クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~



AmazonでCDをさがすAmazonでオーマンディ(Eugene Ormandy)のCDをさがす
Home|オーマンディ(Eugene Ormandy)|チャイコフスキー:弦楽セレナード ハ長調 Op.48

チャイコフスキー:弦楽セレナード ハ長調 Op.48

オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1960年4月10日録音

Tchaikovsky:Serenade for Strings in C Major Op.48 [1.Pezzo in forma di sonatina. Andante non troppo - Allegro moderato ]

Tchaikovsky:Serenade for Strings in C Major Op.48 [2.Valse. Moderato. Tempo di Valse]

Tchaikovsky:Serenade for Strings in C Major Op.48 [3.Elegia. Larghetto elegiaco ]

Tchaikovsky:Serenade for Strings in C Major Op.48 [4.Finale (Tema russo). Andante - Allegro con spirito ]


スランプ期の作品・・・?

まずは、弦楽セレナード、そして4つの組曲、さらにはマンフレッド交響曲の6曲です。マンフレッド交響曲は、その標題性からしても名前は交響曲でも本質的には多楽章構成の管弦楽組曲と見た方が自然でしょう。
まず第4交響曲は1877年に完成されています。


  1. 組曲第1番:1879年

  2. 弦楽セレナード:1880年

  3. 組曲第2番:1883年

  4. 組曲第3番:1884年

  5. マンフレッド交響曲:1885年

  6. 組曲第4番:1887年



そして、1888年に第5交響曲が生み出されます。
この10年の間に単楽章の「イタリア奇想曲」や幻想的序曲「ロミオとジュリエット」なども創作されていますから、まさに「非交響曲」の時代だったといえます。
何故そんなことになったのかはいろいろと言われています。まずは、不幸な結婚による精神的なダメージ説。さらには、第4番の交響曲や歌劇「エウゲニ・オネーギン」(1878年)、さらにはヴァイオリン協奏曲(1878年)などの中期の傑作を生み出してしまって空っぽになったというスランプ説などです。
おそらくは、己のもてるものをすべて出し切ってしまって、次のステップにうつるためにはそれだけの充電期間が必要だったのでしょう。打ち出の小槌ではないのですから、振れば次々に右肩上がりで傑作が生み出されるわけではないのです。
ところが、その充電期間をのんびりと過ごすことができないのがチャイコフスキーという人なのです。

オペラと交響曲はチャイコフスキーの二本柱ですが、オペラの方は台本があるのでまだ仕事はやりやすかったようで、このスランプ期においても「オルレアンの少女」や「マゼッパ」など4つの作品を完成させています。
しかし、交響曲となると台本のようなよりどころがないために簡単には取り組めなかったようです。しかし、頭は使わなければ錆びつきますから、次のステップにそなえてのトレーニングとして標題音楽としての管弦楽には取り組んでいました。それでも、このトレーニングは結構厳しかったようで、第2組曲に取り組んでいるときに弟のモデストへこんな手紙を送っています。
「霊感が湧いてこない。毎日のように何か書いてみてはいるのだが、その後から失望しているといった有様。創作の泉が涸れたのではないかと、その心配の方が深刻だ。」
1880年に弦楽セレナードを完成させたときは、パトロンであるメック夫人に「内面的衝動によって作曲され、真の芸術的価値を失わないものと感じている」と自負できたことを思えば、このスランプは深刻なものだったようです。
確かに、この4曲からなる組曲はそれほど面白いものではありません。例えば、第3番組曲などは当初は交響曲に仕立て上げようと試みたもののあえなく挫折し、結果として交響曲でもなければ組曲もと決めかねるような不思議な作品になってしまっています。
しかし、と言うべきか、それ故に、と言うべきか、チャイコフスキーという作曲家の全体像を知る上では興味深い作品群であることは事実です。

<弦楽セレナード ハ長調 Op.48>
チャイコフスキーはいわゆるロシア民族楽派から「西洋かぶれ」という批判を受け続けるのですが、その様な西洋的側面が最も色濃く出ているのがこの作品です。チャイコフスキーの数ある作品の中でこのセレナードほど古典的均衡による形式的な美しさにあふれたものはありません。ですから、バルビローリに代表されるような、弦楽器をトロトロに歌わせるのは嫌いではないのですが、ちょっと違うかな?という気もします。
チャイコフスキー自身もこの作品のことをモーツァルトへの尊敬の念から生み出されたものであり、手本としたモーツァルトに近づけていれば幸いであると述べています。ですから、この作品を貫いているのはモーツァルトの作品に共通するある種の単純さと分かりやすさです。決して、情緒にもたれた重たい演奏になってはいけません。


