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チャイコフスキー:白鳥の湖(短縮版) Op.20


アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1958年11月録音


初演の大失敗から復活した作品

現在ではバレエの代名詞のようになっているこの作品は、初演の時にはとんでもない大失敗で、その後チャイコフスキーがこのジャンルの作品に取りかかるのに大きな躊躇いを感じさせるほどのトラウマを与えました。
今となっては、その原因に凡庸な指揮者と振り付け師、さらには全盛期を過ぎたプリマ、貧弱きわまる舞台装置などにその原因が求められていますが、作曲者は自らの才能の無さに原因を帰して完全に落ち込んでしまったのです。

今から見れば「なぜに?」と思うのですが、当時のバレエというものはそういうものだったらしいのです。
とにかく大切なのはプリマであり、そのプリマに振り付ける振り付け師が一番偉くて、音楽は「伴奏」の域を出るものではなかったのです。ですから、伴奏音楽の作曲家風情が失敗の原因を踊り手や振り付け師に押しつけるなどと言うことは想像もできなかったのでしょう。

初演の大失敗の後にも、プリマや振り付け師を変更して何度か公演されたようなのですが、結果は芳しくなくて、さらには舞台装置も破損したことがきっかけになって完全にお蔵入りとなってしまいました。

ところが、作曲者の死によって作品の封印が解かれた事によってそんな状況が一変したのは皮肉としかいいようがありません。
「白鳥の湖」を再発見したのは、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」の振り付けを行ったプティパでした。(くるみ割り人形では稽古に入る直前に倒れてしまいましたが)

おそらく彼は、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」ですばらしい音楽を書いたチャイコフスキーなのだから、その第1作とも言うべき「白鳥の湖」も悪かろうはずがないと確信していたのでしょう。しかし、作曲自身が思い出したくもない作品だっただけに生前は話題にすることも憚られたのではないでしょうか。
ですから、プティパはチャイコフスキーが亡くなると、すぐにモスクワからほこりにまみれた総譜を取り寄せて子細に検討を始めます。そして、当然のことながら、その素晴らしさを確信したプティパはチャイコフスキーの追悼公演でこの作品を取り上げることを決心します。
追悼公演では台本を一部変更したり、曲順の変更や一部削除も行った上で第2幕のみが上演されました。結果は大好評で、さらに全幕をとおしての公演も熱狂的な喝采でむかえられて、ついに20年近い年月を経て「白鳥の湖」が復活することとなりました。

この後のことは言うまでもありません。
この作品は19世紀のロシア・バレエを代表する大傑作と言うにとどまらず、バレエ芸術というもののあり方根底から覆すような作品になった・・・らしいのです。(バレエにはクライのであまり知ったかぶりはやめておきます。)
ただ、踊りのみが主役で、音楽はその踊りに対する伴奏にしかすぎなかった従来のバレエのあり方を変えたことだけは間違いありません。

<お話のあらすじ>
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

序奏
オデットが花畑で花を摘んでいると悪魔ロッドバルトが現れ白鳥に変えてしまう。

第1幕 :王宮の前庭
今日はジークフリート王子の21歳の誕生日。お城の前庭には王子の友人が集まり祝福の踊りを踊っている。そこへ王子の母が現われ、明日の王宮の舞踏会で花嫁を選ぶように言われる。まだ結婚したくない王子は物思いにふけり友人達と共に白鳥が住む湖へ狩りに向かう。

第2幕 :静かな湖のほとり
白鳥たちが泳いでいるところへ月の光が出ると、たちまち娘たちの姿に変わっていった。その中でひときわ美しいオデット姫に王子は惹きつけられる。彼女は夜だけ人間の姿に戻ることができ、この呪いを解くただ一つの方法は、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうこと。それを知った王子は明日の舞踏会に来るようオデットに言う。

第3幕 :王宮の舞踏会
世界各国の踊りが繰り広げられているところへ、悪魔の娘オディールが現われる。王子は彼女を花嫁として選ぶが、それは悪魔が魔法を使ってオデットのように似せていた者であり、その様子を見ていたオデットの仲間の白鳥は、王子の偽りをオデットに伝えるため湖へ走り去る。悪魔に騙されたことに気づいた王子は嘆き、急いでオデットのもとへ向かう。

