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ハイドン:ピアノ三重奏曲 ニ長調 Hob.XV:16

(P)エミール・ギレリス (Vn)レオニード・コーガン (Cello)ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ 1951年録音



Haydn:Piano Trio in D major, Op.67, No.2, Hob.XV:16 [1.Allegro]

Haydn:Piano Trio in D major, Op.67, No.2, Hob.XV:16 [2.Andantino piu tosto allegretto]

Haydn:Piano Trio in D major, Op.67, No.2, Hob.XV:16 [3.Vivace assai]


ハイドン作品の中でもっとも注目を浴びることないジャンルがコン「三重奏曲」です。

古典派と呼ばれる時代の音楽家の中でハイドンという人の存在は大きいのですが、それを覆い隠すほどにモーツァルトとベートーベンという存在が大きいがゆえに、結果として不当なまでに軽く見られています。
そして、彼によく奉られる「交響曲の父」というニックネームが、彼のことを「交響曲」だけの中に押し留めてしまうと言う誤りももたらしているのです。

しかし、その業績を検討してみれば、このモーツァルトやベートーベンという存在の源流がハイドンにあることは明らかなのです。

言うまでもないことですが、ハイドンは交響曲だけの人ではありません。
もちろん、彼は「交響曲」というジャンルを徹底的に研究しつくして、それを管弦楽によって演奏される音楽の中心に位置づけました。しかし、彼の業績はそれだけに留まるわけではなくて、ピアノソナタや弦楽四重奏、そして(ピアノ)三重奏というジャンルでも数多くの作品を残しています。
さらに、雇い主の趣味に応えて数多くのオペラも残していますし、晩年にはヘンデルの影響を受けて優れたオラトリオも残しています。

こうして眺めてみると、とりわけ交響曲や室内楽の分野において、彼の業績は疑いもなく古典派の源流であったことが分かります。
そして、そう言う源流の中で、もっとも注目を浴びないジャンルがこの「(ピアノ)三重奏」でしょう。

交響曲に関して言えば、聞き手の需要がそれほどなくても、指揮者やオーケストラの側から見れば避けては通れない領域であり、それ故にそれぞれの時代において、その時代に相応しい演奏と録音は常に供給されていました。
ピアノソナタや弦楽四重奏も同様で、ピアニストやカルテットにとっては時には取り組んでみなければいけない課題として立ちあらわれるのです。

しかしながら、(ピアノ)三重奏となると、そう言う作品を対象とした常設の演奏団体というのは圧倒的に数が少ないので、それ故に供給される演奏会や録音は最初から絶対的に数が少ないのです。

それ故に、そう言う作品は名の通ったソリストを中心として、その場限りの顔合わせで演奏されることが多くなります。
しかしながら、そう言う臨時編成となれば選ばれる作品は限られたメジャー作品が中心となり、とてもじゃないがハイドンという源流まで遡る人は滅多にいません。
結果として、たとえ録音という形であってもハイドンの三重奏曲を耳にする機会はほとんどないと言うことになります。

ハイドンのピアノ三重奏曲は主に3つの時期に分かれると言われています。
創作活動の初期の50年代に作曲された一群と、1780年代以降のエステルハージの時代に作曲された一群、そして90年代以降にイギリス滞在時に作曲された一群です。

初期の作品としては12曲が判明しているのですが、現存しているのはそのうちの10曲(Hob.XV:1,34~38,40,41,C1,f1)だけです。
中期のエステルハージ時代の作品に関しては全てハイドン存命中に出版されているので作品番号が与えられています。作品番号とホーボーケン番号との関係は以下の通りです。