  1. 第1楽章 「ソナチネ形式の小品」

  2. 第2楽章 「ワルツ」

  3. 第3楽章 「エレジー」

  4. 第4楽章 「フィナーレ」




残酷な現実

それにしても、オーマンディに対するこの国における評価の低さには驚いてしまいます。

先日も何気に我が町の図書館に行き、そこでいささか暇をもてあましていたので、そこで「クラシック音楽大全」という凄い名前の付いたシリーズものを手に取ってみました。
中味を見てみると、交響曲とか協奏曲とか、それぞれのジャンルごとに一冊ずつをあてがって全7冊、さらには「20世紀を感動させた21世紀への遺産800タイトル」と銘打った「まとめ」みたいなものも含めると全8冊のシリーズです。つまりは、「それぞれのジャンル毎にそのジャンルを代表する作品の名録音を全部を網羅しました!「どうだ、参ったか!!」というシリーズなのです。

さらに、凄いのは、それぞれの録音を選んだ評論家先生の簡単なコメントが全ての録音毎に掲載されているのですが、字数制限もあって仕方がない面はあるかと思うのですが、どれを読んでも似たり寄ったりの言葉が並ぶのです。

「ピアノは深々とした響きで、語り口は穏やか」とか、「個性を明確にした表現で味わいの深さでは他を圧倒している」とか、「スケールの大きな表現とビロードのような肌ざわり」とか、「円熟した表現で、強靱な精神力が感じられる演奏」なんてな感じです。ちなみに、これは1ページ分に収められたリスト作品の録音に対するコメントの締めの部分からピックアップしたものです。
ちなみに、これがシューマンの作品になると「その深く澄んだ低音はまるで鋼のように響き」とか「唯一無二と言えるような存在感を与えている」とか「憧憬溢れる叙情の表出が素晴らしい」とか「緊張感の中に展開する叙情を変幻自在の音色で綴っていく」となるのです。
上手いこと言い換えるものだと感心してしまいますが、私もまた気をつけなければいけません。

閑話休題。

言いたいのはそれではありません。
何気に交響曲の1冊を眺めていると、全くオーマンディの名前が出てこないことに気づいたのです。いくら評価が低いといっても皆無と言うことはないだろう!と思ってどんどんページを繰っていったのですが、何処まで行ってもオーマンディの名前は出てきません。そして、全てのページも終わろうかという最後近くになってやっとシベリウスの2番のところで始めて名前が登場し、さらに最後の最後、チャイコフスキーの5番のところでもう一度名前が登場しました。
まさに、驚くべき認知度の低さです。

ただ、最近になって彼の録音をまとめて聞いてみると、何となく分かるような部分もあります。
確かに、オーマンディを文化の「保守者(キーパー)}と断じた吉田大明神の影響はこの国では大きいでしょう。しかし、オーマンディを愛するがゆえに、「吉田秀和みたいな音楽の分からない奴が・・・」みたいな言い方は全く正しくありません。

吉田秀和を向こうに回して「俺と較べればあいつなんか音楽のことは何も分かっちゃいない」と言えるような人はまずはいないのです。他者の業績はきちんと認知する必要があります。

確かに、オーマンディとフィラデルフィア管が作り出す音楽の平均点は決して低くはないと思います。おまけに、このコンビのレパートリーは非常に広いので、たまには違う音楽を演奏しろよ!と言いたくなるクライバーさんなんかとは真逆の存在です。
これほどの多様性に満ちた音楽をこれほどのクオリティで、外れ無しに演奏できるというのは凄いことです。

