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ミルシテイン(Nathan Milstein)|バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番
Vn.ミルシテイン 1956年12月27日録音
Bach:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番 「Grave」
Bach:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番 「Fuga」
Bach:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番 「Andante」
Bach:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番 「Allegro」
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの概要
バッハの時代にはこのような無伴奏のヴァイオリン曲というのは人気があったようで、とうていアマチュアの手で演奏できるとは思えないようなこの作品の写譜稿がずいぶんと残されています。ところが、古典派以降になるとこの形式はパッタリと流行らなくなり、20世紀に入ってからのイザイやバルトークを待たなければなりません。
バッハがこれらの作品をいつ頃、何のために作曲したのかはよく分かっていません。一部には1720年に作曲されたと書いているサイトもありますが、それはバッハが(おそらくは)自分の演奏用のために浄書した楽譜に記されているだけであって、必ずしもその年に作曲されたわけではありません。さらに言えば、これらの6つの作品がはたして同じ目的の下にまとめて作曲されたのかどうかも不確かです。
しかし、その様な音楽学的な細かいことは脇に置くとしても、これらの作品を通して聞いてみると一つの完結した世界が見えてくるのはユング君だけではないでしょう。それは、どちらかと言えば形式がきちんと決まったソナタと自由に振る舞えるパルティータをセットととらえることで、明確な対比の世界が築かれていることに気づかされるからです。そして、そのパルティータにおいても、「アルマンド」−「クーラント」−「サラバンド」−「ジーグ」という定型様式から少しずつ外れていくことで、その自由度をよりいっそう際だたせています。そして、パルティータにおいて最も自由に振る舞っている第3番では、この上もなく厳格で堂々としたフーガがソナタの中で屹立しています。
この作品は演奏する側にとってはとんでもなく難しい作品だと言われています。しかし、その難しさは「技巧」をひけらかすための難しさではありません。
パルティータ2番の有名な「シャコンヌ」やソナタ3番の「フーガ」では4声の重音奏法が求められますが、それは決して「名人芸」を披露するためのものではありません。その意味では、後世のパガニーニの「難しさ」とは次元が異なります。
バッハの難しさは、あくまでも彼がヴァイオリン一挺で描き尽くそうとした世界を構築するために必要とした「技巧」に由来しています。ですから、パガニーニの作品ならば指だけはよく回るヴァイオリニストでも演奏できますが、バッハの場合にはよく回る指だけではどうしようもありません。それ以上に必要なのは、それらの技巧を駆使して描ききろうとしたバッハの世界を理解する「知性」だからです。
その意味では、ヴァイオリニストにとって、幼い頃からひたすら演奏テクニックを鍛え上げてきた「演奏マシーン」から、真に人の心の琴線に触れる音楽が演奏できる「演奏家」へとステップアップしていくために、一度はこえなければいけない関門だといえます。
ソナタ第1番ト短調 BWV1001
第3楽章の「シチリアーノ」以外は全てト短調という珍しい調性を持っています。この異例ともいえる調整の関係についてはいろいろと説明している本もあるのですが(ドリア旋法がどうたら、リディア旋法がかんたら・・・)、そう言う楽典的な事には弱いユング君にはよくわからんのです。(^^;しかし、この偉大な6曲の冒頭を飾るに相応しい作品であることは間違いありません。
1. Adagio
2. Fuga. Allegro
3. Siciliano
4. Presto
パルティータ第1番ロ短調 BWV1002
4つの全ての舞曲の後半にそれぞれ、ドゥーブルと呼ばれる変奏が置かれているために、一見すると8楽章構成のように見えますが、本質的に以下の4楽章構成です。そのために、パルティータの最後は一般的には「ブーレ」ではなくて「ジーグ」なのですが、それではその後にドゥーブルをおくとすわりが悪いので変更したのだろうと推測されています。
1. Allemande - Double
2. Courante - Double. Presto
3. Sarabande - Double
4. Tempo di Bourree - Double
ソナタ第2番イ短調 BWV1003
第2楽章の「フーガ」は289小節にも及ぶ長大なものですが、至る所にあらわれるオクターブの跳躍は音楽に躍動感と起伏感を与えています。また第3楽章の「アンダンテ」では、1本のヴァイオリンで、旋律と通奏低音の二声を弾くというものですが、音量を調節してメロディラインを際だたせるという高度な制御が要求されるようです。
1. Grave
2. Fuga
