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ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op. 100

(Vn)レオニード・コーガン:(P)アンドレイ・ムイトニク 1955年録音



Brahms:Violin Sonata No. 2 in A Major, Op. 100 [1.Allegro amabile]

Brahms:Violin Sonata No. 2 in A Major, Op. 100 [2.Andante tranquillo - Vivace]

Brahms:Violin Sonata No. 2 in A Major, Op. 100 [3.Allegro grazioso (quasi andante)]


ロマン派におけるヴァイオリン・ソナタの傑作

ブラームスは3曲のヴァイオリン・ソナタを残していますが、これを少ないと見るかどうかは難しいところです。確かに一世代前のモーツァルトやベートーベンと比べると3曲というのはあまりにも少ない数です。しかし、ベートーベン以降のロマン派の作曲家のなかで3曲というのは決して少ない数ではありませんし。
さらに、完成度という観点から見ると、これに匹敵する作品はフランクの作品以外には思い当たりませんから、そういう点を考慮すれば3曲というのは実に大きな貢献だという方が正解かもしれません。

ブラームスの第1番のソナタは1878年から79年にかけて、夏の避暑地だったベルチャッハで作曲されました。
45才になってこのジャンルに対する初チャレンジというのはあまりにも遅すぎる感がありますが、それはブラームスの完全主義者としての性格がそうさせたものでした。

実は、この第1番のソナタに至るまで、知られているだけでも4曲のソナタが作曲されたことが知られています。そのうちの一つはシューマンが出版をすすめたにもかかわらず、リストたちの忠告で思いとどまり、結果として失われてしまったイ短調のソナタも含まれています。
他の3曲は弟子の証言から創作されたことが知られているものの、ブラームスによって完全に破棄されてしまって断片すらも残っていません。
ブラームスがファーストシンフォニーの完成にどれほどのプレッシャーを感じていたかは有名なエピソードですが、そのプレッシャーは決して交響曲だけに限った話ではありませんでした。ベートーベンが完成形を提示したジャンルでは、ことごとくプレッシャーを感じていたようで、そのプレッシャーがヴァイオリン・ソナタというジャンルでも大量の作品廃棄という結果をもたらしたようです。

では、ヴァイオリン・ソナタという形式の「何」が、ブラームスに対して多大な困難を与えたのでしょうか。
もちろん、私ごとき愚才がブラームスの心中を推し量ることなどできようはずもないのですが、そこを無理してあれこれ思案をしてみれば、おそらくはヴァイオリンとピアノのバランスをどうとるかという問題だったのではないかと思います。

言うまでもないことですが、ヴァイオリン・ソナタの歴史を振り返ってみれば、ヴァイオリンとピアノという二つの楽器が対等な関係ではなくて、どちらかが主で他が従という形式をとっていました。それが、モーツァルトという天才によって初めて両者が対等な関係でアンサンブルを形成する音楽へと発展していきました。
そして、この方向性のもとで一つの完成形を示したのが言うまでもなくベートーベンでした。

しかし、一連のベートーベンの作品を聴いてみると、事はそれほど単純ではないことに気づかされます。
鍵盤楽器としてのピアノの機能が未だに貧弱だったモーツァルトの時代では、ヴァイオリンとピアノは十分に共存できましたが、ベートーベンの時代になるとピアノは急激に発展していき、オーケストラを向こうに回して一人で十分に対抗できるまでの力を蓄えてしまいます。
それに比べると、ヴァイオリンという楽器は弓の形状は多少は変わったようですが、弓を弦に擦りつけて音を出すという構造は全く変わっていないわけですから大きな音を出すにも限界があります。

ですから、クロイツェル・ソナタなどでピアノが豪快にうなりを上げて弾ききってしまうと、さすがのベートーベンをもってしてもヴァイオリンがかすんでしまう場面があることを否定できません。
そして、ロマン派の時代になるとピアノはその機能を限界まで高めていきます。(ブラームスのピアノコンチェルトの2番を聴くべし!!)
つまり、頭の中だけでこの両者を丁々発止のやりとりをさせて上手くいったと思っても、実際に演奏してみるとピアノがヴァイオリンを圧倒してしまい「何じゃこれ?」という結果になってしまうのです。

つまり、この二つの楽器の力量差を十分に配慮しながら、それでもなおこの二つの楽器を対等な関係でアンサンブルを成立させるにはどうすればいいのか?
これこそが、45才まで書いては廃棄するを繰り返させた「困難」だったのではないでしょうか?
もっとも、これは私の愚見の域を出ませんから、あまりあちこちでいいふらさないように・・・(^^;