しかし、オーマンディがこの世を去り、フィラデルフィア管も凋落の一途を辿ってしまった「今」という時代から彼の業績を振り返れば、どうしてもこのコンビでなければ!とか、是非ともこのコンビでの録音で聞いてみたい!と言えるような録音はほとんど見あたらない事にも気づかされます。
では詰まらないのか?と言えばそうではなくて、今ここで聞いてもらっているであろう一連のチャイコフスキーのように、どれを聞いても美しく鳴り響いているのです。
しかし、基本的にそこでの造形はきわめて真っ当でありスタンダードなのです。
当然の事ながら、スタンダードに徹してここまで聞かせるというのは、例えばアバドなんかもそう言う側面があったのですが、結構大変なことなのです。(何もしていないように見えて、聞き進んでいくうちに胸が熱くなってくる。)

しかし、それはまた、スタンダードなだけでは「時間」という審判をくぐり抜けて生き残っていくのは難しいという「残酷な現実」も見せつけられることになるのです。
そして、それこそがこの世界の一番怖い面でもあるのです。同じ時代に、同じように独裁政治体制を敷いてオケに君臨したオーマンディとセルを較べてみれば、「時間」という審判者をねじ伏せてしまうのに必要なものは何なのかが、透けて見えてくるような気がします。

オーマンディの録音を聞きながら、彼にはなくてセルにあったものは何だろうと言う思いが頭から離れません。そして、その思いを持って吉田秀和の言葉を噛みしめてみれば、それは意外なほどに正鵠を得ていたのかもしれません。注意しなければいけないのは、その言葉はオーマンディに対する一方的な非難の言葉ではなかったと言うことです。
それは、守るべき基本すらも満足に守れない昨今の体たらくを眺めてみれば分かるはずです。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



2740 Rating: 5.5/10 (124 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント

2016-08-28:クライバーファン


2017-02-23:Sammy





【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2024-03-29]

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(Ravel:Pavane pour une infante defunte)
アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立放送管弦楽団 1954年5月14日録音(Andre Cluytens:Orchestre National de l'ORTF Recorded on May 14, 1954)

[2024-03-27]

ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲, Op.84(Beethoven:Egmont, Op.84)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団 1939年11月18日録音(Arturo Toscanini:NBC Symphony Orchestra Recorded on November 18, 1939)

[2024-03-25]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第2番 ニ長調 K.155/134a(Mozart:String Quartet No.2 in D major, K.155/134a)
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)

[2024-03-23]

ベートーヴェン:ディアベリ変奏曲, Op.120(Beethoven:Variations Diabelli in C major, Op.120)
(P)ジュリアス・カッチェン 1960年録音(Julius Katchen:Recorded on 1960)

[2024-03-21]

バルトーク:弦楽四重奏曲第5番, Sz.102(Bartok:String Quartet No.5, Sz.102)
ヴェーグ弦楽四重奏団:1954年7月録音(Quatuor Vegh:Recorded on July, 1954)

[2024-03-19]

パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調, Op.6(Paganini:Violin Concerto No.1 in D major, Op.6)
(Vn)ジノ・フランチェスカッティ:ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1950年1月15日録音(Zino Francescatti:(Con)Eugene Ormandy The Philadelphia Orchestra January 15, 1950)

[2024-03-17]

チャイコフスキー:交響曲第2番 ハ短調 作品17 「小ロシア」(Tchaikovsky:Symphony No.2 in C minor Op.17 "Little Russian")
ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ミネアポリス交響楽団 1946年3月10日~11日録音(Dimitris Mitropoulos:Minneapolis Symphony Orchestra Recorded on March 10-11, 1946)

[2024-03-15]

ハイドン:チェロ協奏曲第2番 ニ長調 Hob.VIIb:2(Haydn:Cello Concerto No.2 in D major, Hob.VIIb:2)
(Cello)アンドレ・ナヴァラ:ベルンハルト・パウムガルトナー指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ 1958年録音(Andre Navarra:(Con)Bernhard Paumgartner Camerata Academica des Mozarteums Salzburg Recorded on, 1958 )

[2024-03-13]

ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番, Op.72b(Beethoven:Leonora Overture No.3 in C major, Op.72b)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団 1945年6月1日録音(Arturo Toscanini:NBC Symphony Orchestra Recorded on June 1, 1945)

[2024-03-11]

ラロ:スペイン交響曲 ニ短調, Op21(Lalo:Symphonie espagnole, for violin and orchestra in D minor, Op. 21)
(Vn)ジノ・フランチェスカッティ:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1957年4月22日録音(Zino Francescatti:(Con)Dimitris Mitropoulos New York Philharmonic Recorded on April 22, 1957)