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J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より「シャコンヌ」

(Vn)イダ・ヘンデル: 1960年録音



J.S.Bach:Chaconne from Violin Partita No.2 in D minor, BWV 1004


ヴァイオリン一挺で描き尽くそうとした世界

バッハの時代にはこのような無伴奏のヴァイオリン曲というのは人気があったようで、とうていアマチュアの手で演奏できるとは思えないようなこの作品の写譜稿がずいぶんと残されています。ところが、古典派以降になるとこの形式はパッタリと流行らなくなり、20世紀に入ってからのイザイやバルトークを待たなければなりません。

バッハがこれらの作品をいつ頃、何のために作曲したのかはよく分かっていません。一部には1720年に作曲されたと書いているサイトもありますが、それはバッハが(おそらくは)自分の演奏用のために浄書した楽譜に記されているだけであって、必ずしもその年に作曲されたわけではありません。
さらに言えば、これらの6つの作品がはたして同じ目的の下にまとめて作曲されたのかどうかも不確かです。
しかし、その様な音楽学的な細かいことは脇に置くとしても、これらの作品を通して聞いてみると一つの完結した世界が見えてくるのは私だけではないでしょう。それは、どちらかと言えば形式がきちんと決まったソナタと自由に振る舞えるパルティータをセットととらえることで、明確な対比の世界が築かれていることに気づかされるからです。そして、そのパルティータにおいても、「アルマンド」-「クーラント」-「サラバンド」-「ジーグ」という定型様式から少しずつ外れていくことで、その自由度をよりいっそう際だたせています。
そして、パルティータにおいて最も自由に振る舞っている第3番では、この上もなく厳格で堂々としたフーガがソナタの中で屹立しています。

この作品は演奏する側にとってはとんでもなく難しい作品だと言われています。しかし、その難しさは「技巧」をひけらかすための難しさではありません。

パルティータ2番の有名な「シャコンヌ」やソナタ3番の「フーガ」では4声の重音奏法が求められますが、それは決して「名人芸」を披露するためのものではありません。
その意味では、後世のパガニーニの「難しさ」とは次元が異なります。

バッハの難しさは、あくまでも彼がヴァイオリン一挺で描き尽くそうとした世界を構築するために必要とした「技巧」に由来しています。
ですから、パガニーニの作品ならば指だけはよく回るヴァイオリニストでも演奏できますが、バッハの場合にはよく回る指だけではどうしようもありません。それ以上に必要なのは、それらの技巧を駆使して描ききろうとしたバッハの世界を理解する「知性」だからです。

その意味では、ヴァイオリニストにとって、幼い頃からひたすら演奏テクニックを鍛え上げてきた「演奏マシーン」から、真に人の心の琴線に触れる音楽が演奏できる「演奏家」へとステップアップしていくために、一度はこえなければいけない関門だといえます。


美しく、そして気高く咲き誇る花

彼女がアンチェル&チェコ・フィルと共演して録音した「スペイン交響曲」やラヴェルの「ツィガーヌ」を「純度の高い美しい響きの中でヘンデルという美しい花がその存在を誇示している水中花」と評したことがあります。
ヴァイオリンは何といっても美音が魅力です。そして、様々なヴァイオリニストはその人らしい美音を求め続けるのでしょうが、ヘンデルはまさに「蠱惑的」と言っていい類い希なる美音の持ち主です。
ですから、ヴァイオリン一挺で演奏されるバッハのシャコンヌや、ピアノが伴奏に徹するタルティーニの「悪魔のトリル」やコレッリの「ラ・フォリア」のような作品になると、ガラスの中ではなくて、まさに眼前に美しく咲き誇る花を見るがごときです。

それにして、このような響きを彼女はどの様にして身につけたのでしょう。
ヘンデルの系譜を辿ってみれば、その背景にはユダヤ系のポーランド人であり、カール・フレッシュ門下だと言うことがあげられます。さらに言えば、姉弟子であるジネット・ヌヴーからの影響も無視できないでしょう。

しかし、数多くの有名なヴァイオリニストを輩出したカール・フレッシュ門下の中でも、彼女の響きは唯一無二の魅力を備えています。また、その奔放にして主情的な楽曲解釈は誰にも真似が出来ません。

そう言えば、彼女は常に「芸術とはテクニックではなくそのテクニック使ってする『何か』なのだ」と言っていました。
それは言葉をかえて小林秀雄風に言えば「テクニックを駆使して花の美しさを説明するのではなくて、そのテクニックを使って己自身が美しい花になる」と言うことなのでしょう。

そして、その美しい花は完璧な技術によって咲き誇るハイフェッツとは全く異なる花であることは言うまでもありません。
それはもしかしたら、その妖しいまでの美しさによって人を惑わす花だったのかもしれません。
それ故に、ここで紹介している「シャコンヌ」や「悪魔のトリル」、「ラ・フォリア」を聞かされると、「これしかないのだ!」といってしまいそうな自分を制御するのが難しいのです。

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