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ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調

ジュリアード弦楽四重奏団:1959年5月18日,21日録音

Ravel:String Quartet in F major [1.Allegro moderato]

Ravel:String Quartet in F major [2.Assez vif, tres rythme]

Ravel:String Quartet in F major [3.Tres lent]

Ravel:String Quartet in F major [4.Vif et agite]




ドビュッシーはドビュッシーとなり、ラヴェルはラヴェルとなった作品

ラヴェルとドビュッシーの弦楽四重奏曲をカップリングして一枚のLPもしくはCDとして発売するというのは一つの定番です。
音楽史的に言えば、どういう根拠があるのかわかりませんが、両者は「印象派」というカテゴリーにひとくくりにされます。そして、そういうカテゴリーにおける「弦楽四重奏」の作品はほかにはあまり思い当たらないからどうしてもこの二人は仲良しになってしまったようです。

この二作品はともに若い時期の作品であり、己の独自性を確立した作品でもあります。
言葉をかえれば、この作品によってドビュッシーはドビュッシーとなり、ラヴェルはラヴェルとなったのです。ですから、この作品にはそう言う二人の違いが色濃く刻み込まれています。

「ドビュッシーは耳である」と言われたように、彼は誰もが聞かなかった微妙な和声の響きを探り当てました。あのどこか茫漠として幻想的な響きは、そういう彼の「耳」の賜物でした。たとえその和声が、過去の歴史において「禁則」とされていても、それをひとたびドビュッシーが使ったのならば「彼がそれでいいというのならそれでいいのだろう」といわれたものでした。

それと比べればラヴェルはそのような「禁」を犯すのではなく、今まで積み上げられてきた西洋音楽の技法のすべてを精緻な細工物のようにくみ上げて見せた人でした。ドビュッシーが耳ならば、ラヴェルは時計職人、それもとびっきりの腕利きのスイスの時計職人でした。
そして、その特徴はこの二つの弦楽四重奏曲にも表れています。

ドビュッシーの弦楽四重奏曲はワーグナーの支配力から抜け出すためにどうしても必要な作品でした。
彼は来るべき新しい音を聞くためにはワーグナーのような音楽は忘れてしまわなければいけないと語っていました。そして、そんな忘れたさきに生まれたのがこの弦楽四重奏曲でした。
古い調性に基づく音楽をどのようにして克服していくのかと言うことは、ワーグナー以後のプロの作曲家にとっては避けて通れない課題だったはずなのですが、ドビュッシーは古い教会旋法などを活用することで、今までの誰もが気づかなかった繊細で茫漠とした響きを音楽の中に導入したのです。

当然の事ながらそれらの響きは当時の聴衆にとっては「不協和音」の一種として受け取られたはずです。
ですから、この作品が発表されたときの聴衆の反応は極めて冷淡だったと伝えられています。

しかし、多くが冷淡な態度を取る中で、この作品に新しい時代の到来を見いだした人もいました。「魔法使いの弟子」で有名なポール・デュカスもそんな一人で、彼は「ハーモニー自体も非常に大胆であるがいささかも耳障りではない。こうした不協和音は不快どころか全体の複雑な流れの中では協和音よりもかえって調和しているほどだ。」

「こうした不協和音は不快どころか全体の複雑な流れの中では協和音よりもかえって調和しているほどだ。」という言葉は、この作品の本質をもっとも見事に言い当てています。

理屈で分析すればイレギュラーだが、虚心坦懐に耳を傾ければ美しい。
しかし、多くの人は(とりわけ専門家は)、過去の理屈で分析をして否定的な態度を取るのですが、やがて作品の評価が定まってくると過去の分析を翻して「第1主題はト短調のように聞こえるが、イ音にフラットがついているのでピポ・フリギア旋法になっていると考えられる」と分析しなおすのです。
では、それがト短調ではなくてピポ・フリギア旋法になっていることを「発見」することで音楽の聞こえ方が変わるのでしょうか?

