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ベートーベン: 交響曲第1番 ハ長調 作品21

フリッチャイ指揮 ベルリンフィル 1953年1月9日~10日録音

Beethoven:Symphony No.1 in C, Op.21 [1.Adagio molto - Allegro con brio]

Beethoven:Symphony No.1 in C, Op.21 [2.Andante cantabile con moto]

Beethoven:Symphony No.1 in C, Op.21 [3.Menuetto. Allegro molto e vivace]

Beethoven:Symphony No.1 in C, Op.21 [4.Finale. Adagio - Allegro molto e vivace]


栴檀は双葉より芳し・・・?

ベートーベンの不滅の9曲と言われ交響曲の中では最も影の薄い存在です。その証拠に、このサイトにおいても2番から9番まではとっくの昔にいろいろな音源がアップされているのに、何故か1番だけはこの時期まで放置されていました。今回ようやくアップされたのも、ユング君の自発的意志ではなくて、リクエストを受けたためにようやくに重い腰を上げたという体たらくです。

でも、影は薄いとは言っても「不滅の9曲」の一曲です。もしその他の凡百の作曲家がその生涯に一つでもこれだけの作品を残すことができれば、疑いもなく彼の代表作となったはずです。問題は、彼のあとに続いた弟や妹があまりにも出来が良すぎたために長兄の影がすっかり薄くなってしまったと言うことです。

この作品は第1番という事なので若書きの作品のように思われますが、時期的には彼の前期を代表する6曲の弦楽四重奏曲やピアノ協奏曲の3番などが書かれた時期に重なります。つまり、ウィーンに出てきた若き無名の作曲家ではなくて、それなりに名前も売れて有名になってきた男の筆になるものです。モーツァルトが幼い頃から交響曲を書き始めたのとは対照的に、まさに満を持して世に送り出した作品だといえます。それは同時に、ウィーンにおける自らの地位をより確固としたものにしようと言う野心もあったはずです。

その意気込みは第1楽章の冒頭における和音の扱いにもあらわれていますし、、最終楽章の主題を探るように彷徨う序奏部などは聞き手の期待をいやがうえにも高めるような効果を持っていてけれん味満点です。第3楽章のメヌエット楽章なども優雅さよりは躍動感が前面にでてきて、より奔放なスケルツォ的な性格を持っています。
基本的な音楽の作りはハイドンやモーツァルトが到達した地点にしっかりと足はすえられていますが、至る所にそこから突き抜けようとするベートーベンの姿が垣間見られる作品だといえます。


精緻さへの執念

フリッチャイと言えば白血病を境として芸風が大きく変わったと指摘されます。しかし、彼が残した録音、そう50年に満たない人生だったにもかかわらず実に多く残された彼の録音を辿ってみれば、その変化は表面的なものであり、本質的な部分においてはそれほど大きく変化していないのではないかと思うようになってきました。

例えば、ベートーベンの録音を辿ってみると以下のようになります。


  1. ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21・・・ベルリンフィル 1953年1月9日~10日録音

  2. ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93・・・ベルリンフィル 1953年10月8日~13日録音

  3. ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 1958年10月6日~13日録音

  4. ベートーベン: 交響曲第9番 ニ短調 作品125 「合唱」・・・ベルリンフィル他 1957年12月28日~1958年1月2日録音

  5. ベートーベン: 交響曲第7番 イ長調 作品92・・・ベルリンフィル 1960年10月3日~5日録音

  6. ベートーベン: 交響曲第5番 ハ短調 作品67 「運命」・・・ベルリンフィル 1961年9月25日~26日録音



これを線引きしてみれば、白血病以前の録音は1953年の第1番と8番の交響曲です。そして、60年代以降の7番と5番が明確に白血病以後の録音となります。
微妙なのは1958年に録音された二つの交響曲です。
フリッチャイはこの年の秋以降に体調の不良を感じるようになり、この年の11月20日に手術を行い、さらに翌年の1月6日に再手術を行っています。つまりは、この二つの交響曲はその様な手術が必要となるような体調不良の中で行われたわけです。
特に、再手術の後は「死線をさまようような絶望的な状態」に陥ったのですから、その4日前までベートーベンの第9の録音を行っていたというのは驚き以外の何ものでもありません。

