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ベーム(Karl Bohm)|モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425
モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425
カール・ベーム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1966年2月録音
Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [1.Adagio - Allegro spiritoso]
Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [2. Andante con moto]
Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [3. Menuetto]
Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425 "Linz" [4.Presto]
わずか4日で仕上げたシンフォニ
1783年の夏にモーツァルトは久しぶりにザルツブルグに帰っています。それはできる限り先延ばしにしていた妻コンスタンツェを紹介するためでした。
その訪問はモーツァルトにとっても父や姉にとってもあまり楽しい時間ではなかったようで、この訪問に関する記述は驚くほど僅かしか残されていません。
そして、この厄介な訪問を終えたモーツァルトは、その帰りにリンツに立ち寄り、トゥーン伯爵の邸宅に3週間ほど逗留することとなりました。
このリンツでの滞在に関しては、ザルツブルグへの帰郷の時とうって変わって、父親宛に詳しい手紙を書き送っています。そして、私たちはその手紙のおかげでこのリンツ滞在時の様子を詳しく知ることができるのです。
モーツァルトは到着してすぐに行われた演奏会では、ミヒャエル・ハイドンのシンフォニーに序奏を付け足した作品を演奏しました。実は、すぐに演奏できるような新作のシンフォニーを持っていなかったためにこのような非常手段をとったのですが、後年この作品をモーツァルトの作品と間違って37番という番号が割り振られることになってしまいました。
もちろん、この幻の37番シンフォニーはミヒャエル・ハイドンの作品であることは明らかであり、モーツァルトが新しく付け加えた序奏部だけが現在の作品目録に掲載されています。
<追記>
モーツァルトの「交響曲37番」に関しては上で述べたように、リンツにおける滞在と結びつけた説明が為されてきました。しかし、詳細は避けますが、最近の研究ではこの説は否定されていて、この「序奏」部分はリンツに滞在した翌年(1783年)の2月頃にに書かれたものであることが明らかになっています。
つまり、モーツァルトはリンツで伯爵からの依頼に従って「K.425」のハ長調シンフォニーだけを仕上げて演奏会に供したというのが事実だったようです。
<追記終わり>
さて、大変な音楽愛好家であったトゥーン伯爵は、その様な非常手段では満足できなかったようで、次の演奏会のためにモーツァルト自身の新作シンフォニーを注文しました。
この要望にこたえて作曲されたのが36番シンフォニーで、このような経緯から「リンツ」という名前を持つようになりました。
ただ、驚くべきは、残された資料などから判断すると、モーツァルトの後期を代表するこの堂々たるシンフォニーがわずか4日で書き上げられたらしいと言うことです。
彼はその4日の間に全く新しい交響曲を作曲し、それをパート譜に写譜し、さらにはリハーサルさえもしたというのです。
いかにモーツァルトが天才といえども、全く白紙の状態からわずか4日でこのような作品は仕上げられないでしょうから、おそらくは作品の構想はザルツブルグにおいてある程度仕上がっていたとは思われます。とは言え、これもまた天才モーツァルトを彩るには恰好のエピソードの一つといえます。
まず、アダージョの序奏ではじまった作品は、アレグロのこの上もなく明快で快活な第1主題に入ることで見事な効果を演出しています。最近、このような単純で明快、そして快活な姿の中にこそモーツァルトの本質があるのではないかと強く感じるようになってきています。
そして、その清明さは完璧なまでに均衡の取れた形式と優れたオーケストレーションによって実現されている事は明らかです。
その背景にはウィーンという街で出会った優れたオーケストラプレーヤー達との共同作業で培われた技術と、演奏会のオープニングをつとめる「序曲」の位置から脱しつつあった「交響曲」という形式の発展が寄与しています。
第2楽章のアンダンテも微妙な陰影よりはある種の単純さに貫かれた清明さの方が前面にでています。
しかし、モーツァルトはこの作品において始めて緩徐楽章にトランペットとティンパニーを使用しています。その事によって、この緩徐楽章にある種の凄みを加えていることも事実です。
