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カサド(Gaspar Cassado)|フォーレ:エレジー ハ短調 Op.24(Faure:Elegy, Op.24)
フォーレ:エレジー ハ短調 Op.24(Faure:Elegy, Op.24)
(Cello)ガスパール・カサド:イオネル・ペルレア指揮 バンベルク交響楽団 1960年5月録音(Gaspar Cassado:(Con)Ionel Perlea Bamberg Symphony Orchestra Recorded on May, 1960)
Faure:Elegy, Op.24
深い悲しみが諦念へと浄化されていく
フォーレの室内楽作品としてはヴァイオリン・ソナタの第1番と並んで演奏機会の多い作品です。
もとはピアノ四重奏曲第1番を完成させた後に手がけたチェロ・ソナタの緩徐楽章として構想されたものでした。しかし、そのチェロ・ソナタは完成することなく、緩徐楽章として構想された音楽をもとにして、「エレジー」と名づけられたチェロ独奏とピアノのための小品として完成されました。
よく知られた話ですが、この時期のフォーレは婚約関係にあった「マリアンヌ・ヴィアルド」から一方的にその破棄を申し出られています。マリアンヌ・ヴィアルドの母親は著名な歌手であり作曲家であったポーリーヌ・ヴィアルドであり、フォーレは彼女が主宰するサロンに足繁く通っていたのでした。
そして、その一方的な婚約の破棄はフォーレに深い精神的な打撃を与えたのでした。
それは、この時期に書かれた彼の作品に色濃くにじみ出ているのですが、その際たるものは「ある1日の詩」と題された作品21の歌曲集でしょう。
その3曲からなる歌曲集のタイトルは「ncontre(出会い)」「Toujours(永久に)」「Adieu(さよなら)」となっています。
「Toujours」では「あなたは僕に黙れという どこか遠くに、永久に行ってしまえという そしてひとりでいろという 僕の愛した人のことを忘れてしまえと!」と歌わせ、「Adieu」では「すべてのものは死にゆく 咲いているバラも 通りすがりの人たちのマントも 長いため息も、恋人たちも そして煙も」と歌わせているのです。
それは「怒り」から「諦観」へといたるフォーレの心の中を覗き込むような音楽なのですが、それと同じ移ろいがこの「エレジー」から感じ取れるのです。
確かに、ピアノによる和音が8度鳴り響いた後に歌い出されるチェロの歌からは「あなたは僕に黙れという どこか遠くに、永久に行ってしまえという」ような激しい感情は消えています。しかし、そこには愛する人を永遠に失ってしまった悲しみが溢れています。
そして、その悲しみは次第にある種の「諦念」となって浄化されていくのは「ある1日の詩」と同じです。
偉大な芸術家というものは、個人的な生活のあれこれが作品に影響を与えるようなことはないものなのですが、それでもモーツァルトのような存在であっても「旅先における母の死」というような出来事は彼の作品に大きな痕跡を残しました。そう考えれば、この女性からの一方的な婚約破棄という仕打ちがいかにフォーレに心に深い痕跡を残したかがしれようというものです。
なお、この作品は後に管弦楽伴奏版に編曲されて、そのバージョンで演奏される機会も多いようです。
なお、その管弦楽版の初演はフォーレの指揮とカザルスのチェロで行われました。そう言う意味でも、この作品はカザルスーカサドという系譜にとっては重要な作品だったようです。
この作品って最初からこういうチェロのための響曲だったんじゃないだろうかと錯覚を起こしそうになる
このシューベルトとフォーレの作品を初めて聞いたときには流石に驚かされました。もちろん、カサド編曲となっていて、さらには指揮者とオーケストラも録音クレジットに記されているのですから伴奏のピアノがオーケストラに置き換わっていることは分かっていました。しかし、聞いてみれば、ただ端にピアノがオーケストラに変わったと言うようなレベルではなくて、それは紛うことなくチェロ協奏曲へと変身を遂げていたからです。
そして、その力業が実に自然に成し遂げられているので、この作品って最初からこういうチェロのための協奏曲だったんじゃないだろうかと錯覚を起こしそうになるくらいカサドの編曲は見事なのです。さらに言えば、カサドは1966年の12月24日になくなっているので、ギリギリセーフで彼の作品はパブリックドメインになっています。戦時加算の対象にもなっていませんからその点も大丈夫です。
