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パラディス/ドゥシキン編:シチリア舞曲

(Vn)エリカ・モリーニ (P)レオン・ポマーズ 1956年録音



Paradies:Sicilienne in E flat major


困ったことに、この「シチリアーノ」には「偽作疑惑」があります

「マリア・テレジア・フォン・パラディス」という作曲家の名前を見て何らかの作品をおも出せる人は殆どいないでしょう。
しかし、この「シチリアーノ」を聞けば、「へーぇ、この曲ってこの人の作品だったのか!」と驚くはずです。

そして、さらにこの「マリア・テレジア・フォン・パラディス」が当時としては(今も?)珍しい女性の作曲家であり、さらには幼くして失明するというハンディキャップを負っていたと言うことにも驚かされるのです。
そして、「マリア・テレジア・フォン・パラディス」という仰々しいフルネームから、オーストリアの女帝「マリア・テレジア」と何らかの関係があるのかと思うのですが、それは父親が女帝の「宮廷顧問官」だった事に由来するようです。その父親は帝国の商務長官も務めたようなので、間違いなくお金持ちのお嬢さんだったようです。

しかし、音楽的才能に恵まれていたことは事実のようで、盲目のピアニストとして活躍し、数多くの作曲家に自分が演奏するための作品を依頼しています。
その依頼はハイドンやサリエリ、モーツァルトというビッグネームも含まれていて、モーツァルトがその求めに応じて提供したのはK.456(第18番)のコンチェルトではないかと推測されています。

やがて、彼女は活動の重点を演奏活動から創作活動の方に移すようになります。
その様な彼女の作品の中でもっとも有名なのがこの「シチリアーノ」なのです。

ところが、困ったことに、この「シチリアーノ」には「偽作疑惑」があるのです。
この、「パラディスのシチリアーナ」は20世紀に入ってからアメリカのヴァイオリニストである「サミュエル・ドゥシュキン」が発見したとされています。ところが、音楽の様式がパラディスの時代のものとは随分異なっているために疑問が呈されているわけです。
現在では、ドゥシュキンが「発見」したのではなくて、彼がウェーバーのヴァイオリンソナタ(Op.10 No.1:J.99[2.Romanze. Larghetto])を原曲として編曲したものではないかと考えられています。

ウェーバー:6つのヴァイオリン・ソナタ Op. 10 (Vn)ルジェーロ・リッチ:(P)カルロ・ブゾッティ 1954年2月録音

確かに、言われてみれば全くその通りです。
ただし、ドゥシュキンはその事を認めていないようなので、著作権は発生しないもとと考えられています


古き良きヨーロッパの象徴のような女性の目に映じた「滅び行くヨーロッパの姿」

エリカ・モリーニと言えば、その背筋の伸びた清冽な音楽がすぐにイメージされます。そして、彼女こそは古き良きヨーロッパの象徴のようなヴァイオリニストでした。
その経歴を見てみれば、20世紀の初頭にオーストリアに生まれ,、わずか14才にしてベルリン・フィルやゲヴァントハウス管弦楽団と共演して衝撃的なデビューをはたしています。父はヨアヒムの系列をくむヴァイオリニストであり、彼女もまた生粋のウィーンが生んだヴァイオリニストでした。

しかし、1938年にナチスの迫害を逃れてアメリカに渡り、その後はニューヨークを拠点として音楽活動を続けることになってしまうのですが、それでも多くの亡命演奏家たちのようにアメリカという新しい社会の価値観に迎合することはありませんでした。彼女のレパートリーはウィーン古典派からブラームスなどのロマン派の作品あたりに限られていて、そう言う基本的なスタンスを彼女はアメリカに移っても頑固なまでに崩さなかったのです。

そんな彼女の目に、戦争に巻き込まれ、あらゆる美しい伝統と文化が破壊され、焼き尽くされていく現実はどのように映ったのでしょう。
確かに、戦後に残された彼女の数少ない録音を聞けば、それでも彼女は凛と背筋を伸ばしているように見えます。
しかし、彼女にしては珍しいレパートリーと思われる幾つかの小品の録音を聞いたときに、そう言うけなげなモリーニとは全く違う姿にふれて呆然としたのです。

そこには、疑いもなく、モリーニという古き良きヨーロッパの象徴のような女性の目に映じた「滅び行くヨーロッパの姿」そのものが刻み込まれていました。
そして、そこでは老いた没落貴族の女性が、過ぎ去った栄光の過去を思い出しながら一人でダンスを踊っているような光景が浮かんでくるのです。
そして、それはどこかで観た映画の一シーンであったような記憶があるのですが、タイトルがどうしても思い出せないのです。もしかしたら、そんなシーンがあったというのは私の妄想かもしれませんが。

いや、そう言う曖昧な映像を引き合いに出すよりも、このモリーニの音楽こそはヨーロッパの没落を見事に描ききっています。
もちろん、言うまでもないことですが、戦争によってどれほど痛めつけられても「現実のヨーロッパ」は滅びることはなく再び蘇っていくのですが、そしてその事をモリーニもまた理解していたのでしょう。しかし、そうして蘇った「新しいヨーロッパ」は彼女にとってはそれはもう全く別のヨーロッパであったのです。
それはすべてのものが消えてなくる事よりも、さらに大きな喪失感を彼女に感じさせたことは容易に想像できます。

<追記>
難波のタワーレコードにはよく顔を出すのですが、最近はもっとも目立つ入り口のところがアナログ・レコードのコーナーになっています。アメリカほどではないにしても、日本でもアナログ・レコードの復権はジワジワ進行しているようです。
そして、驚いたのは、そのアナログ・レコードの売り場の一番目立つところに、このエリカ・モリーニの「小品集」の復刻盤が飾られていたことです。「Erica Morini Plays」と題されて1955年に発行された古いレコードが復刻されていたことにも驚きましたが、それが売り場の一番目立つ場所に置かれていると言うことにも驚かされました。
それは、逆から見れば、今の少なくない人々がどのような音楽を求めているかのあらわれでもあると感じました。

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