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クライスラー(Fritz Kreisler)|メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
(Vn)フリッツ・クライスラー:レオ・ブレッヒ指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1926年12月10日録音
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [1.Allegro molto appassionato]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [2.Andante]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [3.Allegretto non troppo - Allegro molto vivace]
ロマン派協奏曲の代表選手
メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。
ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。
この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。
かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。
おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。
しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。
また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。
確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。
全盛期のクライスラーの魅力が詰め込まれた録音
クライスラーの古い録音(1926年録音のベートーベンのヴァオリン協奏曲)を紹介したときに、予想以上に多くの方から好意的に受け取ってもらえたので、いささか驚いてしまいました。何しろ、あの録音をアップする直前にもカヤヌスによる、これまた古いシベリウス録音をアップしていたので「カヤヌスの録音を紹介したときに「こんな古い録音はやめてくれ」という声が聞こえてきそうだと書いたのですが、これはそれよりも古い1927年の録音なのですから、さらに呆れられそうです。」と書いてしまったほどだったのです。
ところが、呆れられるどころか(おそらく呆れている人も多数いるかとは思うのですが)、中にはブラームスの方はアップしないのですかという声も聞こえ的たるするのです。
確かに、1926年から1927年にかけて、クライスラーはレオ・ブレッヒ指揮によるベルリン国立歌劇場管弦楽団を組んで以下の3曲の録音を残しています。
- メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64:レオ・ブレッヒ指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1926年12月10日録音
- ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61:レオ・ブレッヒ指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1926年12月14日&16日録音
- ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77:レオ・ブレッヒ指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1927年11月21日,23日&25日録音
少し技術的な話になるのですが、SP盤の録音というのは最初は「機械吹き込み」という手法で行われていました。演奏者は大きなラッパの前で演奏をして、そのラッパが集音器の役割をはたして,そのラッパの奥に奥に取り付けられた振動板が針を振動させてレコード原盤にカッティングするという仕掛けでした。
つまりは、楽器の響きがもたらす振動をそのまま原盤にカッティングしていたのです。何とも原始的な手法ですが,それでも人間の声やヴァオリンのソロなどであれば,何ともいえない麻薬的とも言うべき魅力的な響きが封じ込められていました。
しかしながら、規模の大きな管弦楽作品となると、それはもうどうしようもありませんでした。
この難問を解決するために新しく開発されたのが「電気吹き込み(録音)」という手法でした。これは、楽器の響きをラッパで集めるのではなくて「マイク」という新発明の機械によって拾った振動を電気信号に変換し,その電気信号をこれまた「アンプ」という新発明の機械で電気信号を増幅した振動に変換してワックス盤にカッティングするという手法でした。
これは画期的な発明であって、その基本的な原理は今のデジタル録音においても何ら変わることはありません。
そして、この新技術によって規模の大きな管弦楽の響きも十分観賞に堪えられるレベルで録音することができるようになったのです。もちろん、それまでの機械吹き込みでもそれなりのクオリティで把握していた人間の声やヴァイオリンの響きなどもクオリティが飛躍的に向上しました。
この「電気吹き込み」という技術がそれなりに完成したのは1924年のことで、それが商業的に本格的に使われ始めるのが1925年でした。
分かっている人には今さらというような話を繰り返してのですが,そう言う歴史的背景にこのクライスラーによる3つの協奏曲の録音を置いてみると,その歴史的意義の大きさが見えてくるはずです。
人間というのは思いの外「保守的」な生き物であって、録音方式が「機械吹き込み」から「電気吹き込み」に変わったときに,その「不自然」な響きを批判する人は少なくなかったのです。その様な批判はSP盤からLP盤に変わったときにも存在しましたし,モノラル録音からステレオ録音に移行したときも、そして、アナログからデジタルに移行したときにも同様のことがおこりました。そして、そう言う批判は新技術がある種の未成熟な部分を抱えてスタートをしなければ行けないがゆえに一定に妥当性を持ったことも否定できません。
とりわけ、アナログからデジタルへの移行に関しては,その種の批判は今も一定の妥当性を持ち続けています。
ですから、録音史において,そう言う新技術への移行を一気に後押しするような記念碑的な録音と言うものが存在します。
つまりは、「機械吹き込み」という技術を過去の遺物としてしまい、「電気吹き込み」の優秀さ多くの人に知らしめたのがこのクライスラーによる3つの録音だったのです。ですから、クラシック音楽の演奏史や録音史を概観するためには絶対にスルーできない録音なのです。
例えば、ブラームスの協奏曲ではクライスラーのヴァイオリンだけでなく,第2楽章のあのオーボエによる魅力的なソロも実に美しく録音されています。
とは言え、やはりSP盤黎明期の録音ですから,オーケストラの響きに関してはいくらでも文句はつけたくなります。しかし、あのジャック・ティボーに「私など足元にも及ばない男」と言わしめた最盛期のクライスラーの素晴らしい演奏が見事なまでのクオリティで残されたことはやはりこの録音の歴史的価値を高めています。
ただし、個人的な感想を言えば,一番凄みを感じるのはベートーベンの協奏曲であり,いささか物足りなさを感じるのはブラームスの協奏曲です。いい加減な言い方で申し訳ないのですが,メンデルスゾーンがその中間と言うことになって,想像した以上の早めのテンポで弾きながらも細かい部分でも」一切手抜きをせずに正確に弾ききっているのが印象的です。
なお、ベートーベンとブラームスに関してはこの10年後にバルビローリのサポートで再録音をしていて,録音のクオリティという点では大きなメリットがあります。しかし、クライスラーが未だ50代だった20年代の演奏と,すでに60代に踏み込んだ30年代の演奏ではやはり差があると言わざるを得ず,そのあたりの兼ね合いが難しいかもしれません。個人的にはベートーベンは26年盤、ブラームスに関しては新しい方のバルビローリ盤を選びたいかなと思ってしまいます。
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よせられたコメント
2020-05-27:コタロー
- 最近はブッシュ弦楽四重奏団をはじめとして、SPを復刻した演奏を集中的に聴いています。クライスラーによるこの曲の演奏は、ひたすら音楽に奉仕するとでもいった、純粋な姿勢に心を打たれます。1926年録音とは思えない聴きやすい音にも驚かされます。
余談ですが、クライスラーの「愛の喜び」「美しきロスマリン」といった小品はまだパブリックドメインになっていませんね。彼は1962年に亡くなっていますが、戦前にアメリカ人国籍を取っているので、戦時加算が生きているわけですね。クラシック音楽のファンにとっては至極残念なことです。
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