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チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1966年10月7日,8日&15日録音



Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]

Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [2.Andantino in modo di Canzone]

Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [3.Scherzo. Pizzicato ostinato.]

Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor, Op.36 [4.]Finale. Allegro con fuoco




絶望と希望の間で揺れ動く切なさ

今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。

まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。

両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)

チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。

この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。

チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。

それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。

この異様なまでの美しさを聞いていると、ふと坂口安吾の「堕落論」が頭をよぎるのです。


カラヤンのブルックナーの9番にふれたときに、フルトヴェングラーがカラヤンのことを珍しく褒めたことがあるという話をしました。その時は正確な言葉を思い出せないと書いたのですが、何とも言えず気持ちが悪いのでネット上で調べたところ、その言葉は「彼は本物のレガートを創造する方法を知っている。これが音楽において最も難しいことなのに。」だったそうです。

ただし、出典までは分かりませんでした。
しかし、このフルトヴェングラーの言葉をじっくりと眺めていると、なんだかそれがフルトヴェングラーがカラヤンに対して仕掛けた「トラップ」だったのではないかという気がしてきます。

確かに、カラヤン自身もオーケストラをレガートで美しく歌わせることに自信があったはずです。

レガートとは言うまでもなく連続する2つの音を途切れさせずに滑らかに続けて演奏することです。
弦楽器なら弓をかえさずにひと弓で演奏することが求められますし、管楽器ならばタンギングをせずに演奏することが求められます。

もちろん、場面によってはひと弓で演奏するのが不可能だと思えるときもあるのですが、それでも偉い指揮者になるとその不可能なことを要求するときもあります。
それも無理だとなると、出来る限り前後の音が途切れないように弓をかえさせる必要があります。

管楽器のタンギングにおいても同様で、それが不可能な場合には出来る限り柔らかいタンギングを求めます。
そして、それらのことをオーケストラの全てのメンバーに徹底させて実行させなければいけないのですから指揮者は大変です。

しかし、カラヤンはその様にしてオーケストラを統率していく能力に関しては自信を持っていたはずです。
そしてその様にして自信を持っている能力について「あのフルトヴェングラー」が褒めてくれて、さらにはその事が「音楽において最も難しいこと」だと言ってくれたのです。

もちろん、この両者の間には様々な軋轢があったことは事実ですが、それでもこのフルトヴェングラーの言葉は彼の心の中に大きな影響を与えたはずです。
そして、その後、彼が「レガート・カラヤン」と言われるまでに徹底した美学を追究するようになった背景には、意外とこのフルトヴェングラーの言葉が大きな影響を与えていたのかも知れません。

しかし、そうやってひたすらオーケストラの響きに磨きをかけているカラヤンの姿をフルトヴェングラーが見たならば、見事に「トラップ」にかかったと思ったかも知れません。
もちろん、この60年代中葉の時期は、その磨きのかけ方は「常識」の範囲でおさまっていました。
しかし、そうやって磨きをかけても、「彼は本物のレガートを創造する方法を知っている」という言葉が背後霊のようにつきまとって、もっともっとと磨きをかけずにはおれなくなったのではないのかと勘ぐってしまいます。
それほどまでに、70年代のカラヤンは異常なまでにレガートに固執するようになっていきました。

しかし、このチャイコフスキーの録音を聞いていると、カラヤンという男はその様な柔な存在ではなかったのだと思わずにはおれなくなったのです。
何故ならば、そこからは「本物のレガートとはこういうふうに使うんだよ」みたいな不敵な笑みがもれてくるように感じられたのです。

例えば、第5番の第2楽章の異様なまでの美しさを聞いていると、ふと坂口安吾の「堕落論」が頭をよぎるのです。
いや、あの「堕落論」なんて10代の終わり頃に読んだきりで、そんな文章なんてほとんど忘れ果てたつもりだったのに、「墜ちていけ、墜ちていけ」という安吾の言葉が蘇ってきたのです。

なるほど、カラヤンはフルトヴェングラーに絡め取られたように見えながら、それによって実現した「地上の美」へと墜ちていくことで虚構の「天上の美」をあざ笑ってみせたのです。

「戦争中は真の闇で、そのくせどんな深夜でもオイハギなどの心配はなく、暗闇の深夜を歩き、戸締なしで眠っていたのだ。戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。」
「たとえ爆弾の絶えざる恐怖があるにしても、考えることがない限り、人は常に気楽であり、ただ惚れ惚れと見とれておれば良かったのだ。私は一人の馬鹿であった。最も無邪気に戦争と遊び戯れていた。」

この一文はそのままフルトヴェングラー的なものへの批判であるかのように響きます。

「特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。」
「人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。」

そして安吾は「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。」と結論づけるのですが、それこそが虚構に包まれたクラシック音楽という世界を生き抜いていくためにカラヤンが選び取った道だったのです。

カラヤンはフルトヴェングラーが褒めたという「本物のレガート」を駆使してもの見事に「地上の美」へと墜ちてみせたのです。
そして、その事によって虚構の正義や理想にしがみつく連中を嗤ってみせたのです。

そう考えれば、いわゆる「心ある」音楽ファンがカラヤンのことを蛇蝎の如く忌み嫌った理由も明らかになろうかというものです。

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