  1. Hob.XV5→作品40の3(1曲)

  2. Hob.XV6~8→作品40(3曲)

  3. Hob.X9~10→作品42の1,3(2曲)

  4. Hob.XV11~13→作品57(3曲)

  5. Hob.XV14→作品61(1曲)

  6. Hob.XV15~17→作品59(3曲)



そして、最後のグループが94年から96年のロンドン滞在中に書かれたグループで、これも全て出版されていますので作品番号がついています。


  1. Hob.XV18~20→作品70(3曲)

  2. Hob.XV21~23→作品71(3曲)

  3. Hob.XV24~26→作品73(3曲)

  4. Hob.XV27~29→作品75(3曲)

  5. Hob.XV30→作品79(1曲)

  6. Hob.XV31→作品101(1曲)



ハイドン:ピアノ三重奏曲 ト短調 Hob.XV:19

ロンドン滞在中の作品でマリア・ヨゼファ・エステルハージ侯爵夫人に献呈されています。
演奏する人の解釈にもよるのでしょうが、既にベートーベン的な雄大さを身にまといはじめているように思われます。「Andante」「Adagio」と続く部分では大きなうねりのようなものさえ感じ取れる音楽になっています。


  1. 第1楽章:Andante

  2. 第2楽章:Adagio ma non troppo

  3. 第3楽章:Presto



ハイドン:ピアノ三重奏曲 ニ長調 Hob.XV:16

1790年にロンドンで出版されていますが、作曲されたのはエステルハージの時代です。
軽快な第1楽章からはどこかユーモラスな砂雰囲気が漂ってくるのは、エステルハージという内輪の集まりを前提として書かれているからでしょう。その意味では、よりパブリックな聴衆を意識して書かれたであろう「Hob.XV:19」の作品との違いは明らかです。

  1. 第1楽章:Allegro

  2. 第2楽章:Andantino piu tosto allegretto

  3. 第3楽章:Vivace assai




ギレリスが主導しつつも3人の覇気があふれている演奏

何ともはや、凄まじい顔ぶれです。
ピアノがギレリス、ヴァイオリンがコーガン、そしてチェロがロストポーヴィッチというのですから、この顔ぶれでコンサート会場に姿を現した日にはよい子の皆さんならば卒倒しちゃうじゃないでしょうか。そして、その「卒倒」にはオーラに圧倒されると言うだけでなく、素直に「恐い」という感情も入り交じるはずです。

顔ぶれは変わるのですが、カラヤン、リヒテル、オイストラフ、そしてロストポーヴィッチという組み合わせで録音されたベートーベンのトリプル・コンチェルトにまつわるエピソードは有名です。これだけ「我」の強いメンバーを集めればどうなるかは容易に想像がつくのですが、現実はそう言う「想像」をこえた大喧嘩が繰り広げられたことはあまりにも有名です。
そして、そう言う大喧嘩の中でただ一人ロストロポーヴィッチだけが何とか間を取り持とうとして大声を上げ続けたそうです。

そう言えば、アメリカでも「100万ドルトリオ」というのがありました。
ルービンシュタインのピアノ、ハイフェッツのヴァイオリン、フォイアマンのチェロという組み合わせなのですが、ここでもいがみ合うルービンシュタインとハイフェッツの間に入って仲を取り持とうとしたのはチェロのフォイアマンだと言われています。
そして、このトリオはそのフォイアマンの夭逝によってわずか1年で解散してしまうのですが、その後、ピアティゴルスキーをむかえいれて再結成されます。そして、同じくハイフェッツとルービンシュタインの間ではバトルが繰り広げられるのですが、その時も間にはいるのはピアティゴルスキーだったそうです。

楽器の特性がそれを演奏する人間の性格に影響を与えることは間違いないようです。
とにかく前に出てソロをつとめることが多いピアノとヴァイオリン、それを縁の下で支えることが多いチェロという楽器の特性が、そのまま演奏家の思考パターンや感情、価値観にまで根深く食い込んでしまうことは否定できないようです。

その事を思えば、ギレリス、コーガン、ロストポーヴィッチと言う顔ぶれはアメリカの「100万ドルトリオ」と較べても全く遜色のない組み合わせですから、その録音現場はさぞや大変だったのではないかと想像されるのですが、そう言う下世話な予想に反してこのトリオに関してはそう言うバトルの話も伝えられていません。
しかしながら、その理由らしきモノは、少し考えてみれば容易に想像がつきます。