それよりは、あの圧倒的ではあってもぶあつくて重いワーグナーの世界とは全く違う幻想的な世界への扉が開かれたことを感じるには、ひたすら虚心に聞くことが大切なのではないでしょうか。
とは言え、その「新しい世界」がどうしても苦手な「私」が居ることも事実なのですが・・・(^^;

それと比べれば、ラヴェルの弦楽四重奏曲は幻想性よりはスッキリとした響きが特徴です。響きは基本的に優雅でノーブルであり、そこには「構成」しようとする意志が貫徹しています。
確かに、実際に聞いてみれば、どこかドビュッシーの響きを思わせるような部分もあるのですが、それは明らかにラヴェルが目的としたものではありません。

しかしながら、ドビュッシーはその類似性を喜び、この作品の中に自らが切り開いた道への賛同者が現れたと感じてラヴェルに手紙を送っています。

「音楽の神々の名とわが名にかけて、あなたの四重奏曲を一音符たりともいじってはいけません。」

しかし、ラヴェルはこの作品を何度も改訂して音符を弄ることになるのです。
ドビュッシーにとって音楽とは自らの霊感が聞き取った響きの世界だとするならば、ラヴェルにとってはそれは強固な意志によって構築される世界だったのです。

ですから、この二人は似ている部分もあるのでしょうが、その本質的な部分でラヴェルは保守的だったと言えます。
だから、ドビュッシーの音楽に違和感を拭いきれない「私」もラヴェルの音楽ならば楽しく聞けてしまうのでしょう。

ついでながら、あの吉田秀和がラヴェルを全く評価しなかったのは有名な話ですが、おそらくは20世紀になっていつまでこんな古い音楽をやっているんだという思いがあったのでしょう。


篝火とスポットライト


弦楽四重奏曲というジャンルはドイツという国と深く結びついています。その哲学的で深い精神性に満ちた(^^;音楽は、まさにドイツの専売特許みたいなジャンルでした。
そう言う特別な世界に突如参入してきた二人の若きフランス人の作品は明らかに異端です。

しかし、その異端ゆえに、この作品をどのように演奏するのかとなると難しい問題をはらんでしまいます。
弦楽四重奏曲は「4人の賢者の対話」と呼ばれます。
4つの楽器が対等にお互いの響きを緻密に重ね合わせて築き上げていく事が大前提となるのですが、この二人の、とりわけドビュッシーのような作品だとそれだけではどうにも上手くいかない雰囲気があります。

ですから、この作品に関しては長く「パレナン四重奏団」による録音がひとつのスタンダードとして評価されてきました。
その世界は言ってみれば「幽玄」の世界ということになります。

つまりは、四隅に篝火がたかれる中で演じられる能舞台のような世界です。
細かいところまではあまり見えませんので、何となく音程が不正確じゃないかな…などということは気になりません。(気にしてはいけません^^;)
逆に、その篝火が演出する微妙な光と影の世界に幽玄の境地を感じとるべき演奏なのです。

パレナン弦楽四重奏団はモノラルとステレオで2度録音しているのですが、残念ながらステレオ録音の方は未だに隣接権が消滅していません。ですから、モノラル録音の方しか紹介できないのですが、録音年代も50年代初頭としか分かっていない代物で、録音のクオリティもあまりよくないのでますます幽玄なる演奏になってしまっています。

そして、その演奏からおそらくは10年も経たない頃にジュリアード弦楽四重奏団が録音を残しています。
もしも、長きにわたってパレナン的な世界に親しんできた人ならば仰け反ってしまうような演奏です。

パレナンが篝火の中で演じられる世界だとすれば、これは明らかにスポットライトを浴びる中で演じられる世界になっています。
そこでは茫漠たる幽玄の世界の細部がくっきりと浮かび上がっています。そして、その「幽玄」なるものがどのような仕掛けによって成し遂げられているのかを誰の目(耳)にもはっきりとするようにさらけ出しているのです。

率直に言えば趣味が悪いのですが、それでも思わず覗いてみたくなるのが人の性です。
そして、そう言う露悪趣味を満足させるために解像度も抜群の録音になっています。

話は唐突に別の方向に跳んでしまうのですが、あのトランプがパリ協定からの離脱を表明した日にこの二つの演奏を聴いていると、あらためて「欧米」という言葉でこの二つの世界を一緒にして表現することの愚を思い知らされるのです。



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