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R.シュトラウス:交響詩「ドンファン」 作品20

クレメンス・クラウス指揮 ウィーンフィル 1950年6月16日録音

Richard Strauss:Don Juan, Op.20


シュトラウスの交響詩第1作

交響詩の歴史を振り返ってみると、ベルリオーズに源を発し、それをリストが引き継いで、リヒャルト・シュトラウスが完成させたといっていいでしょう。そんな、完成者シュトラウスの交響詩第1作となったのがこの「ドン・ファン」です。もっとも、作品そのものとしてはすでに「マクベス」が完成していたのですが、ビューローの忠告で改訂することとなったために、この「ドン・ファン」が最初の完成作品となったわけです。

ドン・ファン伝説はスペインで生まれたものですが、その後ヨーロッパ全体に広がっていき、ついにはあのモーツァルトでさえオペラの題材として取り上げるまでになります。もちろん、音楽の分野だけでなく、詩や戯曲にも幅広く取り上げられていくようになります。
言うまでもなく、ドン・ファンとは好色な貴族として描かれ、それは17世紀のスペイン宮廷の色と欲に満ちた権力者たちへの痛烈な皮肉・風刺として生み出されたものでした。
しかし、そのドン・ファン伝説は時代とともに次第に変容していきます。特に、19世紀に入って、ドイツの詩人レーナウが描いた「ドン・ファン」は、求めても求め得ない至高の女性を追い求める理想主義的な人物として描かれるようになります。ですから、レーナウの描くドン・ファンはモーツァルトのオペラのように地獄に落ちるのではなく、「薪は尽きたり。炉辺は暗く寒くなれり」と呟いて、一人寂しくこの世を去っていくことになります。

シュトラウスがその物語に共感して音楽化を思い立ったドン・ファンは好色な貴族としてのドン・ファンではなく、レーナウが描く寂しい理想主義者としてのドン・ファンでした。ですから、モーツァルトのように華々しい「地獄落ち」でクライマックス!!・・・と言うことはなく、静かに消え入るように音楽は閉じられます。
専門家の言によると、シュトラウスの交響詩は「客観化」の時代から「主観化」の時代、そして最後に「普遍化」の時を過ぎて、次の「オペラ」の時代へと遷移していくそうです。何だか、よく分からない話ですが、要は、交響詩を作り始めた初期の時代は、作品と私生活の間にはあまり関連性がないと言うことです。
確かに、「死と変容」にしても、彼は死の危険を感じるような重病を経験したわけでもありませんし、この「ドン・ファン」にしても理想の女性を追い求めて破滅的な人生に陥る危険に遭遇したわけでもありません。
一説によると、この作品には、将来彼の妻となるパウリーネとの関係が投影していると言われますが、二人はこの後目出度くゴールインして終生幸福な結婚生活をおくるようになるのですから、あまり深読みは禁物かもしれません。
個人的には、後の自己顕示欲の塊みたいな「英雄の生涯」なんかを書くようになるシュトラウスよりは、音楽のドラマとしてスマートに、そして客観的に描ききった初期作品の方が好みです。


こんなにも面白いリヒャルト・シュトラウスの演奏があったのか

ふと更新履歴を確認していて、クレメンス・クラウスはシュトラウス一族のワルツやポルカ、喜歌劇「こうもり」の録音しかアップしていないことに気づきました。確かに、クラウスはウィーンフィルによるニューイヤーコンサートの生みの親ですから、シュトラウス一族とは切っても切れない関係にはあるのですが、それではまるでお正月になるたびに小遣い稼ぎのためにやってくる、頭に「ウィーン」と名の付いた得体の知れないオケとその指揮者など同類のように勘違いされそうです。(さすがに、そこまでは思われないか・・・^^;)

そこで、棚の奥の方から彼の師匠筋に当たるリヒャルトの方の録音を引っ張り出してきました。古い録音ですし、あまり期待もしていなかったのですが、これが聞いてみるとどれもこれも実に興味深い演奏なのです。
正直言って、こんなにも面白いリヒャルト・シュトラウスの演奏があったのかと、心底感心させられます。この上もなく蠱惑的で優美でしなやかで、それでいて面白さに満ちあふれた音楽による「お話」がここにはあります。

