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モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550

オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1956年1月19日&21日~24日録音



Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]


これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。

そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。

完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。


クレンペラーという男だけが表現できるモーツァルト

私の中ではクレンペラーとモーツァルトというのは今ひとつピンとこない組み合わせのようです。オペラでは「魔笛」や「フィガロの結婚」で素晴らしい録音を残しているのに、交響曲や管弦楽になるとどうにも相性の悪さを感じざるを得ません。
そのためでしょうか、振り返ってみればコンセルトヘボウと録音した25番の小ト短調を1曲だけアップしてるだけです。つまりは、私の中ではあまり食指が動かない存在だったようです。
しかしながら、さすがに1曲しか上げていないというのはまずいので、コロナ禍によって時間だけは腐るほどあるので、あらためて幾つかの録音を聞き直してみました。

そして、あらためて気づいたのは、クレンペラーのモーツァルトには伸びやかさや柔らかさのような物が欠落していると言うことです。
言葉をかえれば、ハイドンのシンフォニーを演奏するときと同じような方法論でモーツァルトにのぞんでいる雰囲気なのです。そして、それがハイドンの場合だと「ハイドンの交響曲ってこんなにも立派な音楽だったのか」と感心させられるのですが、それがモーツァルトとなるとあまりにも立派に過ぎて、彼の音楽に必要な微笑みのような物が消えてしまって、何ともいえず無骨で不器用な音楽だなと感じてしまうのです。

しかし、モーツァルトの音楽のスタンダードからは離れていても、クレンペラーという指揮者はそう言う男だと割り切って聞いてみると、それはそれなりに最後まで聞かせてしまう「力」を持っていることは事実です。
そして、もう一つはっきりしているのは、60年のハフナー・シンフォニーあたりまではそう言うクレンペラーらしい厳しさを維持しているのですが、それを過ぎると明瞭にスタイルが変わってしまうことです。

例えば、62年に録音されたジュピターは明らかにテンポが遅すぎます。
率直に行って、その遅さからは彼の「衰え」を感じざるを得ません。ところが、そんなテンポ設定であっても古典派交響曲としての構造はしっかり把握して最後まで造形を崩さないが故に、聞いているうちに「こういうのもありかな」という思いがしてきます。

そして、話はいささか前後するのですが、1955年にモノラルで録音した(これは勘違いでした。正しくは57年1月にベルリン放送交響楽団との録音でステレオでした)ト短調シンフォニーなどは、その無骨なまでの生真面目さ故に悲しみは疾走する(もっとも、小林秀雄が「疾走する悲しみ」と述べたのはト短調の弦楽五重奏曲に対してですが)のではなく、痛切な独白のように聞こえてくるのです。これもまたクレンペラーならではのモーツァルトなのかもしれません。

つまりは、全ての人が受け入れられるようなモーツァルトでないことは事実なのですが、それは逆から見れば、クレンペラーという男だけが表現できるモーツァルトの姿がそこにあることは事実なのです。

ただし、何気なく聞いた63年の29番のライブ録音にはさすがに仰け反ってしまいました。そのあり得ないほどのスローテンポでこの上もなく大きな構えでこの可愛らしい交響曲を演奏しています。そこには「リズム」などと言うものは消えてしまっていて、まるで巨大な軟体動物がのたうっているような雰囲気なのです。ですから常識的な感覚から言えば「変態」的だと言われても仕方がないでしょう。

しかし、恐ろしいのは、それでも聞いているうちにクレンペラーという男の中にある音楽の「嘘のなさ」みたいなものに惹きつけられている自分に気づくのです。
もちろん、こういう録音は一番最初に聞いてはいけないことは確かです。
しかし、多くの録音を聞いてきた人には一度はお試し願いたい録音です。

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