しかし、ブラームスのヴァイオリン・ソナタを聴くと、この二つの楽器が実に美しい調和を保っていることに感心させられます。
ベートーベンでは、時にはピアノがヴァイオリンを圧倒してしまっているように聞こえる部分もあるのですが、ブラームスではその様な場面は皆無と言っていいほどに、両者は美しい関係を保っています。そして、その様な絶妙のバランスを保ちながら、聞こえてくる音楽からはしみじみとした深い感情がにじみ出してきます。
これはある意味では一つの奇跡と言っていいほどの作品群です。

ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調op.100


ベルチャッハに次いでブラームスが避暑地として選んだのがスイスのトゥーンでした。
ヴァイオリン・ソナタの2番と3番はともにこのトゥーンで作曲されました。

トゥーンは私も一度訪れたことがあるのですが、湖の畔に広がる小さな町で、天気がよいと遠くにアルプスの山が見渡すことができる実に気持ちのいいところです。ブラームスの評論家として有名なガイリンガーはその事をとらえて、トゥーンの町がベルチャッハよりも雄大なように、第2番ソナタもアルプス風の威厳に富んで力強くて逞しい、等と述べているそうです。

「ほんまかいな?」という感じですが、しかし、この作品に取り組んだ頃のブラームスは人生の絶頂にあったことは間違いないようです。3曲あるブラームスのヴァイオリン・ソナタのなかでは最もよく歌う作品であり、音楽は明るくのびのびしています。
音楽家としての成功を勝ち取り、多くの友人に囲まれて充実した作曲活動を展開していた時期であり、その様な幸福な生活をこの作品が反映ししていることは間違いありません。


女々しくないブラームス

こういうブラームスを聴かされてしまうと困ってしまいます。

何故ならば、ここにあるのは「女々しくないブラームス」だからです。
いや、今の時代に「女々しい」などと言う漢字表現を使うとお叱りを受けるかしれませんし、ブラームスという人の本質を考えれば「男男しい」とかいて「めめしい」と読ませた方がいいのかもしれません。

コーガンのヴァオリンは一切の「甘さ」を排したものであり、その響きは強靱です。ただし、これもまた「強」という漢字表現ではなくて「剄」という時をあてたくなる「強靱さ」です。「強さ」というものは脆さと同居しているのに対して、「剄さ」にはそこに伸びやかな「何か」が内包されています。ですから、強靱ではあっても音楽は決して硬直することはありません。

確かに、これほどまでに立派なブラームスのソナタはそうあるものではありません。それは、言ってみればブラームスという男の中にあるロマン派的なあれこれを綺麗に洗い流してしまって、それをもう一度古典派のベートーベンであるかのように仕立て直してしまった様な風情なのです。
ですから、とても立派で堂々とした音楽なのですが、それでは「それってブラームスなの?・・・」ってきかれると、口ごもってしまわざるをえないのです。

でも、この時代にはこういう不思議な演奏が少なくなかったのです。

例えば、1968年にシゲティとホルショフスキーというお爺ちゃんコンビで録音したモーツァルトのヴァイオリンソナタの録音がありました。
かなりまとまった数を録音したものだっただけに、今一歩のところでパブリック・ドメインの淵からこぼれ落ちてしまったのはかえすがえすも残念だったのですが、それはまた別の話です。

あのモーツァルトを聞いたことがある人ならば同意していただけると思うのですが、あれはもう、シゲティという彫刻家がヴァイオリンと言う鑿を使ってモーツァルトを削りだしていくような演奏でした。そこには、ロココの衣装をまとったモーツァルトの姿はどこにもなく、歌に溺れて情に流され場面などは一瞬たりとも存在しませんでした。
ですから、それがモーツァルトを聴くに相応しいかと聞かれれば、このコーガンによるブラームス以上に口ごもらざるを得ない代物でした。

しかし、そうではあっても、己を信じて、そういう音楽をやれる人が昔はたくさんいたのです。そして、その心の「剄さ」と「潔さ」に多くの人は脱帽したのです。
何も「昔は良かった」などと年寄りの愚痴のようなことを言いたいわけではないのですが、それでも、己の心ではなく、人の目ばかりを気にしていれば、そりゃぁ、ろくな音楽など生まれるはずもないわなぁ・・・などと思わずにおれないのです。

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