第4幕 :もとの湖のほとり
破られた愛の誓いを嘆くオデットに王子は許しを請う。そこへ現われた悪魔に王子はかなわぬまでもと跳びかかった。激しい戦いの末、王子は悪魔を討ち破るが、白鳥たちの呪いは解けない。絶望した王子とオデットは湖に身を投げて来世で結ばれる。

『ウィキペディア(Wikipedia)』よりの引用終わり

私などは問題を感じないのですが、どうも世の女性達にはこの「エンディング」がいたって評判が悪いようです。
実は、妻と「白鳥の湖」を見に行ったときに、彼女はこのエンディングをはじめて知って「激怒」されました。「男というのはいつもこんな身勝手な奴ばかりだ!」とその怒りはなかなか静まりませんでした。
私などはこれで身勝手だと言われれば、ワーグナーの楽劇などを見た日にはライフルでも撃ち込みたくなるのではないかと懸念してしまいます。
ただし、ポピュラリティが全く違いますし、「白鳥の湖」の公演ともなれば女性が圧倒的に多いのです。

と言うことで、劇場側もこのストーリーは営業上まずいと思ったのでしょう。エンディングで悪魔の呪いがとけて二人は結ばれて永遠の愛を誓ってハッピーエンドで終わる演出もメッセレル版(1937年)以降よく用いられるようになっているそうです。

この変更は物語の基本構造に関わることなので、そんなに安易に変更していいものかと思うのですが、女性達の怒りにはさからえないと言うことなのでしょう。(当然のことながら、原典版のエンディングが許せないと怒っている男性には未だ私は出会ったことがありません。)

名人上手の手になる演奏


59年というのはとても豊作の年だったらしい。
それは、リヒターの「マタイ受難曲」やショルティの「ラインの黄金」という超弩級だけでなく、長くスタンダードしての位置を占めた録音が数多くリリースされていることに気づかされたからです。
このアンセルメによるチャイコフスキーのバレエ音楽もその様な録音の一つです。

今となってはこれらよりもはるかにゴ−ジャスな響きを堪能させてくれる録音は数多く存在します。たとえば、アンセルメの弟子筋にあたるデュトワがモントリオールのオケと録音した演奏などは華麗・豪華の極みです。フェドセーエフのようなロシア的な濃厚さに満ちた演奏も存在します。(ゲルギエフは聞いたことがない。)さらには、もう一人のバレエ音楽の達人、プレヴィンによるシンフォニックな演奏も捨てがたい魅力があるでしょう。
しかし、そう言う数多くの魅力あふれる録音が輩出してきても、このアンセルメによる録音の価値が失われることは決してないだろうと思います。

おそらく、今の耳からすれば響きは地味にすぎるでしょう。もっとバリバリ鳴ってほしいという思いも出てくるでしょう。
しかし、聞き進むうちにいつの間にかお話の世界に引き込んでくれる語り口のうまさに、そんなことは次第に気にならなくなります。

そう言えば、落語の名人というのは決して大袈裟な表現はしないものです。淡々と語っているように見えながら、気がつくとお話の世界に連れて行ってくれています。そんな時に、大袈裟な身振りなどを交えられたら、逆に恥ずかしくなって素の世界に戻ってしまいます。
もちろん、今は亡き桂枝雀のように、徹頭徹尾デフォルメの限りを尽くして聞き手を異次元ワールドに連れて行くような人も存在します。私は枝雀師匠は大好きだったので、そう言う芸があることは否定しませんが、あれは名人上手とは全く異なる異能の人でした。
おそらくは枝雀にしかできない芸でした。

そう言う意味では、このアンセルメによる三大バレエの演奏はまさに名人上手の手になるものでした。
作品の構造を完璧に理解しているアンセルメにとって、作品の面白さを伝えるのに過剰な演出は一切必要がないと言うことなのでしょう。緻密、かつ克明に作品の構造を描き出しています。
でも、こういう棒についていくオケも結構凄いなと感心させられました。何しろ、外してはいけないところは絶対に外さないという意味で手兵のスイス・ロマンド管弦楽団は素晴らしいオケだと言えます。
オケの巧さというのは、楽器をバリバリ鳴らすことやアンサンブルの緻密さだけではないことを教えてくれる録音です。

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