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ハイドン:交響曲第88番 ト長調 「V字」


フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団 1960年2月6日録音


フィナーレをどうするか?

交響曲と言えばクラシック音楽における王道です。お金を儲けようとすればオペラなんでしょうが、後世に名を残そうと思えば交響曲で評価されないといけません。ところが、この交響曲というのは最初からそんなにも凄いスタンスを持って生まれてきたのではありません。もとはオペラの序曲から発展したものとも言われますが、いろんな紆余曲折を経てハイドンやモーツァルトによって基本的には以下のような構成をもったジャンルとして定着していきます。


  1. 第1楽章 - ソナタ形式

  2. 第2楽章 - 緩徐楽章〔変奏曲または複合三部形式〕

  3. 第3楽章 - メヌエット

  4. 第4楽章 - ソナタ形式またはロンド形式



いわゆる4楽章構成です。
しかし、ハイドンやモーツァルトの時代には舞曲形式の第3楽章で終わってしまうものが少なくありません。さらに、4楽章構成であってもフィナーレは4分の3とか8分の6の舞曲風の音楽になっていることも多いようです。
もう少し俯瞰してハイドンやモーツァルト以降の作曲家を眺めてみると、みんな最終楽章の扱いに困っているように見えます。それは、交響曲というジャンルに重みが加わるにつれて、その重みを受け止めて納得した形で音楽を終わらせるのがだんだん難しくなって行くように見えるのです。
その意味で、ベートーベンのエロイカはそう言う難しさを初めて意識した作品だったのではないか気づかされます。前の3楽章の重みを受け止めるためにはあの巨大な変奏曲形式しかなかっただろう納得させられます。そして、5番では楽器を増量して圧倒的な響きで締めくくりますし、9番ではついに合唱まで動員してしまったのは、解決をつけることの難しさを自ら吐露してしまったようなものです。
そう言えば、チャイコの5番はそのフィナーレを効果に次ぐ効果だとブラームスから酷評されましたし、マーラーの5番もそのフィナーレが妻のアルマから酷評されたことは有名な話です。さらに、あのブルックナーでさえ、例えば7番のフィナーレの弱さは誰しもが残念に思うでしょうし、8番のあのファンファーレで始まるフィナーレの開始は実に無理をして力みかえっているブルックナーの姿が浮かび上がってきます。そして、未完で終わった9番も本当に時間が足りなかっただけなのか?と言う疑問も浮かび上がってきます。いかにブルックナーといえども、前半のあの3楽章を受けて万人を納得させるだけのフィナーレが書けたのだろうとかという疑問も残ります。

つまり、ことほど左様に交響曲をきれいに締めくくるというのは難しいのですが、その難しさゆえに交響曲はクラシック音楽の王道となったのだとも言えます。そして、交響曲は4楽章構成というこの「基本」にハイドンが到達したのはどうやらこの88番あたりらしいのです。
というのも、ハイドンはこの時期に4分の2で軽快なフィナーレをもった作品を集中的に書いているのです。常に新しい実験的な試みを繰り返してきたハイドンにとって一つのテーマに対するこの集中はとても珍しいことです。
ああ、それにしてもこの何という洗練!!そういえば、この作品を指揮しているときがもっとも幸せだと語った指揮者がいました。しかし、この洗練はハイドンだけのものであり、これに続く人は同じやり方で交響曲を締めくくることは出来なくなりました。その事は、モーツァルトも同様であり、例えばジュピターのあの巨大なフーガの後ろにハイドンという陰を見ないわけにはいかないのです。

ハイドンと凄み


さてさて、このハイドンの交響曲をライナーの指揮で聞いてみて、どう考えたらいいものかと悩んでしまいます。悩むというのは、率直に言えば、聞いてみてあまり喜ばなかったと言うことです。
「V字」という不思議なあだ名を持つこの作品は、何故か多くのマエストロ達が好んで取り上げています。そして、それぞれの流儀でこのシンフォニーを料理していますから、聞き手の方はそれだけ贅沢になっています。

