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モーツァルト:交響曲第40番 ト短調, K.550(Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550)

ハンス・クナッパーツブッシュ指揮:ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1941年11月9日録音(Hans Knappertsbusch:Vienna Philharmonic Orchestrar Recorded on November 9, 1941)



Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]


これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。

そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。

完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。


モーツァルトとは「プラトニックな関係」しか築けなかった

クナッパーツブッシュとモーツァルトというのは珍しい取り合わせではないでしょうか。
モーツァルトの音楽は壊れやすくて、デフォルメされることを最も強く拒みます。それにたいして、クナッパーツブッシュはデフォルメの達人です。(^^v
はてさてどんな演奏になるのやらと思いつつ聞けば、これが驚くほどに真っ当な演奏なので驚いてしまいます。

調べてみれば、クナッパーツブッシュによるモーツァルト演奏は非常に少ないようです。劇場では「魔笛」の指揮はそれなりの回数をこなしているらしいのですが、コンサートでモーツァルトの作品を取り上げることは滅多になかったようです。
それならば、彼はモーツァルトの音楽はそれほど好きではなかったのかと言えば、少なくともこの録音を聞く限りではそんな事はなさそうです。ここには、モーツァルトへの深いリスペクトが感じられます。
トスカニーニのように「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ」などと言うことはなさそうです。

そこで、ふと目に止まったのがカール・ベームの一言です。
「彼はモーツァルトとはプラトニックな関係しか築けなかった」

なるほど、この一言でこのあまりにも立派すぎるモーツァルト演奏の謎が解けました。まあ、謎というほど大袈裟なものでもないのですが。
他の作曲家に対するデフォルメとも思えるほどの彼の主情的な表現は到底「プラトニックな関係」とは言えないことに気づかされます。そして、例えば、この録音でもト短調シンフォニーの最終楽章などではそっと手を握ろうとするような雰囲気も感じるのですが、それでも彼はモーツァルトの手を握りしめることもなく、その愛は心の中のみに留まっています。
ジュピターなどはモーツァルトいう聖なる存在に仕える騎士のごとく一分の隙もないほどの立派さに終始しています。聞きようによっては、その立派さこそがデフォルメといえるのかもしれませんが、やはりそこにあるのは「プラトニックな関係」に徹した音楽です。

なお、この録音は放送録音だったようなのですが、いささか籠もりがちな音なのが玉に瑕です。戦時下のドイツならばライブ録音でももう少しクリアな音で録れていることもあるのでそれが実に残念です。
ですから、ウィーン・フィルを起用しながら、その美質は聞き手には十分伝わっては来ません。
一言でいえば、録音的にはウィーン・フィルの無駄遣いと言われても仕方がないでしょう。しかし、音楽的にはクナッパーツブッシュとモーツァルトの関係を窺うには大きな意味を持っていると言えます。

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