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ティボー(Jacques Thibaud)|シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ ト短調 D.408 op.137(Schubert:Sonatina for violin and piano in G minor, D. 408)
シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ ト短調 D.408 op.137(Schubert:Sonatina for violin and piano in G minor, D. 408)
(Vn)ジャック・ティボー (P)タッソ・ヤノプーロ 1944年5月28日録音(Jacques Thibaud:(P)Tasso Janopoulo Recorded on May 28, 1944)
Schubert:Sonatina for violin and piano in G minor, D. 408 [1.Allegro giusto]
Schubert:Sonatina for violin and piano in G minor, D. 408 [2.Andante]
Schubert:Sonatina for violin and piano in G minor, D. 408 [3.Menuetto]
Schubert:Sonatina for violin and piano in G minor, D. 408 [4.Allegro moderato]
若きシューベルトの歌心があふれた作品
シューベルトにとって、このヴァイオリンとピアノのための作品は親しい友人たちと演奏を楽しむために書かれたもので、言ってみればそれほど気合いの入った作品ではありません。そのために、ソナタと言うには構成が簡潔にすぎるので、「ソナチネ」と呼ばれることもある作品です。
よく言われるのは、ソナタ形式と呼ぶには展開部がいたって簡潔であり、さらには第2主題も第1主題に対抗するほどの大きな意味を持たないと言うことです。そのために、作品の規模は小さくて、3楽章構成の第1番では演奏時間はわずか10分あまりです。
しかし、そんな蘊蓄よりも重要なことは、ここには19歳のシューベルトのあふれるような「歌心」があふれていることです。
例えば、このシンプル極まる第1番のソナチネにしても、深い思いを胸に秘めてそぞろ歩く若者を想起させるような第2楽章はとても魅力的です。そして、その若者は突然にあふれ出した痛切な思いによって歩みを止めるルのですが、再びそのような主を振り捨てて再び歩み出すような風情は、まさに19歳のシューベルトの自画像のようです。
第2番にしても、音楽は冒頭から深い哀切なる思いに包まれています。第2楽章では伸びやかなヴァイオリンの旋律が様々な調性を渡り歩く変奏曲形式は実に美しく聞こえます。
そして、そう言う若書きの作品であっても、最後を飾る3番ソナタともなれば、音楽は引き締まり、結構立派な姿を見せてくれます。
専門家の間にあっては「音楽的には取るに足りない作品」と切って捨てる向きもあるようですが、そして、音楽を勉強として聴く人ならばそれでいいのかもしれませんが、私たちのようなもにとってはそれはあまりにももったいなさすぎます。
ここには、疑いもなく若い19歳のシューベルトの自画像が刻み込まれているように思います。
媚薬のような魅力
ぱちぱちノイズがかなり入っているのですが、それでもティボーの魅力が詰まった演奏だと思いますので取り上げました。
いきなり、話は横道から入るのですが、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」やショーソンの「詩曲」はともに、サラサーテとイザイという偉大なヴァイオリニストの意向が十分に反映された作品です。
それだけに、難しくはあってもそれは無理を強いられる難しさではなく、さらには演奏家の努力が報われる作品でもあります。
それだけに、それなりに名の通ったヴァイオリニストならば必ず録音している作品であり、多くの「名盤」がひしめいています。
そんな中で異彩を放っているのがこのティボーの録音でしょう。すでに、ショーソンの「詩曲」は紹介してあります。
はっきり言って、あまり上手くはありません。オケもいまいちです。
でも、この演奏の全体を覆う退廃的な雰囲気はこの作品にピッタリであり、こういう雰囲気を出せるヴァイオリニストはティボー以外にいないのです。
そして、その事は「詩曲」などの作品に限った話ではなくて、彼の残した録音にはそういう媚薬のような魅力があふれていて、それ故に唯一無二の魅力を今も失っていないのです。いいや、現代のように演奏の精緻に重点が置かれ、その結果として音楽そのものが薄味になっていく中では、彼の残した演奏はこの上もなく貴重なもののように思われてくるのです。
それでは、その媚薬の正体は何かと考えを巡らせ、もう少し分析的に聞いてみれば、それはティボー独特の「ポルタメント」であることにすぐに気づくはずです。
彼と同時代のヴァイオリニストの大部分もポルタメントを用いているのですが、ティボーのポルタメントの使い方には独特な癖のようなものがあるようで、それが気に入ってしまうと病みつきになる魅力を持っているのです。
それにしても、ヴァイオリンの演奏にポルタメントを入れるのは下品だみたいな感じになっていったのはいつの頃からなのでしょうか。
もっとも、コンクールの演奏でポルタメントなんて使えば即お帰りを願います、でしょうから、今やレッスンでポルタメントを習うこともないのでしょう。
それにしても、ティボーのポルタメントは天性のものだったようです。
フランスのヴァイオリニストであるポール・ヴィアルドーは「サラサーテが精巧に作られた鴬ならば、ティボーは生まれながらの鴬である」と語っていました。ジョルジュ・エネスコもそれに加えて 「ティボーは張りつめた4つの弦の感触を、ヴァイオリンという女神の柔肌のそれに置き換えた」と述べ「形容をこえた美の逸楽が紅蓮の炎と燃えさかっている。」と讃えました。
確かに、ティボーの演奏は作品のファースト・チョイスにはならない録音かもしれません。しかし、あれこれと聞いてきた人にはかけがえのない魅力をはなつ録音であることは間違いありません。
そして、30年代のいまだ衰えを見せない時期の作品は言うまでもなく素晴らしく、明らかに衰えを見せ始めていた戦後の演奏もまた「下手でも素敵」なのですから不思議な話です。
そのことは日々己のスキルを高めるために血のにじむような努力を重ねている若手のヴァイオリニストからすれば理不尽この上ない物言いだと思われるでしょうが、それでも音楽にとって一番大切なものは何なのかを考え直してみる機会にはなるでしょう。
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