確かに、この演奏はライナーとシカゴ響と言う組み合わせから想像されるものが全て実現されています。ところが、それがあまりにも完璧に実現しているがゆえに、何もここまでキチキチと締め上げるように演奏しなくてもいいだろうという気もしてくるのです。
そう言えば、これと同じ方向性でセル&クルーブランド管もたくさんのハイドンの交響曲を録音しているのですが、こういう息苦しさは感じません。

そこにあるのは、吉田大明神がいみじくも喝破したような青磁や白磁のような手触りです。そう言うこのコンビならではの美質がもっともよくあらわれているのがハイドンの交響曲だったとも言えます。

ところが、不思議なことに、シュトラウスのウィンナーワルツなどを聴くと、この両者の関係は逆転するのです。
「ウィンナ・ワルツ名演集」と題されたライナーの一枚からは豪華な衣装に身をつつんだ紳士淑女による華やかな舞踏が想起されます。それに対して、セルの棒になるウィンナーワルツは端正であっても夢見るような豪華さにはかけます。
たとえてみれば、どこか士官学校の舞踏会みたいな風情が漂うのです。

それだけに、ライナーとハイドンというのはどこかうまくマッチしない部分があるのかもしれません。
ところが、この3年後にもう一枚ハイドンの録音をライナーは残しているのです。

この95番と101番の交響曲は63年の9月に録音が行われていますから、まさに亡くなる2ヶ月前の録音であり、それは同時にライナーの長い音楽家人生を締めくくる最後の録音でした。

そして、オーケストラも長年の手兵だったシカゴ響ではなくて(シカゴ響との最後の演奏会は63年4月で、その後にシカゴ響の音楽顧問も退任している)、「Fritz Reiner And His Orchestra」とクレジットされています。
もちろん、そんなオーケストラが実在するわけはないのであって、録音がニューヨークで行われていることから、おそらくはニューヨークフィルあたりが契約の問題でそう言う名前を使ったのではないかと想像されます。

ただし、裏はとりたいのであれこれ調べてみると、「Fritz Reiner And His Orchestra」というのはニューヨークフィル、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、シンフォニー・オブ・ジ・エアなどからピックアップされたメンバーで構成された混成オーケストラだったようです。ただし、コンサート・マスターにはシカゴ響のヴィクター・アイタイを据えていたようなので、そう言う混成部隊の弱点を彼の尽力でカバーしようとしたことは伺えます。

言うまでもないことですが、オーケストラというのは一つの有機体ですから、腕利きのメンバーを集めてきた臨時編成のオケというのは常設のオケと較べれば本質的な部分で欠落があります。
それは「個の力」よりは「組織としての機能」がものを言うアメリカンフットボールと似ていると言えるのかもしれません。

オールスターチームというのは客は喜ぶでしょうが、どれほどのオールスターを集めたとしても長年組織としての力を培ってきた単独チームと対戦すれば全く勝負にならないと言われています。
オーケストラもまた同じです。
ですから、この最後の録音には最強シカゴ響の凄みはありません。はっきり言えば、かなり緩いです。(ただし、最強シカゴ響比^^:)

しかし、その緩さがちょうどいい具合にハイドンの交響曲とブレンドされて、客観的に見ればこちらの方がハイドンらしい音楽になっていることも否定できません。
しかし、それは裏返してみれば、こういうハイドンならば別の場所でも聞けると言うことになります。何もこのコンビで聞かなければいけないという必然性はないと言うことです。

それに対して60年にシカゴ響と録音した88番「V字」の演奏こそは最強シカゴ響とのコンビでなければ聞くことのできない「凄み」があったことに気づかされます。
ハイドンの交響曲にそう言う「凄み」が必要なのかという根本的な疑問はあるのですが、凄みとドスのきいたハイドンというのはここでしか聞けないというのも事実なのです。


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