クラウスという人の経歴をザッと振り返ってみるとこんな感じです。


  1. 1929年:フランツ・シャルクの後任としてウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任

  2. 1930年:ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの後任としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任する。

  3. 1934年:国立歌劇場を失脚してウィーンを離れる。

  4. 1935年:ナチスと衝突して辞任したエーリッヒ・クライバーの後任として、ベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任する。

  5. 1937年:ナチスによって辞任に追いやられたハンス・クナッパーツブッシュの後任としてバイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任する。

  6. 1941年:ナチスによりザルツブルク音楽祭の総監督に任命される。



若くしてウィーンを手中に収めたものの、結局は数年で失脚し、その後はナチスからの引きで要職を歴任したのが戦前のクラウスでした。確かに立派な経歴なのですが、その後の歴史を知るものにとってはほぼ「最悪」の道行きです。
それでも、彼はナチスの党員ではなかったことを持って擁護する向きもあるのですが、最近では1933年4月に夫人とともに入党を申し出た事実が明らかになっています。幸いだったのは、その入党の申し込みが、ナチスからも職を求めるための「見え透いた日和見行為」として拒否されたことです。
それでも、「入党」していなかったという事実は重くて、戦後すぐは演奏活動が禁止されたものの非ナチ化裁判において無罪を勝ち取る大きな要因となりました。


  1. 1945年:ナチスに協力したという容疑で連合軍により演奏活動の停止を命ぜられる。

  2. 1947年:非ナチ化裁判において無罪となり、活動を再開する。

  3. 1954年:メキシコへ演奏旅行に出かけ、演奏会直後に心臓発作のため急逝。



トスカニーニ流に言えば「いかなる理由があれ、ナチスに荷担したものは全てナチスである」はずなので無視してもいいかとは思うのです。さらに言えば、戦時中にフルトヴェングラーがクラウスのことを「ベートーベンの演奏も出来ない」のでは「ドイツ本来の音楽家と呼ぶことはまったくできません」と批判したように本流の音楽家でないことも否定しようがないのです。

ですから、歴史の中に消えていっても仕方のない存在のような気もします。
それでも、ニューイヤーコンサートのシュトラウスだけでなく、彼の師匠筋に当たるシュトラウスの方も、最初にも述べたように、困ってしまうほど面白いので困ってしまうのです。

昨今は、シュトラウスの交響詩などと言えば、スコアを丹念に分析して、それをこの上もなくバランスよく精緻に響かせる演奏スタイルが一般的です。そういうスタイルで演奏されると、響きは蒸留水のように薄くさらさらしていて、美しいことは確かに美しいのです。そういうベクトルでこのクラウスの演奏を聴いてしまうと、これは正直言ってアマチュア以下です。
しかし、弦楽器の優美な響き、管楽器のハッとするような美しさ、そして何よりも「交響詩」とは「音楽によるお話」だというスタンスにたてば、これほどまでに分かりやすくて楽しい演奏(お話)は他には思い当たりません。

もちろん、同じ弟子筋でも、セルなんかになるとそういう面白さをより高い次元で実現しているので、そういうものと較べてしまうと一時代前の音楽家だとは思います。
しかし、たまにこういう一昔前の音楽を聞いていると、ひたすら精緻にバランスよく鳴らすだけの演奏に接したときに、「お前さん。頑張っているのは認めるが、音楽ってのはそれだけじゃ足りないものがあるんだよ。」と言うことに気づかせてくれます。

そして、あらためて60を超えたばかりの彼の死の早さには驚かされます。
戦前・戦中に「ナチスの指揮者」と言われたことと、その言われても仕方のない己の活動を強く恥じ、反省する弁を戦後になってから残しています。しかし、そういう政治的荒波は彼の精神と肉体を深く傷つけ、それが彼の早い死を招いたことは間違いないようです。

彼にカラヤンの半分程度の図太さと肝の太さがあり、その結果としてあと10年の活躍が許されていれば、随分と面白い録音をたくさん残してくれたかもしれません。

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