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チャールズ・ローゼン(Charles Rosen)|シューベルト:ピアノソナタ(第20番) イ長調 D.959
シューベルト:ピアノソナタ(第20番) イ長調 D.959
(P)チャールズ・ローゼン 1961年4月3,4&6日 & 1962年3月2日録音
Schubert:Piano Sonata No.20 in A major, D.959 [1.Allegro]
Schubert:Piano Sonata No.20 in A major, D.959 [2.Andantino]
Schubert:Piano Sonata No.20 in A major, D.959 [3.Scherzo. Allegro vivace]
Schubert:Piano Sonata No.20 in A major, D.959 [4.Rondo. Allegretto]
心屈したときにこそ聴きたい音楽

シューベルト死の年の3連作の第2番目の作品で、D.664のイ長調ソナタと区別するために「大きなイ長調」というニックネームがついています。実際それは大きな作品であり、ベートーベン的な語法によって完成された最も優れたソナタだといえます。
シューベルトはベートーベン的な動機労作を自由自在に操り、それによってベートーベン的なものを総決算して次の新たな一歩への踏み切り板とした作品です。
うがった見方かもしれませんが、それは一年前になくなったベートーベンその人への追悼であると同時に、シューベルトの内にあり続けたベートーベン的なものへの追悼であったのかもしれません。
しかし、ベートヴェニアーナの一つの頂点を築く作品でありながら、その作品のあちこちからはシューベルトならではの哀愁に満ちた歌も聞こえてきます。例えば終楽章は彼の歌曲を思わせるような親しみ深いメロディで始まります。第3楽章も妖精のダンスを思わせるような愛らしさに満ちています。
そしてもっとも素晴らしいのは、黄昏の中、孤独をかみしめて一人彷徨うような風情の第2楽章です。
憂いに満ちた旋律がひっそりと歌いつがれていくあたりは、シューベルト以外の誰も書き得なかった音楽です。そして、その印象的なメロディは即興的な中間部を経て再びかえってくるのですが、それが様々な装飾をほどこされて変奏されていく中で憂愁の気配はますます強くなっていきます。
心屈したときにこそ聴きたい音楽です。
音の構成だけでは描ききれない世界
ローゼン先生は、その著書「ベートーベンを読む」の「はじめ」の中で次のように記していました。
「音楽を一種の詩まがいのもの、さらには安易な哲学的思索に置き換えて、読者がベートーベンのソナタを聴くときに何か高尚な営みに参加しているように思わせる・・・試みを、私はいつも軽蔑してきた。」
つまりは、音楽の素晴らしさは言葉ではなく音楽自体から得られるべきであり、そのためには音楽を注意深く聞いたり演奏したりすることが大切だというのです。そして、ベートーベンの音楽は他のどの作曲家よりも強く音楽に傾注することが求められると述べていました。
おそらく、この言葉を最も忠実に実践したのは、60年代の初めに録音された2つのソナタの演奏でしょう。
- ベートーベン:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」 1964年10月12日~13日録音
- ベートーベン:ピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110 1964年12月14, 18日録音
音楽というものは「音」によって構成されている以上、その「音」と「音」の関係を徹底的に考え抜いて、その考え抜いた結果を一点の曖昧さもなく再現してみせればそれで十分なはずです。そして、64年に録音された2つのソナタは、その様な方法論によって疑いもなく素晴らしいベートーベンになり得ていました。
ところが、同じ時期に録音された、とりわけロマン派の作曲家の作品を聞くとき、事はそれほど単純ではないことに気づかされるのです。
とりわけ、彼のショパンを聴くとき、一点の曖昧さもなく音と音の関係が描き出されているのにも関わらず、聞き手からすれば、何故か、不思議なほどに、つまらないのです。そして、その不満はグラフマンのショパン演奏を聞いたときにも感じた類のものであり、おそらくはこの数十年にわたって聞かされてきた若手ピアニストによるショパン演奏のつまらなさとも共通しているような気がするのです。
そして、一見すれば好き勝手に演奏しているように聞こえながら、私にとってはフランソワのショパンの方が魅力的なのです。
これって、どこか間違っているのでしょうか?
音楽には、それを構成する音と音の関係を突き詰めていけばそれで十分本質に迫れるものと、それだけでは不十分なものがあるような気がします。もちろん、迫れないものが迫れるものより優れているなどと言うつもりは全くありません。ただ、そう言う性質の違いみたいなものがあるという話です。
では、その不十分なものは何かと言えば、おそらく、それは「歌」であり、その「歌」が内包している「詩」ではないかと愚考するのです。
こう書くと、ローゼン先生に真っ向から喧嘩を売っているような気もするのですが、音楽を「詩まがい」のものとしてとらえるのは軽蔑の対象とはなっても、「詩そのもの」ととらえるのならば何の不都合もないのではないでしょうか。
もちろん、音楽である以上はその「詩」は音によって構成されているのですが、その関係性を突き詰めるだけではその「詩」の世界は掴みきれない部分があるのでしょう。
今回ローゼンのピアノをある程度まとめて聞いてみて、感心したのはベートーベンやドビュッシー、そしてシェーンベルク等でした。カーターやブーレーズのソナタは・・・よく分からんです(^^;。
反対に、どう考えても上手くないと思うのがショパンやシューマンです。特に、ショパンは「つまらない」と言い切ってしまいましょう。
微妙なのはシューベルトです。
シューベルトの音楽というのは綺麗な小道をふんふんと鼻歌まじりで歩いていると、出し抜けに化け物と出会うような場面が存在します。例えば、この「D.959」のソナタの第2楽章では、その化け物がぬっと目の前にあらわれたり、密やかに道の脇をすり抜けていったりする様子が手に取るように示されます。それは、おそらくは音と音の関係を徹底的に考え抜いた賜物だと思うのですが、不思議なことに、それ以外の楽章ではシューベルトの言いたいことがあまり聞き手の方には伝わってこないのです。
つまりは、聞いていてとてもスリリングで面白い部分と退屈な部分の落差が大きいのです。
シューベルトと言う人の不思議さと難しさを感じさせられる演奏です。
そして、これだけの知性を持って音楽と対峙しても、なお掴みきれない「ピアノの世界の奥深さ」を感じさせてくれるローゼン先生でした。
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