3. Andante
4. Allegro
パルティータ第2番ニ短調 BWV1004
シャコンヌとは、「上声は変わっていくのに、バスだけは同じ楽句に固執し執拗に反復するものである」と説明されています。上声部がどんなに変奏を展開しても、低声部で執拗に繰り返される主題が音楽全体の雰囲気を規定します。
しかし、その低声部での主題を聞き手が意識することはほとんどありません。冒頭にその主題が提示されますが、その後は展開される変奏の和声の最低音として姿をくらましてしまうからです。
ところが、姿をくらましても、それが和声進行のパターンを根底で支配するのですから作品全体に与える影響力は絶大であり絶対的です。
聞き手には移り変わっていく上声部のメロディラインしか意識には残らないでしょうが、執拗に繰り返される低声部の主題が音楽の支配権を握っています。
ですから、聞き手にはこの低声部の主題がそれとは明確に意識できない代物であっても、演奏する側はそのことを明確に意識して演奏する必要があります。
つまりは、スコアに書いてある音符をそれなりに音にするだけでは音楽にはならないのです。
そのことは、何もこの作品に限ったことではありませんが、シャコンヌはとりわけ演奏者サイドにその手の難しさを要求するようです。
1. Allemande
2. Courante
3. Sarabende
4. Gigue
5. Chaconne
ソナタ第3番ハ長調 BWV1005
ソナタ全3曲中で最も壮大な音楽がこれです。とくに第2楽章のフーガは354小節からなる長大なものであり、それはバッハが書いたフーガの中で最大のものだと言われています。フーガの主題は古いコラール「来たれ、聖霊よ、主なる神よ」によるものだそうです。
1. Adagio
2. Fuga alla breve
3. Largo
4. Allegro assai
パルティータ第3番ホ長調 BWV1006
組曲の一般的な配列からは大きく逸脱して最も自由に振る舞っています。そのために、全6曲の中では最も明るく、最も華麗な音楽になっています。また、全6曲の中では唯一アマチュアでも演奏できそうな作品であるために昔から高い人気を持っていました。特に、第3楽章の「ガヴォット」は、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」などという厄介な名前など知らない人でもどこかで一度は耳にしたことがある有名な旋律です。
1. Preludio
2. Loure
3. Gavotte en Rondeau
4. Menuet I/II
5. Bourree
6. Gigue
2度とこの作品を録音しない
ミルシテインは、バッハの無伴奏を2回録音しています。その1回目がここで紹介している録音です。
彼はこの録音に絶対の自信があったようで、その後彼はことあるごとに「バッハの無伴奏は2度と録音しない!」と言っていたそうです。
しかし、ご存知のように、彼は70歳を超えた1973年に、「バッハの無伴奏は2度と録音しない!」という前言を撤回してもう一度録音に挑みます。
ユング君が初めてバッハの無伴奏を聞いて「いいなぁ!」と思わせてくれたのが、その再録音のLPでした。この上もなく美しい音でロマンティックに歌い上げられている演奏で、まさにその美しさ故に「取っつき」がよかったわけです。
しかし、その後この作品になじんできて、じっくりと聞いていると、ただ単に雰囲気だけの演奏ではなくて、バッハがこの作品に封じ込めた構造というか仕掛けみたいなものがものの見事に描き分けられているに気づいて、さらに大好きになりました。おそらくは、モダン楽器を使った無伴奏の演奏の演奏としては間違いなくトップクラスに位置します。
では、その晩年の再録音と比べて、彼をして「2度とこの作品を録音しない」と言わしめた若き日の演奏はどんなもんでしょう?
モノラルという録音のせいもあるのでしょうが、ガツン!!という感じの強靱なヴァイオリンの響きでグイグイとラインを描いていくような雰囲気が印象的で、晩年の美音を主体としたロマンティックな風情とはずいぶんと様子が異なります。その意味では、この50年代を特徴づける峻厳で厳しいバッハという描き方です。
ちょっと茶化して言えば、テクニック抜群のシゲティという雰囲気でしょうか。
ただ、こういう演奏者のガッツが伝わってくるような録音は個人的には好きなので、印象は悪くはありません。
ヴァイオリンの独奏曲というのは意外とモノラル録音と相性がいいようです。
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よせられたコメント
2010-06-23:Joshua
- よくぞアップしていただきました。
無伴奏全体にいえるのですが、ミルシュタインは上手い!
同時期のハイフェッツと上手さは双璧と思うのですが、不思議と話題になりません。70年代晩年の再録音がセールス上前に出てしまうのでしょうか。それでは、ハイフェッツと何が違うか?
技巧でなければ、演奏の持つ雰囲気の何かです。私にとって、ミルシュタインはより自然、怪しさがない。同じロシアでも、オイストラッフのような肉厚の音でもない、要するに聴きやすい、それでいて忘れがたいものを残す音なのです。言い換えると評論家泣かせの、通好みのリスナー向き演奏家なのです。では、現代ならパールマンに相当するのかな、と思って、これから大阪市図書館に予約するところです。晩年はともかく、壮年のミルシュタインとは似ているかも、と思うのです。