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ドビュッシー:12の練習曲 第2巻

(P)ギーゼキング 1954年12月7~9日&11日録音




ドビュッシーのピアノ作品の概観

フェルベールのおかげでドビュッシーのピアノ曲を少しは楽しく聴けるようになってきました。少なくとも、以前のような「聞いているうちに必ず眠ってしまう」というような拒否感はなくなってきました。そして、これはいつも不思議に思うのですが、そうやって一度拒否感がなくなってしまうと、今まで「眠って」しまっていた演奏もそれなりに面白く聴けるようになってくるのです。
不思議と言えば不思議な人間の感性です。

そして、そうやってある程度まとまってドビュッシーのピアノ曲を聴いていると、以下のような区分けも何となく納得できます。
ドビュッシーのピアノ強は、その創作年代と発展の過程をもとにすると、以下のように区分されるそうなのです。


  1. 1880年~1890年:青春時代の作品(「2つのアラベスク」「夢想」など)

  2. 1890年~1901年:成熟に達する過渡期の作品(「ベルガマスク組曲」「ピアノのために」など)

  3. 1903年~1907年:成熟期の最初の作品(「版画」「映像」」など)

  4. 1908年~1909年:一段落して内輪に眼が向けられた作品(「子供の領分」「ハイドン礼賛」など)

  5. 1909年~1913年:成熟期の次のステップに向かう作品(「前奏曲集」など)

  6. 1915年~:ドビュッシー音楽の行き着いた姿を示す作品(「練習曲集」)



もちろん、第6期を前にしても「おもちゃ箱」とか「英雄的な子守歌」のようなそれほど重要とは思われない作品は存在します。
しかし、こうして眺めてみると、ドビュッシーのピアノ音楽がどのように成熟していったのかが納得できます。

初期の作品は、例えば「2つのアラベスク」や「ベルガマスク組曲」のように、ドビュッシーらしい響きを持ちながらも、その旋律ラインの美しさが特徴的です。
ですから、ドビュッシーの作品で人気があるのはこの時期の作品に集中しています。

「2つのアラベスク」の第1曲「プレリュード」冒頭の美しいアルペッジ、「ベルガマスク組曲」第3曲「月の光」のロマンティックな情緒は高いポピュラリティを持っています。
司会、これを持ってドビュッシーのピアノ曲を代表させると大きな間違いを引き起こします。

やがて、彼は「版画」において新しい方向性を模索し始めます。
専門的な音楽教育とは無縁だった人なので詳しいことはよく分からないのですが、聞くところによると、ここで初めてドビュッシーは古典的な和声理論ではNGとされていることを導入したらしいです。
具体的には、第1曲の冒頭から嬰ト音と嬰へ音が鳴るらしいのですが、そんな小難しいことは分からなくても、この作品の冒頭部分を聞くだけで、には今までにない響きが存在することは容易に了簡できるはずです。
そう言う意味で、一般的に「印象派」と呼ばれるドビュッシー的な世界はここからスタートします。

そして、この方向性はこれに続く2集の「映像」によってさらに先へと進められます。
そこでは、音楽は機能的な和声から自由となり、旋律や旋律の展開ではなく浮遊する響きによって自然の情景が描かれていきます。そして、ここで用いられた繊細なアルペッジョが絵画の分野における印象派の光と影の世界を連想させるものだったので、この「印象派」という言葉がドビュッシーなどにも用いられたのでしょう。

この新しい「革新的な世界」は娘エマの誕生で一段落します。(子供の領分)
しかし、この親バカ期をくぐり抜けたドビュッシーは最後の段階へと歩を進めていきます。それが、1909年から取り組まれた「前奏曲集」です。

「版画」や「映像」では少なくとも3曲ずつまとめて、さらには「標題」も与えてある種のまとまりを与えようとしていました。
しかし、ここにきて、ドビュッシーは何らかのまとまりを持って作品集とすることを放棄します。ですから、ショパンへのオマージュである「前奏曲集」なのですが、ここではショパンのように24曲で一つのまとまりとなることを拒否しています。
また、今までの作品では必ず与えられていた「標題」もここでは後退して、標題らしきものは曲の終わりに括弧書きで示されるにとどまります。結果として、音楽から叙情的な旋律はますます後退し、それに変わって音色とリズムによって描き出されるヴィジョンこそが重要になっていきます。

そして、最後の「練習曲集」に至ってドビュッシーの挑戦は終わります。
ここでは一つ一つの和声は全体の構成の中で位置づけられて意味を持つのではなく、まさに響きそのものとして存在することで音楽を成り立たせています。
彼はこの作品に「和声の花の下に過酷な技巧をつつみ隠している」と述べています。ドビュッシーが生涯にわたって追求した和声の花、微妙な陰影と精緻な響きがここに咲き誇っています。