そして、緩徐楽章を優雅さの世界からもう一段高い世界へ引き上げようとした試みは、ベートーベンのファーストシンフォニーへと引き継がれていきます。ただし、ベートーベンがファーストシンフォニーを作曲したときにはこのリンツ交響曲のことは知らなかったようなので、二人の天才が別々の場所で同じような試みをしたことは興味深い事実です。
続く、メヌエットにおいても最後のプレスト楽章でもその様な明るさと簡明さは一貫しています。
メヌエットのトリオではオーボエとファゴットの二重奏で演奏されるのですが、そこにはザルツブルグ時代の実用音楽で強いられた浮かれた雰囲気は全くありません。
また、プレスト楽章もその指示通りに、「可能な限り速く演奏する」事を要求しています。オーケストラがまるで一つの楽器であるかのように前進していくその響きは新しい時代を象徴する響きでもありました。
交響曲第36番 ハ長調 K.425 「リンツ」
- 第1楽章:Adagio; Allegro spiritoso
- 第2楽章:Andante
- 第3楽章:Menuetto e Trio
- 第4楽章:Presto
ベームらしい響き
ベームという人は見かけは「オーストリアのおっさん」であり、そのしゃべり方も最後まで田舎の訛りが抜けなかった人でした。しかし、そう言う見かけとは裏腹に、音楽に関しては非常に理知的なアプローチをする人でした。
彼は演奏会にのぞむときには、その音楽の形が彼の頭の中で完璧に仕上がっていました。ですから、リハーサルでは、その頭の中にある「完璧な音楽」と目の前で鳴り響いている「現実の音楽」とを比較してコツコツと(ネチネチと^^;)手直しをしていくのでした。
ですから、あるフレーズがどうしても納得できないとなると、それを執拗に繰り返させるというのが常だったようです。
小林秀雄の「美しい花がある。花の美しさと言うようなものはない。」との言葉を借りるならば、ベームという音楽家の本性は「美しいモーツァルト」がふれ出すと言うよりは「モーツァルトの美しさ」を説明することに重点が置かれているような気がするのです。しかし、これもまた不思議なことなのですが、そこまで執拗にリハーサルで自らの音楽を仕上げておきながら、実際のコンサートでは全く違うことをやってしまうのもベームという人でした。
それは、モーツァルトの美しさを説明しながら、ふとあるときに美しいモーツァルトがあふれ出す場面があるのがベームの魅力だったのかもしれません。
ただし、そう言う瞬間は一期一会のコンサートならば多くを期待できても、スタジオに缶詰にされたセッション録音ではなかなか難しいようです。
そう言う意味は、彼もまた古い世代に属する「劇場の人」でした。
しかし、このリンツを聞いていてふと思ったのは、ベルリンフィルの響きが完璧にベームの響きになっていることへの驚きです。それは、先に紹介した「K.543」の変ホ長調交響曲も同様です。
ハフナーとプラハは1959年の録音です。ジュピターは1960年、ト短調シンフォニーは1961年の録音です。
それに対してこのリンツと変ホ長調の交響曲はともに1966年録音です。
この年月の隔たりはベルリンフィルにとっては大きな意味を持っています。
それは言うまでもなくカラヤン美学の浸透です。
カラヤンは1955年にベルリンフィルのシェフに就任した後も極めて慎重で、オケの響きを自らのポリシーに従って変更させるようなことはしませんでした。ですから、50年代のベルリンフィルはカラヤン統治下でも未だにドイツの田舎オケらしいたくましい響きを残していました。
それが少しずつ変化していくのは1961年から1962年にかけて行われたベートーベンの交響曲全集の録音でした。
この全集の完成に自信を得たカラヤンは少しずつオケの響きを変えていきます。それは、フルトヴェングラー時代を知る古参メンバーの引退と重なる時期でもあったようです。
ですから、59年に録音されたハフナーやプラハ、60年と61年に録音されたト短調シンフォニーやジュピターがベームらしい響きがするのは当然なのです。
しかし、66年に録音されたリンツや変ホ長調交響曲でもその響きが変わらないというのは、さすがはベームという感じなのです。
おそらく、この響きに関しては「己の頭の中にあるイメージ」からすれば絶対に譲れない一線だったのでしょう。いや、もしかしたら、そうやって変わっていくベルリンフィルの響きを前にして、さらに意図的に先祖帰りしたかのような響きを追求したのかもしれません。そして、ベルリンフィルのメンバーもそう言うベームに敬意を表してか、面白がってか(^^;は分かりませんが、好意的に協力姿勢を示しているように聞こえます。
そして、そう言うベームらしい響きが色濃く出ている部分では不思議なことに「美しいモーツァルト」が立ちあらわれるような気がするのです。だからこそ、ある一時期においてこれがモーツァルトのスタンダードにもなり得たのでしょう。
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