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モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 K.376

(P)ジョージ・セル (Vn)ラファエル・ドルイアン 1967年8月

Mozart:Violin Sonata in F major, K.376/374d [1.Allegro]

Mozart:Violin Sonata in F major, K.376/374d [2.Andante]

Mozart:Violin Sonata in F major, K.376/374d [3.Rondo. Allegretto grazioso]




ザルツブルグからウィーンへ:K376~K380「アウエルンハンマー・ソナタ」

モーツァルトはこの5曲と、マンハイムの美しい少女のために捧げたK296をセットにして作品番号2として出版しています。しかし、成立事情は微妙に異なります。
まず、K296に関してはすでに述べたように、マンハイムで作曲されたものです。
次に、K376?K380の中で、K378だけはザルツブルグで作曲されたと思われます。この作品は、就職活動も実らず、さらにパリで母も失うという傷心の中で帰郷したあとに作曲されました。しかし、この作品にその様な傷心の影はみじんもありません。それよりも、青年モーツァルトの伸びやかな心がそのまま音楽になったような雰囲気が作品全体をおおっています。
そして、残りの4曲が、ザルツブルグと訣別し、ウィーンで独立した音楽家としてやっていこうと決意したモーツァルトが、作品の出版で一儲けをねらって作曲されたものです。
ただし、ここで注意が必要なのは、モーツァルトという人はそれ以後の「芸術的音楽家」とは違って、生活のために音楽を書いていたと言うことです。彼は、「永遠」のためにではなく「生活」のために音楽を書いたのです。「生活」のために音楽を書くのは卑しく、「永遠」のために音楽を書くことこそが「芸術家」に求められるようになるのはロマン派以降でしょう。ですから、一儲けのために作品を書くというのは、決して卑しいことでもなければ、ましてやそれによって作り出される作品の「価値」とは何の関係もないことなのです。

実際、ウィーンにおいて一儲けをねらって作曲されたこの4曲のヴァイオリンソナタは、モーツァルトのこのジャンルの作品の中では重要な位置を占めています。特に、K379のト長調ソナタの冒頭のアダージョや第2楽章の変奏曲(アインシュタインは「やや市民的で気楽すぎる変奏曲」と言っていますが・・・^^;)は一度聴いたら絶対に忘れられない魅力にあふれています。また、K377の第2楽章の変奏曲も深い感情に彩られて忘れられません。
ここでは、ヴィオリンとピアノは主従を入れ替えて交替で楽想を分担するだけでなく、二つの楽器はより親密に対話をかわすようになってます。これら4曲は、マンハイムのソナタよりは一歩先へと前進していることは明らかです。

ヴァイオリンソナタ第32番 ヘ長調 K.376(374d)


  1. 第1楽章:Allegro

  2. 第2楽章:Andante

  3. 第3楽章:Allegretto grazioso


  4. セルのピアノは一つ一つの音の粒立ちが明確であり、その明確な音が流れるように紡がれていく


    これもまた考えようによっては不思議な録音です。
    何が不思議かというと、どういう風の吹き回しでこういう録音が計画されたのかがなかなか見えてこないのです。

    言うまでもなく、ピアノを担当しているセルはクリーブランド管弦楽団という希有なオーケストラを育て上げた偉大な指揮者です。
    ヴァイオリニストのドルイアンはそのセルのもとでコンサートマスターを長く(1960年~1969年)つとめた人物でした。
    レーベル側からすれば、こういう地味な作品は、それなりにネームバリューのあるソリストを組み合わせないと売れないでしょうから、どう考えても嬉しい「企画」ではありません。

    当然の事ながら、ドルイアンが提案して実現するようなものでもありませんから、これはセルの提案という可能性が高くなります。
    そう言えば、セルは55年にシゲティとのコンビで素晴らしい録音を残しています。

    あの録音は、なぜか2曲だけがセルとのコンビで録音され、残りの13曲はホルショフスキーが担当しています。そして、そのホルショフスキーとの録音はなぜかお蔵入りをしてしまい、このドルイアンとの録音が行われたときも未だお蔵に入ったままの状態でした。

    おそらく、セルはモーツァルトの音楽を心から愛していて、そして深く尊敬もしていたはずです。
    もしかしたら、この小さな宝石のようなソナタを、自分のピアノで、自分が理想とするような演奏で残したくなったのかもしれません。そして、そう考えると、ヴァイオリニストには灰汁の強いソリストよりは自分の意向が100%反映できるドルイアンを選択したのも納得がいきます。

    あのシゲティとの録音では、シゲティはヴァイオリンをナイフのようにして、ソナタの中心に潜んでいる水晶のようなコアを削りだそうとするような演奏でした。しかし、セルにしてみれば、モーツァルトの音楽はもう少し美しく響くべきだと感じていたはずです。
    そして、出過ぎることもなく、完璧にヴァイオリンを美しく響かせる技術となればドルインは明らかにシゲティよりも上です、というか、そう言う点に限ればほとんどのヴァイオリニストはシゲティよりも上なのですが・・・。

    ここでのピアノとヴァイオリンの関係はそのまま指揮者とコンサートマスターの関係です。
    セルのピアノは一つ一つの音の粒立ちが明確であり、その明確な音が流れるように紡がれていく様は、セルが目指した音楽のありようと全くの相似形です。
    それにしても、セルのピアノは実に見事なものです。

    指揮者でピアノ上手といえばサヴァリッシュが思い浮かぶのですが、それよりも上手いかもしれません。
    聞くところによると、彼の同門にはルドルフ・ゼルキンがいて、そのピアノの力量に関してはゼルキンも一目置いていたとのことです。

    そして、それに付き従うヴァイオリンはソリストとして目立とうという山っ気が皆無であるがゆえに、結果として透明度の高い精緻なモーツァルトが立ちあらわれています。

    そして、それは同時にドルイアンにとっても、自分の技量と音楽性を刻み込んだ記念すべき一枚となったことも事実です。
    そう考えれば、これはもしかしたら、長年わたって自分を支えてきてくれたコンサートマスターへのセルからのボーナスだったのかもしれません。

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