TAS Super LPの稿で同様のことを書かれていて思い出したのでこちらに投稿させて頂きます。
1962年4月6日のコンサートの件については諸説あるようですが、CDのライナー・ノート等の記述によると、”事件”は4月5、6、7、8日の一連のコンサートの中でのことだったようです。4回のコンサートのうちグールドが出演したのは5、6、8日の3日で録音はシリーズ2日目の録音と言う事になります(7日はブラームスの交響曲第1番が予定されていてグールドは中休みだった)。
で、バーンスタインは初日の5日にも同様の”スピーチ”をやったがあまり話題にもならなかったが、6日のスピーチにH.ショーンバーグが噛み付いて一躍問題が拡大したということのようで、演奏そのものは5、6日でそれほど変わってはいなかったようです(少なくとも一楽章だけで40分以上・・・と言うのは解釈云々の問題以上に演奏の技術上の問題でも少し無理があるように思います)。
あとの逸話としてニューヨーク・フィルのアシスタント・コンダクターの述懐によると、最終日8日のコンサート前にバーンスタインがグールドに「君のやり方で2回やったんだから、今日はちょっと妥協しないか?」と提案したところグールドも同意したので、8日はバーンスタインのスピーチもなく演奏も"a hair or two brisker"だった・・・とあります。
また、面白いのはグールドは同年10月9日にもPeter Adler & Baltimore S.Oと共演してブラームスの1番を演奏しているのですが、その録音によると演奏は第1楽章:21分20秒、第2楽章:9分32秒、第3楽章:12分23秒で、トータル43分余り・・・とNYでの演奏より10分以上早いテンポで駆け抜けています。演奏はバックが少々頼りない演奏ですが、グールドのピアノはとても美しく、これはこれでなかなか(少なくとも私には)好ましいものです。
ほんの半年でこうまで演奏が変化しているのは、グールドが”反省”したのか、色々実験してみたかったということか、あるいはグールドが”不調(好調?)”だったということか、今となっては謎とも言えますが、それも又グールドらしいと言えるのかもしれません。
2021-06-05:Hiro
この演奏会に至る過程についてバーンスタイン自らの書簡が公表されています。
The Truth About a Legend by Leonard Bernstein (https://leonardbernstein.com/lectures/writings/the-truth-about-a-legend-glenn-gould)
エルガー:「ゲロンティアスの夢」第2部 (Elgar:The Dream Of Gerontius, Op. 38 Part2)
マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団 (T)リチャード・ルイス (MS)マージョリー・トーマス (Br)ジョン・キャメロン ハダースフィールド合唱協会 1954年11月4日~6日録音(Sir Malcolm Sargent:Liverpool Philharmonic Orchestra (T)Richard Lewis (MS)Marjorie Thomas (Br)John Cameron Huddersfield Choral Society Recorded on November 4-6, 1954)
[2026-07-24]
エルガー:「ゲロンティアスの夢」第1部 (Elgar:The Dream Of Gerontius, Op. 38 Part1)
マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団 (T)リチャード・ルイス (MS)マージョリー・トーマス (Br)ジョン・キャメロン ハダースフィールド合唱協会 1954年11月4日~6日録音(Sir Malcolm Sargent:Liverpool Philharmonic Orchestra (T)Richard Lewis (MS)Marjorie Thomas (Br)John Cameron Huddersfield Choral Society Recorded on November 4-6, 1954)