おかげで、こういう形でこの作品と演奏を多くの人に届けられるこことはこの上もない幸いです。
しかし、さらに考えてみれば、カサドにはチェリスト以外にもう一つの作曲家としての顔があったことを思い出しました。そして、その作曲家としての顔は演奏家の余技というようなものではなくて本格的な活動だったことも思い出しました。
彼はこれ以外にもフォーレのエレジーやドビュッシーの月の光なども同じようなスタイルで編曲しているのですが、そのどちらも見事な編曲で、それはもう編曲と言うよりは再創造と言っていいほどの練り上げ方です。もちろん、彼の作曲活動の中ではそう言う編曲活動はごく一部のものであり、本線はオリジナル作品の創作であったことは言うまでもありません。
しかし、そう言う作曲家としての腕がなければこのような編曲は絶対に出来なかったことも事実であり、カサド本人にとっては残念なことでしょうが、彼が残した作品お腹で今日多くの人に聴かれる機会が多いのはこういう編曲もののようです。
調べてみると、私の手もとには彼の編曲ものの演奏がアルペジョーネ・ソナタは三つ、フォーレのエレジーが一つあります。
シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D.821;カサド編曲
- (Cello)ガスパール・カサド:サー・ハミルトン・ハーティ指揮 ハレ管弦楽団
- (Cello)ガスパール・カサド:ウィレム・メンゲルベルク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1940年12月12日録音(ライブ)
- (Cello)ガスパール・カサド:イオネル・ペルレア指揮 バンベルク交響楽団 1956年9月15日録音
フォーレ:エレジー ハ短調 Op.24
- (Cello)ガスパール・カサド:イオネル・ペルレア指揮 バンベルク交響楽団 1960年5月録音
この中で一番のぶっ飛び演奏はメンゲルベルグと協演した1940年のライブ録音でしょう。そして、そのとんでもないまでのやりたい放題はメンゲルベルグに触発されたのではなくて、カサドというチェリストの中に眠っている自由奔放さがその限界まで発揮された結果だったようなのです。
そのやりたい放題には流石のメンゲルベルグも驚かされたのではないでしょうか。逆に言えば、指揮者がメンゲルベルグだったからこそカサドもまたここまで自由になれたと言うことでしょうし、その背景にはオレが作った作品なのだからそれをどの様にに演奏しようとオレの勝手だろうという不遜さみたいなものすら透けて見えます。
残念ながらパチパチノイズの多い録音なのですがカサドのチェロの魅力はしっかりとらえられていますので是非聞いてほしいと思います。
それと比べれば1956年に録音した演奏は実に端正です。そのスタイルは1960年に録音されたフォーレのエレジーも同様です。
おそらく、人生も後半に入ってきて、自分の作品をきちんとした形で後世に残したかったのかもしれません。録音のクオリティとも考え合わせればこれがスタンダードと言うことになると思うのですが、1940年のライブ録音と較べると到底同一人物による演奏とは思えません。
そして、最後に1929年に録音したSP盤時代の録音が残るのですが、正直に言えば私はこの演奏が一番気に入っています。
1929年録音と言えば化石時代の録音と言うことになるのですが、ここにはSP盤ならではの蕩けるような響きが持っている麻薬的と言っていいほどの魅力が詰め込まれています。そして、カサドもまた未だ30代の若さで、その内にあるロマンティシズムを存分に発揮しています。
この辺の好き嫌いは人によって別れるでしょうが、アルペジョーネ・ソナタにかんしてはそれぞれに聞くべき価値があります。
フォーレのエレジーーはこれ以外に選択肢がないのが残念です。
なお、エレジーに関してはフォーレ自身の手になる管弦楽版があるのですが、それとは全く別物なのでしょうかというメールをいただきました。調べてみれば、その本家の編曲版はサイトのほうには未だにアップしていないようなので、手持ちの音源を探し回ってみてシュタルケルによる録音を見つけ出しました。
この録音クレジットにはカサド編曲となっていますから、おそらく本家とは異なるのでしょうが、違いはそれほど大きくはないように感じました。多少管弦楽の肉付きをよくしたというくらいでしょうか。
近いうちにシュタルケル盤のほうもアップしたいと思いますので、そのあたりは各自で聞き比べてみてください。
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