まずは、このトリオを組んだときの年齢です。
私の手もとにある、このコンビによるもっとも古い録音は1950年録音のハイドンの「XV:19」とベートーベンの作品番号外「WoO38」のピアノ・トリオです。

この時、もっとも年長だったギレリスでも34歳、コーガンとロストロポーヴィッチは未だ20代前半だったのです。
結局、こういうコンビが上手くいかないのは、それぞれのプレーヤーが俗な言い方をすれば「一国一城」の主になっているからであって、そして、その「一国」の領土をそれぞれが主張をして譲らないからです。
今から見れば恐くなるような顔ぶれなのですが、このトリオが組まれたときは未だ「一城の主」にはほど遠い若手の演奏家だったのです。

さらに、3人ともモスクワ音楽院の出身だと言うことも、そう言うバトルが勃発することを抑止したのかも知れません。
ハイフェッツとルービンシュタインのバトルは、ひたすら真面目に音楽に向き合いたいハイフェッツと、ウィットに富んだ面白味を大切にしたいルービンシュタインとの気質の違いこそが根っこにありました。しかし、この3人に関してはともにモスクワ音楽院という根っこを持っているがために、その気質には大きな相違はなかったように思われるのです。

そして、若いと言ってもギレリスは後の二人と較べれば10年以上も年長であり、さらに西側での演奏活動も許されてそれなりにキャリアを積み上げつつあったので、基本的には彼が主導する形でアンサンブルが形作られたこともプラスに作用しているのでしょう。

面白いのは、活動の最初に取り上げた作品がどれもこれもマイナーだと言うことです。正直言って、よくぞこの顔ぶれでハイドンの三重奏曲を2曲も残してくれたものだと感謝せずにはおれません。
モーツァルトのトリオも彼の作品の中では明らかに初心者による演奏を前提としたものです。
ベートーベンのトリオも作品番号外のマイナー作品です。


  1. ハイドン:ピアノ三重奏曲 ト短調 Hob.XV:19 1950年録音

  2. ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第9番 変ホ長調 WoO.38 1950年録音

  3. ハイドン:ピアノ三重奏曲 ニ長調 Hob.XV:16 1951年録音

  4. モーツァルト:ピアノ三重奏曲 第7番 ト長調 K.564 1953年録音



しかしながら、そう言うマイナーな作品であるが故に自由に振る舞うことが許されたのかも知れません。「覇気溢れる」という言葉がこれほどピッタリくる演奏は滅多にあるものではありません。
音楽的にはギレリスが主導している感じはあるのですが、コーガンのヴァイオリンは伸びやかであると同時にここぞという場面での切れも素晴らしいです。
そして、ロストロポーヴィッチのチェロがどちらかと言えば控えめに感じられるのは、音楽そのものがそうなっているからでもあるのですが、やはり3人の間における立ち位置も影響しているのでしょう。

それと比べると、その後に録音されたメジャー作品では、若さあふれる勢いは失ってはいないものの、より緊密なアンサンブルを聴かせてくれています。


  1. ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第7番「大公」 変ロ長調 Op.97 1956年録音

  2. シューマン:ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Op.63 1958年録音



ただし、それがこの顔ぶれにしてはいささかこぢんまりしてしまった恨みもあります。それが、50年代初めの録音に較べると、その録音のクオリティが不思議なほどに劣っていることも影響をしているのかも知れません。
「録音」という形で残ってしまうとギレリスのピアノにはもう少し繊細さがほしかったような気賀するのも同様の理由かも知れません。

しかし、それもまた、後年に偉大な名を残すことになる巨匠達の若き日の記録として聞いてみれば、それなりに味深い録音はそうあるものではありません。

この演奏を評価してください。

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