53年に行われた二つの録音からは、キャリアの階段を駆け上っていく若きフリッチャイの意気軒昂たる姿が垣間見られます。
彼はこの年の11月にアメリカデビューを果たし、翌54年にはヒューストン交響楽団の常任指揮者になる 契約が交わされています。しかしこの契約はフリッチャイが楽団の理事会に突きつけた以下のような要求によって、わずか3ヶ月で終了してしまいます。

その要求というのは、伝えられているところに夜と以下の8項目らしいです。


  1. 今の演奏会場は使い物にならないので、新しいオーケストラ専用ホールを即時建設すること。

  2. 楽員総数を現在の85名から95名に増やし、その約4分の1を入れ替える。

  3. 現在の24週のシーズンを28週にのばし、リハーサルの回数も増やす。

  4. 弦楽器を全て買いかえる。

  5. オペラの上演にふみきる。

  6. 契約4年度にヨーロッパ演奏旅行を行う。

  7. 契約5年度に全米演奏旅行を行う。

  8. 音楽監督の年棒を5万ドルから8万ドルの間に設定する。



同郷の先輩であるセルやライナーに肩を並べようと思ったのかどうかは分かりませんが、ここからは己に対する絶対的な自信がうかがえます。つまりは、フリッチャイという指揮者は自分にはこれだけの値打ちがあるんだという自信の表明です。
そして、楽団の理事会はこの要求に対して「われわれテキサス人はアメリカ国内ではおおぼら吹きの人種として知られているが、さすがおおぼらで有名なハンガリー人は桁外れですな。」と言って契約を終了したのですが、残されたフリッチャイの若き日の録音を聞く限りでは、大ボラ吹きと言われるほどには不当ではないことが分かります。

大切なことは、この若い時代の録音からも、60年代以降の録音で指摘したような精緻さへの執念が貫かれていることです。
違うのは、そこに弾むようなリズム感に裏打ちされた強烈な推進力が内包されていることです。
そして注意が必要なのは、パッと聞く限りではその様な勢いに耳を奪われるのですが、彼が本質的に重視しているのは作品を構成している細部の綾を克明に描き出すことだと言うことです。そして、私のようなセルやライナーの演奏に心惹かれるタイプのものにとっては、もしかしたらこちらの方を高く評価してしまう部分があることも否定できないのです。

60年代以降の録音を聞いていると明らかにテンポが遅くなりますからその様な若さに溢れた推進力は全く影を潜めます。しかし、その遅さが精緻さへの執念をはっきりと聞き手の耳も届けてくれます。
しかし、そのテンポの遅さは時として、前に進むことを拒否しているように聞こえるときがあります。
それは、もしかしらファウストの「時よ止まれ お前は美しい」に似たものすら感じ取れる「遅さ」です。

おそらく、彼は己の人生に残された時間はそれほど多くないことは覚悟していたでしょう。ならば、今、自分の前を流れ去っていこうとする音楽の美しさを、その細部の細部に至るまで見届けたかったことでしょう。それ故に、その音楽は「時よ止まれ」と言いたくなるほどの美しさを身にまとうことになりました。
しかし、その美しさはあまりにも痛ましいのです。

芸には上りと下りがあります。
多くの芸術家はその山を長い時間をかけて上り、そして長い時間をかけて下っていきます。
しかし、フリッチャイは白血病という病によって、あまりにも短い時間で頂へ登り詰め、そしてさらに短い時間で下っていきました。人はその見事な下りに涙するのですが、そして、その事は否定はしないのですが、己を信じて頂への急坂を一気に駆け上っていった上りの時代の彼にも心を寄せてみたいと思います。

ただ残念なのは、この上りと下りが交錯する病の時期の音楽には、戸惑いが見られる事です。
とりわけ、エロイカの演奏は立派であることは否定しないのですが、53年に聞くことが出来た弾むような推進力は影を潜めていますし、この後の時を止めたくなるような佇まいにもいたっていません。
しかし、それ故に、病を前に戸惑っているフリッチャイの姿が垣間見られるような気がしてして、その立派さの中に痛ましさを感じてしまう私がいます。

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