「12の練習曲集」

ドビュッシーはこの作品では指使いを一切示しませんでした。
彼は「指使いのないのが、ひとつのすてきな練習問題になり、・・・次の不滅の言葉の真実を立証する。<自分でするのが一番いい>。自分の指使いをさがそう。」とこの作品の序文に書いています。

第1部


  1. 「五本の指のための練習曲、チェルニー氏による Pour les ≪ cinq doigts ≫ d'apres monsieur Czerny」(ハ長調)

  2. 「三度のための練習曲 Pour les tierces」(変ロ長調)

  3. 「四度のための練習曲 Pour les quartes」(ヘ長調)

  4. 「六度のための練習曲 Pour les sixtes」(変ニ長調)

  5. 「オクターヴのための練習曲 Pour les octaves」(ホ長調)

  6. 「八本の指のための練習曲 Pour les huit doigts」(変ト長調)




第2部


  1. 「半音階のための練習曲 Pour les degres chromatiques」(無調)

  2. 「装飾音のための練習曲 Pour les agrements」(ヘ長調)

  3. 「反復音のための練習曲 Pour les notes repetees」(無調)

  4. 「対比的な響きのための練習曲 Pour les sonorites opposees」(おおむね嬰ハ短調)

  5. 「組み合わされたアルペッジョのための練習曲 Pour les arpeges composes」(変イ長調)

  6. 「和音のための練習曲 Pour les accords」(イ短調)



録音のクオリティがハンデとなっている


ギーゼキングという人は本当にレパートリーの広い人でした。モーツァルトのオーソリティのように言われ、ベートーベン演奏でも数々の業績を残しながら、フランス近代の音楽に対しても高い適応能力を示したというのは信じがたい話です。
どちらかと言えば、ガツーンと言うごつい響きを主体とした独墺系の音楽と、軽いふわふわとした響きを主体としたフランス近代の音楽では南極と北極ほども隔たっています。
例えば、コルトーはショパンだけでなくフランス近代の音楽にすぐれた業績を残していますが、彼のベートーベンというのは想像できません。同じように、バックハウスのドビュッシーというのも、もしあれば聞いてみたいとは思いますが、これまたちょっと想像できません。
ところが、ギーゼキングはその両者において高い評価を残しているのです。

おそらく、この高い適応は、ギーゼキングは「師」というものを必要としなかったからでしょう。

彼は、何でも自分だけで出来た人でした。
5歳の時に自分の力で読み書きが出来ることを「発見」した彼は、一度も学校と言うところに通いませんでした。
おまけに、人並み外れた記憶力を持っていたギーゼキングは一度見た楽譜は死ぬまで忘れなかったと言います。そして、覚えた楽譜をピアノで再現することは彼にとっては何の困難もなかったのです。

彼は、自らの興味のままに面白いと思える音楽を片っ端から自分のレパートリーにしていったのではないでしょうか。
ただし、最初に覚えたときに間違って覚えた箇所は死ぬまでなおらなかったそうですから、天才と努力型、どちらがいいのかは難しいですね。

なお、ギーゼキングはモーツァルトのスタンダードでもありましたが、ドビュッシーにおいても長くスタンダードな人でした。
でも、もう嫌になるほどあちこちで書いているのですが、長くドビュッシーは苦手な作曲家ナンバー1でしたので、このギーゼキングの録音を時に思い出して聴いては見るものの、やはり「寝てしまう」というものでした。
ところが、彼の弟子当たるフェルベールの録音で、「なるほど、これがドビュッシーの魅力か!」と納得させてもらってからは、いつもは寝てしまっていたギーゼキングの録音をそれなりに面白く、そして納得して聴けるようになったのですから面白いものです。

フェルベールとギーゼキングを比べてみると、お師匠さんの方がピアノを鳴らし切っていますね。時には、うなりを上げて響かせているような場面もあって、何処まで行っても端正さを失わない弟子とはかなり雰囲気が違うことに気づきました。そして、何よりも大きな違いは、録音のクオリティです。
この2つの録音は時期的には数年しか隔たっていないのですが、そのクオリティにはかなり隔たりがあります。両者はともに、かなりクリアにピアノを鳴らしていることは伺えるのですが、そのクリアさによって描き出される響きの精緻さはギーゼキングの録音からは伝わりきれてないことは明らかです。そして、こういう繊細さが勝負のドビュッシーのような音楽だと、そのハンデは小さくありません。
その意味では、もっと新しい録音でドビュッシーのピアノ作品を聞き直してみる必要があるのかもしれません。

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