えない「カッタルーイ」雰囲気がぬるま湯に浸かっているような気分の良さを与えてくれるのです。言葉をかえれば、いつもはつかまえどころがないと感じるあの茫漠たる雰囲気が、この作品でははぐれ雲になって漂っているような心地よさとして体に染みこんでくるのです。
我ながら、実に不思議な話です。
何故だろう?と自分の心の中を探ってみて、ふと気づいたのは、響きは「茫漠」としていても、音楽全体の構成はそれなりに筋が通っているように聞こえることです。響きも茫漠、形式も茫漠ではつかまえどころがないのですが、この作品では茫漠たる響きで夢のような世界を語っているという「形式感」を感じ取れる事に気づかされました。
それは、この作品がロマン派の音楽から離陸する分岐点に位置していることが大きな理由なのでしょう。
牧神以前、以後とよく言われるように、この作品はロマン派に別れを告げて、20世紀の新しい音楽世界を切り開いた作品として位置づけられます。そして、それ故に冒頭のフルートの響きに代表されるような「革新性」に話が集中するのですが、逆から見れば、まだまだロマン派のしっぽが切れていないと言うことも言えます。そして、その切れていないしっぽの故に、ドビュッシーが苦手な人間にもこの作品を素直に受け入れられる素地になっているのかもしれません。それは、調性のある音楽に安心感を感じる古い人間にとっての「碇」みたいなものだったのかもしれません。


妖しげな「色気」のようなものを引き出している

<追記:3月7日>

サイトでは「コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年5月3日録音」になっているのですが、ファイルのタグには「Constantin Silvestri:Orchestre De La Societe Des Concerts Du Conservatoire Recorded on April 3, 1958」となっていて、どちらが正しいのでしょうか?と言う問い合わせをいただきました。
ありゃりゃ・・・と思って確認してみるとファイルのタグの方が正しいことが分かりました。ファイルのタグは正しい情報を記入しておきながら、何処でどう取り違えたてしまったのでしょうか。早速に、サイトの方も訂正しておきます・

しかしながら、演奏そのものに対する感想は当然の事ながら大きくは変わりません。変わるところがあるとすれば、コンセルヴァトワールのオケの気まぐれさです。やる気のあるときには実に魅力的な演奏をすると言うことです。そして、もう一つ強く感じたのは、そう言うオケに対してシルヴェストリという指揮者は決して無理をしない人だったと言うことです。

やる気になればこれほどの演奏が出来るのだから、「海」のような演奏をしたときには許せないと思うのが普通だと思うのですが、シルヴェストリは何故かそう言うことは言わずに「流れ」に身をまかせてしまうようなのです。
もしかしたら、そのあたりに「爆裂指揮者」と評される要因があったのかもしれませんし、特定のポジションを持たずに客演指揮で飯を食っていかなければいけない悲哀のようなものも感じられます。

と言うことで、フィルハーモニア管を指揮したと勘違いしたコメントには一言杖加えただけで、大部分はそのまま残しておきます。
<追記おわり>

かつて、シルヴェストリとコンセルヴァトワールのオケによるドビュッシーの「海」を聞いてこんな事を書いたことがあります。

シルヴェストリはどういう思いでこの言うことを聞こうとしないコンセルヴァトワールのオケと共同作業をしたのでしょう。
ここにはドビュッシー特有の茫漠たる響きもなければ、精妙な色合いも存在しません。
存在するのは気合いと根性だけです。・・・仕方なしにやりたいようにやらせるしかなく、結果としてこういう爆裂型の音楽が出来が上がってしまったのでしょう。


しかしながら、このフォフィルハーモニア管との「牧神の午後への前奏曲」を聞いていると、シルヴェストリ自身にもドビュッシー作品が持つ精緻な響きや、それによってもたらされる茫洋とした世界を表現することにはあまり興味がなかったことに気づかされました。
確かに、やる気のないコンセルヴァトワールのオケを前にしてアンサンブを整える事を放棄したような演奏とは全く異なります。
やはりアンサンブル能力としてはフィルハーモニア管は優秀です。(つまりは、やる気になればコンセルヴァトワールのオケはこれくらいの能力は簡単に発揮できたと言うことです)

しかし、その能力を生かすことよりは、この作品の根底に潜んでいる妖しげな「色気」のようなものを引き出すことの方に注力していることは明らかです。(そして、これこそがコンセルヴァトワールのオケが持つ最大の魅力だったのですね)
そして、そういうアプローチは。私のようなドビュッシーの茫洋たる響きが苦手にものにとってはこのうえもなく魅力的です。

率直に言って、今まで聞いた「牧神の午後への前奏曲」の演奏としてベストの一つに押したいほどです。
ただし、繊細な響きを持ち味とするフランス音楽を愛する人にとっては一言文句が言いたくなることでしょうし、それは否定しません。
ただし、コンセルヴァトワールのオケの時のような「犯罪的」なレベルにはなっていないので、そう言う方にとっても十分に聞くに値する演奏だと思います。

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